どうして緊急事態宣言は効かないのか?

~ゲーム理論の発想~

熊野 英生

要旨

延長された4回目の緊急事態宣言では、従来よりも感染収束に与える効果が弱まっている。変異株登場もあるが、人々の行動に影響を与えられなくなってきたことがある。その理屈について、ゲーム理論の考え方を援用して、何を変えれば人々の心に響くのかを考えてみた。

目次

緊急事態の実感は乏しい

7月12日から始まった第4回目の緊急事態宣言は、過去の緊急事態宣言とは異なり、新規感染者数を減らす効果が明確には表れてこない(図表)。変異株の感染力が強いこともあるが、同時に街の人出が減っていないこともある。人々の行動変容を促せていないのが実情である。

緊急事態とは、本来、「事が重大で、短時間で対処しないといけない」状態とされる。肌感覚として、今はその切迫感がない。その原因について、巷間、記者会見における「首相のメッセージが弱い」とか、人々が「何度も繰り返されて慣れた」と言われる。一見わかりやすい説明だが、論理的には曖昧なところがある。例えば、自粛を訴えるメッセージを強めると、人々は行動を変えるのか。対処法として、強いメッセージが何を指すのか、その中身がよくわからない。

また、人々が慣れたならば、その場合にどうすればよいのか。新しい呼びかけをすれば、慣れた人の心を動かして自粛に向かうのか。

このように問題設定を少し変えるだけで、途端に課題解決は難しくみえる。私達は、もっと「メッセージの弱さ」や「慣れ」の中身を分析してみる必要がある。本稿では、こうした人々が抱いている社会心理の深層をゲーム理論を使いながら考えることを目的としている。

図表
図表

メッセージの弱さ

過去1年数ヶ月に亘って、首相が記者会見で国民に対して、緊急事態宣言を呼びかける機会があった。最近は、そのメッセージ性が著しく弱くなったと指摘される。筆者も、直感的にはその通りだと思う。

このことをもう少し論理的に考えると、人々を動かす道理がメッセージに乏しいことがある。これをゲーム理論の概念で翻訳すると、行動変容の条件は「自分の行動によって、相手の行動が変わるのならば、自分は相手に反応して行動を変える」こととなる。具体的には、緊急事態宣言に従って、自分が自粛すると、感染が収束して、その先で自分の行動が自由になることが大切だ。人々がそう思ったとき、行動変容が起こる。メッセージの強さとは、自粛の効果が感染状況を変えると人々が確信できるかどうかにかかっている。

確かに、1回目の緊急事態宣言では、多くの人はそう思って自粛に従ったのだろう。しかし、2020年後半以降、感染収束は長続きせず、人々は「コロナ感染は自粛では一時的にしか解決しない」と感じるようになった。これは、ゲーム理論で言えば、ゲームが繰り返されることで、自粛の効果がないという認識が人々に共有されたという理屈になる。繰り返しゲームでは、自分が行動を変えても、相手は行動を変えない、となる。相手が行動を変えないから、自分は勝手に行動させてもらう、となる。繰り返しゲームによって、協力関係が、非協力関係に変わったと解釈できる。これは、「慣れた」ことの意味を論理的に説明するものでもある。

結局、人々が自粛に非協力となる場合、感染は拡大して、皆が不幸になる。これは、「囚人のジレンマ」の例えで語られる協調の失敗ケースである。現在の菅政権は、国民が自粛する意味が継続的にあるのかという問いに答えることに失敗している。

ゲーム理論が教える対応

現状を以上のように捉え直すと、ゲーム理論の処方箋が使える。人々の非協力関係を変化させるには、政府がコミットメントを設定することが有益だ。皆が自粛に協力すれば、政府は継続的な感染収束を達成できると約束することである。自粛によって、その後、政府が感染収束に成功すると皆が思えば、その予想(期待形成)に従って人々の行動変容が促される。

問題解決の焦点は、こうしたコミットメントの実現可能性である。こう概念規定すると明確だが、そのコミットメントは現実には難しい。

振り返ると、当初は緊急事態宣言をしている間にワクチン接種を進捗させて、持続的な感染収束を達成するという見通しがあった。しかし、この点は、ゴールである集団免疫の獲得はすぐには難しいと考えられるようになってきた。変異株登場以前は、接種率が7~9割とされたが、最近はそのハードルは上がったとされる。米感染症学会は、接種率が9割近くならないと集団免疫の獲得は難しいとする。そうした背景があり、政府のコミットメントの期待形成力は弱まったと理解できる。ならば、政府はコミットメントの実現をより確実なものにするしかない。

なお、現状、ワクチン接種率が各国とも7割くらいで鈍化していく「7割の壁」が問題になっている。日本の接種率は4割強である(8月25日時点2回目接種率43.0%)。この壁が集団免疫の獲得までの課題として大きく立ちはだかっている。

地道な啓蒙活動

政府は、集団免疫の獲得に向けたロードマップを示し、その対策の実効性を高めなくてはいけない。例えば、接種を義務化しないまでも、もっと積極的に接種率を高めるアクションプランが必要だ。すでに、予約なしで接種ができる会場を繁華街近くに設けている。副反応への心配に対する知識もかなり広がってきた。また、官邸ホームページでは、ワクチン接種の機運を高める方法として「ワクチン接種これいいね。自治体工夫集」というのがある。

これらの努力は、国民への訴求力がまだ小さいと思うが、ワクチン接種が「任意」である以上、そうした地味な努力を積み上げるしかないのが実情である。

熊野 英生

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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