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恒大集団のデフォルト懸念

~国際金融市場の火種~

熊野 英生

要旨

中国不動産大手の恒大集団が、資金繰りの危機に瀕している。ドル建て社債の保全を中国政府が行うかどうかが焦点である。リーマンショックの再来とはすぐにはならないだろうが、年内のテーパリング開始によって、企業の信用力の差がリスクプレミアムに現れやすくなることが警戒される。

目次

リーマンショック再来説

9月21日の株式市場を急落させたのは、中国の不動産大手会社である恒大集団の資金繰りが行き詰まるという懸念からだ。9月23日にも、2本の社債の利払い期限が迫る。恒大集団の負債残高は19,665億元(6月末、33.3兆円)と巨大だ。そのうち、195億ドル(2.1兆円)がドル建てで、中国以外の投資家が保有する。焦点は、このドル建て社債を中国政府が保全するかどうかにかかっている。

この経営危機をリーマンショックになぞらえる見方は多い。しかし、少し考えれば、構図は明らかに違うことがわかる。まず、金融機関の破綻ではない。リーマンショックは、デリバティブなど見えにくいオフバランス取引が多かった。当時、リーマン・ブラザーズ以外の金融機関も危なかった。筆者は、今回の危機が国際金融市場全体を揺るがすとは考えない。

ただし、やっかいなのは、ドル建て社債の扱いだ。すでに信用力はジャンク・ボンド並みであり、保有する投資家も信用リスクを承知で保有しているはずだ。だから、ここでもドル建て社債を保有していた欧米金融機関が連鎖破綻することは考えにくい。

悪影響は、もっと別のルートも考えられる。信用リスクを懸念する連想が広がることだ。他の中国企業のドル建て負債の信用力についても、中国政府が最終的に守ってくれないかもしれないという疑心暗鬼から、中国企業のドル調達が苦しくなることはあり得る。中国企業のドル調達にリスクプレミアムが発生して、中国企業の活動が海外では苦しくなる。好ましくない影響は、長期間続く可能性がある。

それを封じるために、中国政府は「最後の貸し手」の役割を担ってくれるのだろうか。リーマンショックでは、米国政府は失敗した。明らかに潰してはいけない規模の金融機関を潰したので、短期金融市場で信用不安が起こった。Too big to failの原則を守らなかったせいで、大混乱が起こった。

頼みの綱は中国政府の判断

今回は、中国政府が国内市場の打撃以外に、海外でのシステミックリスクを招くかどうかを慎重に判断するかが焦点だ。恒大集団のデフォルトで損失を被るのは海外投資家なのだが、だからと言ってその損失発生を見過ごすと、他の中国企業がドル資金の調達に困る。打撃は、間接的に中国の国益を脅かす。

反面、恒大集団を救済しない理屈は、いくらでも思い付く。中国政府は、2020年夏から財務管理の方針を打ち出し、さらに2021年春から銀行の融資基準を厳しくなった。資金繰りの厳しさは、9月23日を過ぎても、年内に何度も到来するという。中国政府が最終判断を迫られるタイミングは間近に迫っている。

海外投資家についても、恒大集団のドル建て社債を保有するリスクを事前に知ることはできた。本来、損失の発生は自己責任を問うものだ。損失の予見可能性は十分にあった。

悲観的な見方として、中国政府の政治判断が必ずしも救済の選択を選ばないという観測は根強い。恒大集団のトップは、一時は中国一の大富豪と言われた人物だ。大富豪を救済するのは、最近の「共同富裕」の方針に反すると思えば、恒大集団の国内債権の保全も難しくなる。過去1年だけでも、中国の有名な経営者たちが「共同富裕」の下で厳しい目に遭った。そうした路線を継続し、庶民からの感情的な不満の方に流されると、デフォルトを看過する結果を招きかねない。そうした推論が、危機に現実味を与えている。

難しい救済スキーム

経営が行き詰まった恒大集団を救済するとすれば、どういった対応になるのか。国有化するという手法が、すぐに救済スキームとして思い付く。約20万人というグループの従業員の雇用も、国有化の時点では守られる。

しかし、その場合、巨大な過剰債務が保全される代わりに、中国政府の信用が低下する。次々に起こる破綻を救済すると、保全額が膨らむという連想も成り立つ。

しばしば中国の不動産バブルが弾けたという話を聞くが、新築住宅価格は上昇し続けている。国家統計局の主要都市の新築住宅価格は、2021年8月も前月比で上昇している。この前月比は、鈍化しているので、不動産価格はすでに頭打ちになっているとも言える。恒大集団が無秩序な破綻を起こせば、それが他の不動産会社の破綻を誘発することも考えられる。その場合の保全額はきっと巨大化するだろう。

救済の別の方法として、別の企業グループが吸収合併してから、銀行など債権者が一定率で債務カット(債権放棄)を行うことも考えられる。債務再編のシナリオだ。このとき、ドル建て社債にカットされる可能性もある。

なお、吸収合併をしないで債務再編をする選択肢もあるが、それは技術的にはかなり困難だと考えられる。破綻宣告をしたとき、企業取引が一時停止されるダメージが起こる。破綻させると、企業価値が大幅に損なわれて資産保全には逆効果になる。救済されるとしても、選択される手法をよく見ておく必要があるだろう。

悪いタイミングのテーパリング

混乱のタイミングは、9月のFOMCの直前だった。FRBが年内にテーパリングを実施することは既定路線だと思うが、そこに中国発のショックが加わるのは不都合だ。年内開始のテーパリングは、米国内外でのドルの流通量を減らすものだ。過去、新興国から米国にドル資金が環流して、新興国通貨安が起こった。そこでは、ドルの流動性が低下する。仮に、恒大集団のデフォルトが起こると、中国企業のドル資金の調達はテーパリングと相まって、より厳しくなる。新興国のハイイールド債の利回りがより上がりやすい環境になることが懸念される。

もともと危機時に中央銀行が市場をじゃぶじゃぶにする理由は、金融取引で信用リスクが顕在化しにくいようにする目的があった。コロナ禍での各国中央銀行の資金供給はそれを狙っていた。テーパリングは、その逆のことを始めようとする行為である。経営悪化などによるリスクプレミアムが金融取引に現れやすい環境をつくる。

なお、米金融政策が中国発でのショックを受けて、テーパリングを遅らせるという観測があるが、おそらくテーパリングを11月から12月に遅らせたところで、中国など新興国で信用リスクが顕在化しやすくなる状況はおおむね変わらない。いずれにしても、2022年以降の火種になるだろう。

アフターコロナの課題

達観して考えると、これはアフターコロナの構造調整の一例とも言える。コロナ禍では、低金利環境が生まれて、企業の資金調達が容易になった。世界の主要都市では不動産価格が上昇する地域も多い。コロナが終焉すると、その低金利環境が是正されて、企業の過剰債務処理が課題になってくる。各国中央銀行は、超低金利を是正するだろうが、それほど金利水準を引き上げることはできないと予想されている。

また、過剰債務問題が巨大な不良債権問題になるリスクはあるのだろうか。日本の場合を調べると、国内銀行貸出(2021年6月)のうち、コロナ禍で打撃が大きかった飲食店向けは3.4兆円、宿泊業2.8兆円と貸出残高の金額は大きくない。飲食店やホテルの経営難が、銀行経営を揺るがすほどにはならない。しかし、それが不動産価格の下落に波及すると話は違ってくる。不動産関連融資は124兆円と桁違いに大きい。マクロの金融システム不安は、コロナ禍の自粛などが地価下落を引き起こしたときに蓋然性が高くなる。国土交通省の基準地価は、2020・21年と2年連続で下落した。全用途の2020年前年比▲0.6%、2021年同▲0.4%とまだ小幅だ。これは、日本のケースだが、欧米や中国でも不動産価格が下がれば、同様に金融システムへの打撃が生じてくるだろう。中国だけではなく、住宅価格が急上昇している米国も火種はあることを忘れてはいけない。

熊野 英生


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