脱炭素化の課題(上編)

~インセンティブ設計をしないと進まない~

熊野 英生

要旨

世界的に脱炭素化が進もうとしている。日本は、脱炭素化については課題が多い国だ。石炭を含めて火力発電に依存する課題を抱える。再生エネルギーを普及するために限定されたかたちのカーボンプライシングを実施して、それを財源に使い、再生エネルギーの固定価格買取を引き上げる方法が考えられる。

脱炭素化を割り当てる難しさ

COP26をはじめ、脱炭素化に向けて、多くの国際会議が議論するようになった。ローマで開催されたG20サミットでも、石炭火力を廃止させるための呼びかけがドラギ首相によって行われた。2021年末までに石炭火力のための資金調達を停止することで、間接的にエネルギー転換を図ろうという対応である。これは、ダイベストメント(投資撤退)を促す流れである。

英国で開催されたCOP26では、パリ協定の遵守を求めて、2050年のカーボンニュートラルを各国の合意にしようという働きかけが行われた。中国とロシアは2060年、インドは2070年を期限とするが、今後の議論ではその前倒しを迫られることになるだろう。地球全体での脱炭素化を積極的に各国に割り当てるような対応だ。

脱炭素化を巡っては、中国は温室効果ガス排出の大きなシェアを抱えていて問題視されるが、習近平主席は脱炭素化には熱心だ。むしろ、原油・天然ガス・石炭の巨大な輸出国であるロシアの方が問題である。ロシアの輸出の約6割が、原油・石油製品・天然ガス・石炭で占められている。脱炭素化が2030年にかけて一気に進むと、ロシアにとって経済的国難に陥る。利害が反するロシアをどう巻き込んで、ロシアが得するように脱炭素化を促すかが課題だ。

最近になって、脱炭素が国際的に加速した一因には、世界的な異常気象がある。日本でも異常な集中豪雨が起こり、大きな異変を感じる。どちらかというと日本人は鈍感だと言われるが、欧州の人々は敏感だ。

しかし、筆者は、欧州を中心とした環境重視の議論にはもどかしさを感じる。常識的に考えて、脱炭素化に対して反対する人は誰もいない。問題は、総論賛成・各論反対の図式である。現状の発電構成の制約を訴える国や景気配慮を唱える国が慎重論を唱える。それに対して、欧州の対応はやや教条的になっている気がする。「これは人類共通の善だから」という感覚で数合わせのルールを作っても、経済的利害と対立すると、協調行動が採れない。インセンティブを考えない善行は成功しないというのが、経済学ではアダム・スミス以来のお馴染みの考え方だ。環境重視の国際的潮流は、時々、その原理を忘れてしまう。

誤解のないように付言すると、筆者は脱炭素化には大賛成だ。だからこそ、注意深く考えたいと釘を刺している。

中国の電力不足問題

短期と長期の利害が対立する状況は、目下、中国でも起こっている。7~9月の実質GDPは前期比0.2%(年率0.8%)と低調だった。様々な要因があるが、ひとつは8月からの計画停電である。もともと石炭火力が多い中国では、石炭の価格高騰で発電コストが上がり、不採算になった事業者が電力供給を絞っていた。極めて不都合なのは、ここに脱炭素化の目標がぶつかったことだ。習近平主席は、2060年までのカーボンニュートラルの実現を2020年9月に表明した。地方政府は、省エネ計画を年率▲3%で課されており、毎年12月を期限にしている。コロナ禍が収束した中国では、電力需要が高まり、電力使用量が増えそうだとわかっているのに、無理にでも計画停電をせざるを得ない圧力が生まれる。景気減速をいとわずに計画停電が行われたという経緯である。

ところが、中国は10月上旬辺りから景気重視に転換し、方針を改めて石炭供給・電力供給の方向に舵を切ったようだ。経済成長に対する電力制約を解消し、代わりにCO2排出削減には一時的に目を瞑るという対応だ。背に腹は代えられないというのが本音だろう。

中国の事情は、日本にも他人事ではない。日本は東日本大震災以降、多くの原発を止めている。これは、脱炭素化よりも、政治的に原発の安全性を警戒する国民心理への配慮を優先しているせいだ。日本は、脱炭素化を最優先事項にはしていない。

筆者自身も、脱炭素化に向けて、原発を一気に稼働させるということには心理的抵抗がある。長期と短期の利害が対立して、往々にして長期の脱炭素化が犠牲になる図式だ。

正しい解答は、長期的に脱炭素化を進めつつ、一時的にはルールを逸脱することを認めることだ。長期的な脱炭素化は軸をぶらさずに必ず行う。

再生エネルギーを大幅に増やす基本計画

そうした長期の約束になるのが、2020年10月の新しいエネルギー基本計画である。この計画は、2015年から大きく変化した。2030年の電源構成は、原発の比率(20~22%)をそのままにして、水力を含む再生エネルギーを36~38%まで増やした。火力の比率は41%である。再生エネルギーは、2015年の22~24%から格段に上昇している。

新しい計画は、政府が2030年に再生エネルギーを普及させて、脱炭素化を飛躍的に増やそうというメッセージを込めている。長期的に政府が再生エネルギーへのシフトを掲げ、原発は現状の能力を維持するということだ。これは同時に、現在の火力依存の発電は縮小していくと約束しているも同然である。

しかし、この計画には2つの大問題がある。ひとつは、2030年まで石炭火力を続けることへの国際的な反発だ。これは、G20でイタリアなど欧州が強く反対していることでもある。

エネルギー基本計画の中で火力発電の41%には、石炭火力が19%も残っている。欧州の国々などから見れば、長期スパンで石炭火力を温存することが許されないということになる。2020年度は、日本の石炭火力への依存度は26.7%だったので、2030年にこれを19%から0%にするのは劇的変化となる。

長期的には、火力であってもアンモニアや水素へのシフトを考えているのだろうが、2030年にはまだ1%しか増やせないと政府は見ている。19%の石炭火力を廃止して、代わりにそのままLNGを燃やし続ければよいということでもないだろう。

もうひとつの問題は、再生エネルギーを36~38%まで増やせるかという問題だ。場合によっては、石炭火力を減らす分、再生エネルギーの割合がさらに上がる可能性もある。

再生エネルギーの割合は、2020年度の実績では、21.2%である。これを10年間で現状の2倍近くまで増やすことは厳しい課題だ。もしも、石炭火力を止めた場合、さらに再生エネルギー比率を高めなくてはいけない。しかし、問題は現状ではそこまで再生エネルギーを増やすインセンティブが乏しいことである。発電効率が上がれば、太陽光・風力などの発電投資が増えるだろうが、自然の流れに任せていれば、再生エネルギーの割合を2倍近くに高めることは絵に描いたモチになる。

再生エネルギーを増やす方法

筆者には、石炭火力を縮小し、再生エネルギーを拡大するために、ひとつのアイデアがある。カーボンプライシングとFIT制度(固定価格買取制度)を組み合わせる方法だ。このFIT制度は、2012年7月に導入されて、10年が過ぎようとしている。日本の再生エネルギーは、この制度のお陰で急激に普及した。反面、その導入が民主党政権だったために、与党からは嫌われているという不幸な制度だ。しかし、そのインセンティブは強力だ。2021年度は太陽光発電で10~50kWの発電規模ならば11円/kWh(税別)、50~250kWならば12円/kWh(税別)となっている。例えば、そこに+3~+5円の割り増しを追加すれば、2030年までに再生エネルギーの普及が急速に高まるだろう。そうした政策誘導は、民間設備投資を増やす効果もある。

半面、発電コストの上昇を防ぐために、その一方で石炭火力に対してカーボンプライシングを行って、財源を確保すればよい。石炭火力の発電コストに+3~+5円の上乗せをして、その代わりに、再生エネルギーの買取価格を現行のFIT制度よりも高く設定する。電源構成の割合は、2020年度は再生エネルギーが21.2%で、石炭火力が26.7%である。量的にも両者は近い規模である。

石炭火力の割合が26.7%→0%になる代わりに、再生エネルギーの割合が21.2%→48.9%になるというイメージである。これは、単純な数合わせで実際はもっと緻密に考える必要があるが、思考実験としては説得力のある提案だと思う。

なお、産業界にはカーボンプライシングに対する強い反対がある。一気に投網をかけるようなカーボンプライシングは現実的ではないだろう。そこで石炭火力だけに絞って行うという考え方ならば、導入へのハードルは下がるかもしれない。

100%再生エネルギーはできない

再生エネルギーへの期待は大きいが、限界があることも承知しておく必要がある。先日の衆議院選挙では、発電の100%を再生エネルギーにするという公約を掲げる政党もあった。しかし、それは無理である。なぜならば、太陽光も風力も気候変動の影響を受けるからだ。発電総量をきめ細かく調整できないため、需給コントロールをする火力が残される。LNGなどで再生エネルギーの発電量で不足する部分を調整する。

この理屈は、先の中国の例によく似ている。気象の変動によって再生エネルギーの発電量は予期せぬ減少を起こすことがある。そのときは、供給不足をLNG発電が補うことになる。夏場の冷房需要などの急激な増加を、再生エネルギーでは賄うことができない。日本は中国とは違って、計画停電ができないので、火力で不足を埋めるしかない。

脱炭素化だから原油価格が下落すると思う人もいるだろうが、その逆も起こり得る。需給コントロールができない再生エネルギーが増えた結果、需給の過不足が生じやすくなり、原油価格が乱高下することも起こる。例えば、日照時間が減り、風が吹かなくなったときは、一気に電力不足が顕在化する。すると、皆が火力発電をしようとするから、原油価格が上がるという訳である。

もちろん、蓄電技術の開発や揚水発電の活用を行って、不安定さを解消しようとする努力は行われているようだ。しかし、世界全体で再生エネルギーのシェアが高まるほどに、エネルギー需給の不安定化さは増して、原油高騰の原因は大きくなる。だから、化石燃料の代わりに、CO2を出さないアンモニアや水素による火力発電が必要になる。これらの新技術の開発・実用化を急がねばならない。

熊野 英生

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