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- 世代間賃金格差は残っている
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年齢別の所定内給与は、若年世代の待遇が大きく改善している。一方、50~54歳の年齢層では5年前比でマイナスになっている。50~54歳の年齢層は就職氷河期世代に当たる。初任給の引き上げは、需給改善を受けているが、氷河期世代には需給の好影響が必ずしも届いていない。
20・30歳代の待遇改善
厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(2025年<速報>、大卒・男女計・一般労働者)を使って、所定内給与の変化を調べると、20・30歳代の給与水準が5年前に比べて、10~16%も上がっていた(図表1)。初任給の引き上げを企業が相次いで実施し、それとバランスを取るかたちで、20・30歳代の年功賃金カーブの見直しが進んでいるからだ。背景には、若年世代での労働需給の逼迫がある。企業にすれば、新卒で入社した若手が次々と他社に転職してしまうと、その後なかなか中途採用では補充することが難しいという環境がある。だから、防衛的に若手の給与水準を引き上げようとするのだろう。

しかし、驚くのは、そうした待遇改善の変化が50~54歳ではみられないことだ。この年代は、就職氷河期世代と呼ばれる。就職した時期が1993~2005年に当たり、長期不況の悪影響を受けてきた年代でもある。大卒の場合、就職氷河期世代は、2025年時点では42~55歳の年齢層に当たる。
50~54歳の問題
就職氷河期に当たる50~54歳の年齢層の所定内給与は、5年前(2020年)に比べて▲1.3%とマイナスの伸び率になっている。どうして50~54歳の所定内給与がマイナスになっているのだろうか。こうした世代間アンバランスは、深刻な問題である。就職した時期がたまたま長期不況に当たったため、定期昇給が鈍くなり、氷河期世代は賃金水準の引き上げも抑え込まれてきた。その後、労働市場(外部労働市場)での需給は徐々に緩和から逼迫へと変わったが、氷河期世代のところにはその恩恵は及びにくかったようだ。
これは、外部労働市場と内部労働市場の賃金決定メカニズムの違いだという説明ができる。従来の企業内(内部労働市場)では、年齢・役職ごとに序列で決まっていて、その序列を飛び越えて所定内給与が上がることは滅多にない。内部労働市場にいるメンバーの多くは、賃金を大幅に上げるには転職するしかない。氷河期世代の待遇改善が鈍いことは、氷河期世代の多くはすでに長く同じ会社で勤務していて、内部労働市場の制約を強く受けている。労働需給の改善の影響が及びにくく、成果の配分も行われにくい。内部労働市場のルールの下では、入社時に決まっている年功賃金の階段を半ば自動的に上がっていくことになる。賃金を上げたいのならば、長期戦を勝ち残って、昇進昇格を遂げるしかない。
このことは、内部労働市場では、安定雇用が維持される反面、どんなに成果を上げたとしても、決められた範囲内でしか処遇改善が得られない。こうした制度的要因が強く作用して、入社時に生じた世代間の賃金格差は、不況が終了しても長期間に亘って残存してしまう。
通説では、企業の生産性が上昇すれば、いずれそれが賃金として分配されると信じられている。しかし、厳密にみれば生産性上昇が年齢別にみて等しく分配されている訳ではないようだ。これは、年齢別に労働需給の作用(外部労働市場の影響力)が、どのくらい社内(内部労働市場)の賃金序列に影響を与えるかという度合いに差があるからだ。若手は、中途採用・転職が活発な年齢層なので、生産性上昇という成果が賃金に反映しやすい。逆に、流動性の低い中高年層では、転職が少ない分、需給逼迫の要因が及びにくく、生産性上昇の配分が進みにくい。労働市場の流動性が乏しい場合、市場が分断された環境下に置かれて中高年層の需給圧力が作用しにくいと言える。そうした事情もあり、こうした世代間格差が残ってしまうのだろう。
年功賃金カーブの変化
40・50歳代は、年功賃金カーブがどうなっているのかを時系列で遡って調べてみた。すると、2025年と2023年、2020年の所定内給与水準を比べると、やはり若年世代を中心に大幅に上がっていることがわかった(図表2)。5年前比でみて、55~59歳の所定内給与は増加していたが、これは年功賃金のピークが2020年の時は50~54歳だったのが、2025年の時は55~59歳へと後ずれした影響だと考えられる。バブル世代では50~54歳に給与水準のピークが来ていたのが、氷河期世代はそのタイミングが後ずれしている可能性がある。

2019年以前のデータを調べると、40・50歳代は2006~2019年にかけて徐々に賃金カーブが押し下げられていた(図表3)。少し統計の事情が複雑なので細かく解説すると、原統計の見直しで2020~2025年にかけては2019年以前と連続性が断裂している(2019年までは学歴別区分が大卒+大学院卒、2020年以降の大卒だけの区分と異なる)。そこで、本稿では、2020年以降と2019年以前を分けて分析している。

2006~2019年にかけては、大卒・一般労働者の所定内給与は世代間のコントラストが目立っている。20~30歳代の所定内給与はほとんど変化が生じていない。40~59歳までの年功賃金カーブは、徐々に押し下げられている(特に40歳代は下げが大きい)。氷河期世代の年功賃金カーブは、2006~2019年にかけて徐々に押し下げられていることがわかる。2006~2019年は、すでに日本は長期不況が最悪期を抜けた時期である。どうして経済が正常化していく中で、賃金押し下げの圧力が40・50歳代に生じてしまったのだろうか。
ここには人口動態の影響もあるのだろう。まず、2006~2008年は団塊世代の退職があった。戦後、1947~1949年生まれの年齢層が相次いで定年年齢(60歳)を迎えることが、雇用制度の上でも大きな問題になっていた。その人件費の増大の「しわ寄せ」が、より年少の40・50歳代の賃金抑制へと作用した。
もう1つは、それに関連して定年延長など雇用確保の効果である。2006年4月には高年齢者雇用安定法が改正されて、65歳までの雇用確保が努力義務化された。これは、公的年金の支給開始年齢の引き上げ(男性は2013年に基礎年金部分を65歳支給開始)に呼応するものだった。その後、この法律は何度も見直されて、企業にとってシニア雇用者を長く抱えることが潜在的な人件費の重石として意識された。この法律は、2013年4月、2021年4月、2025年4月と徐々に厳しくなり、60~65歳の雇用確保を進める代わりに、それが50歳代以降の現役世代の賃上げを遅らせる動機になったと考えられる。
制度的な要因を考えると、50歳代は定昇等の年功賃金カーブから外れる年代になってくる。22歳から50歳程度までは年功賃金カーブに沿って定期昇給が行われるが、それ以降の年齢層はそこから外れることが多い。管理職に移行し、労働組合から外れる人が多くなることも、経営者側が人件費の削減に手を付けやすい点と思われる。2006~2019年にかけての氷河期世代の待遇悪化は、こうした目に見えにくい人件費削減圧力が働いたのだろう。行政サイドも、そうした意図せざる影響に目が届かなかったと想像できる。
筆者は、もしかすると、このシニア雇用者の雇用確保の義務化が、将来的にも氷河期世代をさらに不利な状況に追い込むのではないかと心配している。本稿を通じて筆者が強調したいことは、変えられない過去ではなく、未来について悲観的な流れを作ってはいけないというメッセージである。現状の制度の成り行きに任せていれば、再び氷河期世代に打撃が加わりそうだ。だからこそ、制度の軌道修正が望まれる。
現状の雇用制度では、雇用確保の義務を70歳まで延長しようとしている。すると、従来がそうであったように、所定内給与水準の高い年齢層には賃下げの圧力がさらに働いていくだろう。政府は、就労期間を延長しようと躍起になってしまい、その間接的な悪影響については関心が行き渡りにくくなっている。こうした世代間アンバランスの問題には、行政の配慮が手薄になったことから生じている側面もある。決して「昔よりも長く働けるのだから良いだろう」などと軽視してはいけない。
政治の世界では、各党とも主要政策が減税ポピュリズムに傾斜して、規制緩和や制度の歪みを是正する機運が乏しくなっている。ビジネスマンの目線とは、ずれている印象が強い。筆者が指摘するような矛盾を解消すべきだという声は、本当に政策に届きにくくなっている。
雇用の流動化
マクロでは、「人口減少で労働力不足が進み、賃上げも継続する」と言った言説が語られやすい。しかし、ミクロの状況は、そうしたマクロとは随分と異なる。大企業の中で中高年が余っている企業も多く、賃上げの流れとは逆に人件費削減の強い潜在圧力になっている。今後、AI技術の普及によっては、ますます中高年の人員余剰感を強めさせるのではなかろうか。
これを改善するには、もっと労働力を流動化して、大企業の中高年が中小企業に移動するチャネルを整備する必要がある。高年齢者雇用安定法は、中高年の労働移動をあまり考慮していないように思う。もっと氷河期世代の中で優秀な人材が労働移動をして、賃金上昇圧力を作れば、企業側も人材を引き止めるために、能力に応じた賃金を提示することになるはずだ。仮に、転職した中高年に対して、より高い賃金を支払う企業が多く現れれば、中途採用市場の賃金上昇が促されて、企業内で潜在能力を持っている人まで賃下げの割を食うことも少なくなるだろう。筆者は、単発の「就職氷河期対策」の予算を各省庁が組むのではなく、大所高所に立って、中高年の労働市場をもっと流動的に変える視座がほしい。労働市場を、企業が競争的に人材獲得に動くような市場にしていくことが、目指すべき姿だと考える。もしも、「他社に行けばもっと待遇が良くなる」というインセンティブ設計をすれば、きっと人材が能力に応じた賃金を受け取れる世界に向かっていくと考えられる。自ずと世代間格差は均されて、生産性上昇の恩恵が行き渡るようになると考えられる。
熊野 英生
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