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ドラギ首相の退陣リスクはあるか?

~イタリア不安を封印する鉄のトライアングルの行方~

田中 理

要旨
  • ドラギ首相就任後に政治リスクが封印されているイタリアで、政局流動化の兆しが広がっている。最新の世論調査で右派ポピュリストの序列が入れ替わり、政権支持に回った「同盟」が不支持の「イタリアの同胞」に逆転を許した。このまま政権支持を続ければ、首相の座が遠退きかねず、徐々に政権から距離を置くことが想定される。また、かつて同盟とポピュリスト政権を率いた「五つ星運動」では、コンテ前首相を支持する勢力と党の創設者であるグリッロ氏が対立。コンテ前首相が新党を結成するとの観測が浮上している。

  • 来年2月の任期までの半年間、大統領は解散権を行使できない。年後半の解散リスクはないが、後継大統領の選出を巡って、連立内部で様々な思惑が交錯する。右派・左派何れの勢力も自身に近い大統領の擁立を目指している。ドラギ氏自身も首相就任以前は後継大統領の有力候補の1人。コロナ禍克服と復興基金始動で責務を果たしたと考え、大統領に横滑りする可能性も残る。ドラギ首相退陣でイタリアや欧州に対する見方が一変するリスクに注意が必要となろう。

今年2月にECBのドラギ前総裁が首相に就任して以来、イタリアの政治リスクは大幅に後退し、イタリア国債の対ドイツ国債スプレッドは100bp前後で安定的に推移している。たが、水面下では政局流動化の兆しが徐々に広がりつつある。政権奪取の機会を伺う右派ポピュリスト政党・同盟の支持率は、ドラギ政権支持に回って以降、一段と低下している。最新の世論調査では、主要政党で唯一政権を支持していない別の右派ポピュリスト政党・イタリアの同胞との支持率が逆転した(図表1)。同盟とイタリアの同胞はこれまで共闘姿勢を続けてきたが、次の総選挙で右派会派が勝利すれば、その最大政党が首相を輩出する可能性が高く、ライバル関係にある。同盟がドラギ支持に回った背景には、ドラギ氏が国民から高い支持を得ているうえ、議会の解散権を持つマッタレッラ大統領がコロナ危機対応を優先し、近い将来の解散・総選挙に否定的だったことがある。サルビーニ党首は次の総選挙後の首相就任を視野に、EU懐疑的な言説や極端な政策主張を軌道修正し、政権遂行能力をアピールしようとしたのも裏目に出た。イタリアの同胞を率いるメローニ党首に、政権批判の急先鋒の役割を奪われた格好だ。このまま政権支持を続けていれば、次の総選挙での第一党獲得や首相の座が遠退く恐れがある。同盟は徐々に政権から距離を置き始めることが予想される。

別の不安要素もある。議会第一党でかつて同盟とともにポピュリスト政権を率いた五つ星運動は、今後の党運営を巡って内部分裂の危機にある。国民から圧倒的な人気を誇りながら、首相の座を追われたコンテ前首相(法学者出身で非政治家)を、新たな党首に擁立しようとする動きがある一方、党創設者のグリッロ氏(政治風刺を専門とするコメディアンで非政治家)は、コンテ前首相の党の改革方針に反対し、これを阻止しようとしている。元々、コンテ氏に党首就任を打診したのはグリッロ氏だったが、コンテ前首相が抜本的な党改革と党首権限の強化を目指したことで、両者が対立。草の根の政治運動を源流とする五つ星運動は、党の重要な政策決定をオンライン上の党員投票で決めている。党首への権力集中を警戒し、グリッロ氏は5名の合議制による党運営を提案している。コンテ氏を党首に新党結成を目指す動きもあり、コンテ派とグリッロ派で党が分裂する恐れがある。国民から幅広い支持を集めるコンテ前首相が新党を結成する場合、現在の五つ星運動よりも多くの支持を集めるとの世論調査が多い。党勢低迷で早期の解散・総選挙に及び腰だった五つ星運動を取り巻く政治環境が変化する可能性がある。

イタリアの同胞を除く主要政党が支持するドラギ政権は、上下両院の8割前後もの安定的な過半数の支持を得ている。ただ、同盟と五つ星運動のコンテ派が政権支持を取り止めれば、議会の過半数を確保するのは難しくなる。議会の解散権を持つマッタレッラ大統領の任期が来年2月初旬で、任期満了までの半年間は解散権を行使することができない。今年後半の解散リスクはない。マッタレッラ大統領は続投を否定しており、年末年始を挟んで同氏の後継者選出の動きが本格化しよう。大統領の選出手続きは、上下両院議員と地域代表の無記名投票で行われる。次の総選挙での政権奪取を狙う同盟、第一党獲得が視野に入ってきたイタリアの同胞、首相返り咲きの機会を伺うコンテ氏周辺、右派政権誕生を阻止しようとする中道左派の民主党、政界での影響力確保を目指すベルルスコーニ元首相周辺などが、自身に近い大統領の擁立に向けて合従連衡するとみられる。新大統領選出後のドラギ政権の議会基盤はそこまで盤石ではなくなる。

ドラギ氏自身も首相就任以前は次期大統領の有力候補の1人だった。コロナ禍克服や復興計画の始動を見届け、首相から大統領に横滑りするとの観測も度々浮上している。イタリアの人口100万人当たりのコロナ感染者数は、昨年11月のピーク時に600人に迫り、感染第三波に見舞われた今年春に再拡大した後、6月末時点で10人前後に激減している。英国や米国に比べて遅れが目立ったワクチン接種数も春以降に急加速し、人口の55%近くが少なくとも1回の接種を終え、これは米国やドイツを上回る(図表2)。また、ドイツ憲法裁判所の差し止め命令や各国の議会承認の遅れで、早期稼働が危ぶまれた復興基金も全ての稼働準備が整った。イタリアが提出した復興計画の審査も終了し、残すはEU理事会(閣僚理事会)の承認待ち、夏中には初回資金の拠出が開始されそうだ。ドラギ首相が政権誕生時に期待された責務を果たしたと考えたとしても不思議ではない。

イタリアの議会任期満了は2023年6月。ドラギ氏が任期満了を待たずに首相を退陣する場合も、すぐさま議会の解散・総選挙が行われる訳ではない。上下両院の過半数の支持を得られる首相候補が見つかれば、総選挙は回避される。後継首相候補や主要政党党首と面会し、政権発足の仲介役を担うのが大統領だ。議会の過半数の支持を得られる首相候補がいないと判断した場合、議会を解散する。次の大統領に同盟やイタリアの同胞など、右派ポピュリスト勢力に近い人物が就任する場合(例えばベルルスコーニ元首相など)、右派政権誕生につながる解散・総選挙を選択する可能性が高まる。逆に民主党に近い人物やドラギ氏が大統領に就任する場合、ようやく軌道に乗ったコロナ禍克服と経済復興を確かなものとするためにも、解散・総選挙による政治リスク回避に動くだろう。今はドラギ首相への高い信任、ECBの大規模金融緩和、復興基金の3つがイタリアの金利上昇を抑制している。政局リスクが動き出す来年春は、パンデミック緊急資産買い入れプログラム(PEPP)が終了するタイミングとも重なる。ドラギ首相退陣をきっかけに、イタリアや欧州に対する見方が一変するリスクに注意が必要となろう。

図表
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田中 理


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