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インフレ警戒を強めるBOE

~複数の政策メンバーが早期の緩和縮小の検討を示唆~

田中 理

要旨

物価や賃金の上振れが続く英国ではここ数日、BOEの政策メンバーが相次いで、従来の想定よりも早期に金融緩和の縮小を検討する可能性を示唆した。次に見通しを変更する8月の金融政策委員会(MPC)での政策変更は想定していないが、最近の物価や賃金上振れの評価、デルタ変異株の感染拡大の影響、中期的な物価見通しが変更されるか、早期の緩和縮小を支持するメンバーが現れるかに注目する。

14日にニュージーランド中銀が量的緩和の打ち切りを、カナダ中銀が資産買い入れペースの一段の縮小を決定し、近い将来の利上げ観測も浮上するなど、先進国中銀に政策正常化を睨んだ動きが広がりつつある。こうしたなか、英イングランド銀行(BOE)の金融政策委員会(MPC)メンバーの間でも、インフレ警戒トーンが高まっている。14日にラムスデン副総裁が、15日にはハト派のソンダーズ外部委員が相次いで、インフレ圧力の高まりで従来の想定よりも早期に金融緩和の縮小を検討する可能性を示唆した。

段階的な都市封鎖の解除を進める英国では、景気、物価、雇用関連指標が5月の金融政策レポート(旧物価レポート)でのBOEの想定を上回るペースで推移している。デルタ変異株の感染拡大が新たな懸念材料として浮上しているが、ワクチン接種が進み、感染拡大後も入院患者や死者が比較的落ち着いているため、英国政府はこのまま19日に都市封鎖の全面解除に踏み切る方針だ。人口100万人当たりの新規感染者数は、年始に900人に迫った後、5月末に20人台まで減少していたが、6・7月に急増し、足元で再び500人を上回っている。だが、少なくとも1回ワクチンを接種した人口の割合はイスラエルを上回って7割に迫り、2回目のワクチン接種を終えた人口の割合も5割を超えている。新型コロナウイルスに起因する入院患者数は、1月中旬に4万人に迫った後、5月末に千人を割り込んだ。その後やや増加し、足元で3千人台で推移しているが、病床逼迫が懸念される状況にはない。人口100万人当たりの新規死者数も1月中旬の18人超えをピークに、5月末に0.1人台に減少。足元で0.4人台にやや増加しているが、過去の感染拡大時のような増加はみられない。

上振れがより顕著なのが物価や賃金だ。14日に発表された6月の消費者物価は前年比+2.5%と前月の同+2.1%から一段と加速し、2ヵ月連続で2%の物価目標を上回った。変動の大きい食料・アルコール・たばこ・エネルギーを除いたコア物価も同+2.3%に加速。コア物価の上昇加速を牽引しているのは、衣料品、中古車価格、外食・宿泊費、航空運賃、パッケージ旅行など。衣料品価格の上振れは、昨年春の大幅値下げの反動や都市封鎖の間の小売店舗閉鎖でセール時期が例年とずれたことも影響した。中古車価格の上昇は、半導体不足による新車生産の遅れを反映した世界的な現象。外食や旅行関連の価格上昇は、経済活動再開を反映したもの。光熱費の一段の値上げや飲食・宿泊・娯楽を対象としたVATの軽減措置が9月末に終了することから、年後半に向けての消費者物価は一段と上昇率が加速し、3%を上回る展開が想定される。ただ、最近の物価上振れの多くは一時的な要因が影響しているとみられ、ベイリー総裁も15日に公表されたインタビューで、金融引き締めを判断する前に、物価の上振れが一時的なものかどうかを精査する必要があると発言した。

15日に公表された労働統計でも、全産業の賞与を含む時間当たり賃金が5月までの3ヶ月間の平均で前年比+7.3%と前月の同+5.7%から一段と上昇が加速した。月毎の変動が大きい賞与の上振れ(前月:同+9.5%→今月:同+24.3%)も影響したが、賞与を除く賃金も上昇率が加速(同+5.6%→同+6.6%)。最近の賃金上昇率の大幅な加速は、コロナの感染第一波が襲った昨年春の賃金下落からの反動増に加えて、都市封鎖の間に低賃金雇用の多くが失われ、平均賃金の調査対象から除外されたことも影響している。英統計局の試算では、前年の裏のベース効果と調査対象の構成変更による影響で今月の賞与を除く賃金が約2.2~3.4%ポイント押し上げられている。正味3~4%程度の賃金上昇率はコロナ危機以前の2019年と概ね同水準に相当する。経済活動再開で求人数や採用判断などの雇用関連指標が全般に上向いているが、経済の未利用資源(スラック)の解消にはなお時間が掛かりそうだ。5月の就業者数は同一サンプルの3ヶ月前差で2万5千人増加し、これで3ヶ月連続の増加を記録したが、コロナ危機が深刻化する以前の2020年2月と比べると89万3千人下回っている。9月末まで延長された一時休業支援プログラムの利用者数は、昨年4~6月のピーク時の900万人から減少したものの、なお200万人を超えている(労働力人口の7%弱)。一時休業支援打ち切り後の労働需給や賃金動向が今後の金融政策の重要な判断材料となろう。

これまでMPC内で唯一、資産買い入れの早期縮小を主張していたチーフエコノミストのホールデン氏が6月に退任し、ベイリー総裁が指示した「政策金利を1.5%に引き上げるまでバランスシートを維持する」方針の再検討の結論も出ていないため、BOEのタカ派傾斜にはなお距離があるとみられていた。だが、最近の物価や賃金の上振れは、MPCメンバーの一部にインフレ警戒を呼び起こすものとなったようだ。次に金融政策レポートを公表する8月のMPCでの政策変更は想定していないが、最近の物価や賃金の上振れに対する評価、デルタ変異株の感染拡大の影響、中期的な物価見通しが変更されるか、資産買い入れの早期縮小を支持するメンバーが新たに現れるか(今回の発言からはソンダーズ氏の縮小支持が濃厚)などに注目が集まる。なお、8月のMPCを最後に中立派のブリハ外部委員が退任し、後任には経済協力開発機構(OECD)のチーフエコノミストなどを歴任した米国出身のマン氏(直近はシティグループのグローバル・チーフ・エコノミスト)が9月から新たな外部委員に就任する。後任が決まっていないホールデン氏に代わるチーフエコノミストとともに、MPCメンバーの構成変更が今後の金融政策に与える影響にも関心が集まる。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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