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英国の財政運営に対する信頼回復は?

~緊縮路線を確認も、将来の増税に不安要素も~

田中 理

要旨
  • 英国の労働党政権は、春季予算で計画していた歳出削減計画の一部撤回を余儀なくされたほか、選挙公約破りの所得税・国民保険料・VATの引き上げを見送る方針が伝えられ、財政再建の遂行能力に不安が広がっていた。昨晩発表された秋季予算では、従来よりも現実的な成長率の前提に基づき、様々な増税メニューを組み合わせて財政再建を進めることが確認され、政府の財政再建計画を達成するうえでの財政上のバッファーも積み増す。

  • 政府の財政再建路線が確認されたことで、金融市場での緊張がやや和らぎ、スターマー降ろしの動きはひとまず封じ込められそうだが、低迷する政権支持率の劇的な回復は望めない。秋季予算に盛り込まれた増税措置の多くが導入されるのは数年先で、その実効性に不安も残る。政権を取り巻く政治環境は引き続き厳しく、毎年5月の地方選挙や2029年に予定される総選挙が近づくと、計画されている財政再建策を骨抜きにする新たな政治的な動きが表面化する恐れもある。

英国のリーブス財務相は26日、2025年の秋季予算を発表した。14年振りに政権を奪還した2024年の総選挙を前に、労働党は個人向けの所得税、国民保険料、付加価値税(VAT)を引き上げないことを公約に掲げていた。保守党政権から引き継いだ政府の財政状況は当初の想定以上に悪く、2022年秋のトラスショックの余韻も残るなか、財政再建の遅れを不安視して、国債市場の緊張も高まっていたことから、労働党政権としては財政再建を進めることが至上命題となっていた。だが、与党議員の造反もあり、春季予算で決めた社会保障給付や冬場の燃料費補助金の削減計画の撤回を余儀なくされたほか、経済成長率の前提引き下げなどで、春季予算の作成時に確保していた財政上のバッファーを使い果たし、財政再建の行方が危ぶまれていた。そのため、秋季予算では財政再建を計画軌道に復帰させるため、リーブス財務相が公約違反の増税に踏み切るとの見方が広がった一方、最近の報道ではこれらの増税措置を見送る方針が伝えられるなど、二転三転したこともあり、政府の財政再建の遂行能力を巡って疑心暗鬼が広がっていた。

最終的には、労働党政権を取り巻く厳しい政治環境を鑑みたのか、公約違反の増税を見送った代わりに、①所得税と国民保険料の所得階層に対するインフレ調整の凍結を現在の2028年から2031年まで3年延長(賃上げ時に今までよりも高い税率や保険料率が適用される可能性)、②給与犠牲制度(雇用主が同額を年金に支払うことと引き換えに給与の一部を放棄する)を通じて無税で年金に拠出できる金額を年2000ポンドに制限、③資産価値の高い住宅所有者への新たな税金(200万ポンド以上の住宅に年2500ポンド、500万ポンド以上の住宅に年7500ポンド)、④オンライン賭博に対する税率引き上げ、⑤ガソリン車への燃料税を代替する税金として、電気自動車(EV)に対して1マイルにつき3ペンスの新たな税金、⑥日本のNISAに相当する少額投資非課税口座(ISA)への拠出額を年1.2万ポンドに制限など、様々な増税や歳出削減メニューを組み合わせることで、財政再建を進める方針が示された。歳出増加策として、①燃料税の時限軽減措置の来年9月までの延長、②3人目以降の児童手当の給付制限撤廃、③小売・医療・レジャー関連施設に対する税率引き下げ、④18ヶ月以上就学や就労していない18~21歳への就労支援、⑤25歳未満の若者に無償インターンを提供する中小企業への資金支援などが盛り込まれたが、増税と歳出削減の規模が上回ったため、政府の財政再建計画を達成するうえでの財政上のバッファーは、春季予算時の99億ポンドから217億ポンドに倍増する。

また、予算発表に先駆けて、政府は25日、来年4月から最低賃金を引き上げることを決定した。21歳以上の最低賃金は50ペンス増(+4.1%)の時給12.71ポンド、18~20歳が85ペンス増(+8.5%)の10.85ポンド、18歳未満が45ペンス増(+6%)の時給8ポンドに各々引き上げられた。リーブス財務相は、生活費の高騰が引き続き低所得者層にとっての最大の懸念事項であるとし、約270万人の労働者が最低賃金引き上げの恩恵を受けると説明した。昨年に続く最低賃金の引き上げ(21歳以上が+6.7%、18~20歳が+16.3%)により、産業界からは人件費負担の増加で採用抑制につながりかねないとの声も聞かれる。

秋季予算の前提となる予算責任局(OBR)の経済見通しは、2025年が1.5%と前回見通し(1%)から上方修正された一方、2026年が1.4%(前回が1.9%)、2027年が1.6%(1.8%)、2028年が1.5%(前回が1.7%)、2029年が1.5%(前回が1.8%)と何れも下方修正された。OBRの成長率見通しは実績値よりも過大に推計されることが多く、春季予算の際にも成長率の前提が甘すぎるとの批判があった。より現実的な見通しに修正されたが、増税措置が本格化する予測期間の後半の成長率には、下方修正の余地がありそうだ。なお、OBRは従来、春季と秋季の年2回の政府予算案の発表に合わせて、経済見通しの作成と予算案の評価をしてきたが、今後は年2回の経済見通しの作成を続ける一方で、予算案の評価については年1回の実施に変更する。

今回の秋季予算は、従来よりも現実的な成長率の前提に基づいており、様々な増税措置や歳出削減を盛り込んだ結果、2030年までの政府の財政再建計画を達成するうえで、より多くの財政上のバッファーを確保することに成功した。公約違反となる所得税・国民保険料・VATの引き上げを見送ったが、政府の財政再建姿勢が確認されたことを受け、英国の財政運営を巡る金融市場の緊張はひとまず緩和に向かう公算が大きい。秋季予算発表後の英国の国債・為替市場では、国債利回りの上昇やポンド安が一時的に進んだが、その後は小幅ながらも金利低下とポンド高に転じている。金融市場が落ち着きを取り戻せば、秋季予算の発表後に表面化するとの観測も浮上していた与党内のスターマー降ろしや、内閣改造によるリーブス財務相更迭の動きは遠退く。

もっとも、英国は主要先進国の中で、米国やフランスなどと並び、財政再建が遅れている国の1つだ。今回の予算に盛り込まれた増税措置の多くが開始されるのは数年先で、その実効性には疑問も残る。財政再建に向けた道のりは険しく、国債金利の上昇に伴う利払い費の増加も加わり、今後も政府債務の膨張が続くことになりそうだ。秋季予算には国民の生活困窮を軽減する措置も盛り込まれたが、低迷する政権支持率の劇的な回復につながる可能性は低い。スターマー政権を取り巻く政治環境は引き続き厳しく、毎年5月の統一地方選挙や2029年に予定される総選挙が近づくと、計画されている増税策や歳出削減策を骨抜きにする新たな政治的な動きが表面化する恐れもある。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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