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イタリア復活に死角はないか?

~五つ星運動は分裂危機を回避~

田中 理

要旨

イタリアの政局流動化の二大リスクは、右派ポピュリスト内の序列逆転で「同盟」が政権支持を取り下げることと、「五つ星運動」の党分裂や三選禁止規定廃止で議会の解散・総選挙が近づくこと。党改革を託されたコンテ前首相と党創設者のグリッロ氏の舌戦で、党分裂が不安視された五つ星運動だが、11日に両者が連名で党改革の方針で合意したとする共同声明を発表。当面の分裂危機は回避したが、今後もグリッロ氏が党運営に介入する場合や、議員の三選禁止規定の改正が見送られる場合、党分裂の火種が燻り続けよう。来年2月の大統領任期までの半年間は議会の解散リスクは封印されるが、後継大統領の選出手続きが始まる来年初から、新大統領が就任後の来年春にかけて、政局流動化のリスクに改めて注意が必要となりそうだ。

イタリアがサッカー欧州選手権で1968年大会以来となる優勝を勝ち取ったのと同じ11日、同国の最大政党・五つ星運動は党分裂の危機を乗り越えた。6月30日付けレポート「ドラギ首相の退陣リスクはあるか?」で指摘した通り、党首就任と党改革を要請されたコンテ前首相と党創設者のグリッロ氏の間で、今後の党運営を巡る意見衝突が激化し、先月末にかけてコンテ前首相が新党を結成するとの観測が浮上していた。両者は11日、今後の党改革の方針で合意し、分裂の危機を回避したとする共同声明を発表した。

五つ星運動は、政治風刺を専門とする著名コメディアンのグリッロ氏と、党の活動プラットフォームであるインタネット・サイトを運営する企業家のカサレッジオ氏(2016年に死去)が、市民参加型の政治ムーブメントとして2009年に共同で旗揚げした。環境問題や弱者救済に力を入れ、左派寄りポピュリストと位置付けられる。党の重要な政策決定をインターネット上の党員投票で決定するのが特徴だが、実際には創設者のグリッロ氏やカサレッジオ氏の後継者である息子がかなりの影響力を持つとされる。コンテ前首相はグリッロ氏の影響力を排除しようとして反発を招いた。

五つ星運動は欧州債務危機時のイタリア経済の困窮や主流派政党への幻滅を追い風に支持を集め、初の国政選挙となった2013年の総選挙で早くも第三党となり(当時は他党との連立を拒否)、2018年の総選挙では最大政党に上り詰め、右派ポピュリスト政党の同盟とともに連立政権を発足した。コンテ氏はその際に五つ星運動に請われて首相に就任した法学者で、今も正式な党員ではない。

政権発足後は難民危機対応を主導した連立パートナーの同盟が大きく支持を伸ばし、五つ星運動の支持は低迷している。右派政権誕生と自らの首相就任を目指し、同盟のサルビーニ党首は2019年夏に政権支持を取り下げた。だが、五つ星運動が目の敵にしてきた主流派政党である民主党と連立組み換えで合意したことで、解散・総選挙は回避され、コンテ首相の続投が決まった。コロナ危機対応でのリーダシップ発揮で、コンテ首相は国民から高い支持を集めたが、同氏の影響力拡大に危機感を覚えたレンツィ元首相が主導した政変に巻き込まれ、今年2月に首相退陣を余儀なくされた。その後を継いで誕生したのが、欧州中央銀行(ECB)のドラギ前総裁が率いる現在のテクノクラート政権だ。ドラギ政権誕生でイタリアの政治リスクは大きく後退した。

ドラギ政権は今のところ主要政党や国民から高い支持を集めているが、2023年央の議会任期満了まで政権が存続するかどうかは予断を許さない。ドラギ政権支持に回った同盟の支持が低下する一方、ドラギ政権不支持を貫いた別の右派ポピュリスト政党・イタリアの同胞が逆転する調査の一部にある。最多政党の座を巡って、両党は一進一退の攻防を続けている。次の総選挙では右派の連立会派が政権を奪取する可能性が高い。両党のうち、より多くの議席を獲得した政党が連立政権を主導し、首相を輩出するとみられる。前回、政権支持取り下げで解散・総選挙に持ち込むのに失敗した同盟は、慎重にタイミングを見計らっているが、徐々にドラギ政権から距離を置き始めている。

同盟とともにドラギ政権存続の鍵を握るのが五つ星運動の動向だ。政治刷新を掲げて誕生した五つ星運動には、プロの政治家が汚職や腐敗の温床になるとし、三選禁止規定がある。そのため、2013年の総選挙で議席を獲得した同党所属議員は、次の選挙に出られない。コンテ前首相が新党を結成する場合、この三選禁止規定に抵触する議員の多くが新党に合流するとみられていた。コンテ氏は党の改革案で三選禁止規定の廃止を掲げていた。コンテ氏とグリッロ氏との間で最終的に合意した党改革案に三選禁止の見直しが盛り込まれているかは、公表資料からは定かでない。グリッロ氏が今後も党運営に介入する場合や、三選禁止規定の改正が見送られる場合、次の選挙を見据えて五つ星運動が分裂する火種が残る。党分裂が回避され、三選禁止規定が廃止される場合も、コンテ前首相の党首就任で五つ星運動の支持が持ち直せば、解散・総選挙回避の機運が遠退くことになる。

議会の二大勢力である五つ星運動と同盟が揃って政権支持を取り下げる事態となれば、さすがのドラギ政権も存続が危うくなる。その場合に議会の解散・総選挙となるかはマッタレッラ大統領の判断次第だが、同氏は来年2月に大統領任期満了を控え、それまでの半年間は議会の解散権を行使することができない。当面の解散・総選挙のリスクは封印されるが、後継大統領の選出手続きが始まる来年初から、新大統領が就任する来年春にかけて、政局流動化のリスクに注意が必要となろう。大統領の後継候補にはドラギ首相の名前も度々浮上しており、コロナ禍克服と復興基金の稼働に道筋をつけたことで、早期退陣の可能性も排除できない。右派政党寄りの大統領が誕生する場合も、解散・総選挙の可能性が高まる。

2018年のワールドカップで60年振りに本大会出場を逃したイタリアのサッカー代表は、欧州選手権を53年振りに制覇し、奇跡の復活を遂げた。ドラギ首相就任で狼煙を上げたイタリア復活に死角はないのか、今後もイタリア政局から目が離せない。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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