ワクチン・パスポートの応用

~これで「見える化」が進む~

熊野 英生

要旨

ワクチン接種が進み、接種済証を使って、特典を提供するお店が全国で増えている。これは、ワクチン・パスポートの一種である。この接種済証を企業や団体などグループ単位で発行すれば、ワクチン接種はさらに促進されるだろう。一刻も早く集団免疫を達成するために、ワクチン・パスポートの整備を進めることが必要だ。

目次

加速する民間での活用

ワクチン接種が予想外に加速している。その派生効果として、ワクチン接種の証明書を利用した活動も増えてきている。例えば、すでに全国各地でワクチン接種を済ませた高齢者などに配られる「接種済証」を見せれば、店舗で割引などの特典がもらえるサービスがあちこちで始まっている。価格割引や優先利用のサービス券の付与である。これらは、事業者が新しい需要を取り込もうとして仕掛けている活動だ。温泉施設の利用であれば、ワクチン割引を使う顧客が増えると、それは感染リスクの小さい顧客を多数招き入れることになる。ワクチンを接種していない従業員も安心して仕事ができる。また、顧客の側でも、すでにワクチン接種を済ませた人は、これまで感染リスクに怯えてきた反動で、これからは消費を積極的にしたがっている。割引などの特典は、そうしたアクティブな顧客を幅広く取り込むツールになるのだ。民間企業というものは何と強かなのかと思わせる。

筆者は、こうした戦略の基礎になっているのが「見える化」だと考えている。これまでは、顧客の中にワクチン接種をした人がほとんどおらず、誰が安全で、誰がリスクが大きい人なのかが判別できなかった。それがお店の従業員とお客さんの双方を疑心暗鬼に陥れていた。ワクチン接種をした人が、「接種済証」を提示することは、「私は安全性の高い人です」と表示する効果がある。つまり、今まで見えなかった情報が、「接種済証」によって「見える化」されたのである。そこで不確実性は消える。「見える化」が需要開拓の基礎になっていることは、極めて重要だ。

事業者も「見える化」を

現在、医療関係者の大半がワクチン接種を済ませたことで、変化が起こっている。具合いの悪い人が、コロナ以外の病院に通ったとしても、病院でうつされる可能性が極端に減った。例えば、歯科は患者の口をのぞき込んで治療してもらうので、歯科医師は感染リスクにさらされてきた。私たちが歯科に行くときも、他の患者と接して感染している可能性がある歯科医師に見てもらうことに一抹の不安を感じることもあっただろう。しかし、すでに医療関係者など500万人超(介護施設を含む人数)が接種をした状況であり、そうしたリスクは大きく低減した。私たちがお店を利用するとき、事業者がワクチン接種を済ませることは、事業活動にも好影響を与える。

この考え方をさらに発展させると、次のような予想が成り立つ。例えば、ある飲食店が、従業員全員でワクチン接種を済ませたならば、お店の正面に「全員がワクチン接種を済ませました」という張り紙を掲示する。そうした店舗が町中で増えるだろう。

政府・自治体もその流れを後押しすることが望ましい。お店単位で、ワクチン接種証明を発行する。これも、ワクチン・パスポートの一種である。介護施設でも、同じように従業員の全員が接種を済ませていれば、その施設の看板に「全員接種を済ませています」というステッカーを貼れる。すると、入居希望者に歓迎される。

ほかにも、離島、商店街、観光地のエリアにも適用は可能である。「この区域は全員がワクチン接種を済ませています」と表示されていれば、それがセールスポイントになって、顧客・観光客を集めやすくなる。

個人単位ではなく、企業・団体・エリアごとに接種認証をとるというアイデアは、私のオリジナルではなく、研究会で他の人から教えてもらったものだ。極めて斬新であり、画期的なものだと考える。

今後、職域接種が6月21日から始まるが、そのときに問題になりそうなのが中小企業の扱いである。大企業を中心とした職域接種では、中小企業が取り残されるという危機感があるという声も聞く。しかし、中小企業こそ、従業員全体でワクチン接種を済ませて、会社全体でワクチンの「接種済証」を表示できるようにするメリットは大きい。「当社は従業員全員がワクチン接種を済ませています」という対外的な売り文句になる。社内の感染対策を緩めて、会議や休憩室、食堂などの利用人数を増やせる。営業の人が客先と飲食をともにすることも行いやすくなる。

政府は、そうした受け皿を設けて、中小企業に対して、その従業員全員がワクチン接種を受けられる仕組みを用意すればよい。その記録を持って、会社単位で「接種認証パスポート」に付与することもできる。

取り残される人をつくらない

こうした「見える化」は、ワクチン接種が様々な事情でできない人に対しても有効だ。例えば、妊婦の人などは、接種を控える傾向があるかもしれない。そうした事情がある人には、事情があって打てないパスポートを発行する。その人たちは、例外パスポートを見せて、例外的な扱いとしてサービスが受けられるようにする。例えば、そうした例外パスポートを妊婦が持っているとき、すでにワクチン接種を済ませた人の中に居られるようにすると、その人は感染リスクを減らせる。現在のように、ワクチンを受けていない集団の中で居ることは、潜在的な感染リスクにさらされることになるから、現在よりはずっと改善した状態になる。

「妊婦の人などを差別しないためにワクチン・パスポートを発行しない」という考え方から、「妊婦の人を安全な立場に帰るためにワクチン・パスポートを活用する」という発想の転換が必要だ。

なお、企業の中で、別のパスポートを持っている人が居るときは、「全員がワクチン接種を受けている」という認証が得られないという問題はどうするか。その場合、事情がある人に別のパスポートを与えて従業員全員の中に含めればよい。徹底して「見える化」することは、不利益な扱いを防ぐことにもなる。

団体の接種認証パスポートの意味

パスポートを発行する意味は、ワクチン接種をできるだけ多くの人に受けてもらうこともある。接種促進のインセンティブである。

これまで感染のクラスターが起きやすかったのは、病院・介護施設、学校、企業、飲食店などが挙げられる。そうした先が率先して、団体の接種済みの認証をとることをすれば、クラスターの防止にもなる。学校では、接種をしない児童も多く、教職員が感染するリスクにさらされる。学校が接種認証パスポートをとることは、学校がリスクにきちんと対応していることの証明にもなる。安心・安全を担保するワクチン接種の「見える化」になるという訳だ。

公的な色彩の強い団体ほど、接種認証をとるインセンティブは高いと考えられる。利用者の安心・安全をアピールする意味で、クラスター対策との一石二鳥の効果が見込める。

集団免疫はいつ可能か?

ワクチン接種が加速すると、何となく集団免疫もすぐに獲得されると思ってしまう。何となく、国民の6~9割が免疫獲得できれば、それ以上に感染の連鎖が止まって、ワクチン接種をしない人を含めて、感染リスクが低下すると考えてしまう。経済学で言う「外部効果」がワクチン接種には期待されるということだ。

しかし、ワクチンを自分が打たなくても、別の人が打てば自分も安全になると皆が考えるとき、この外部効果は早期に得られなくなってしまう。また、ワクチン接種への根深い不信感を持つ人も相当に多くいる。もしも、社会全体でワクチンを打つことに躊躇する雰囲気が広がると、接種率は伸び悩み、集団免疫の達成が先送りされる。

そして、接種をしていない人が一定割合で残っていることは、社会経済活動を正常化するタイミングも遅れるということになる。自治体の首長が、ワクチン接種がかなり進んだとしても、「まだ楽観しないでください」と呼びかけて、活動正常化を許そうとしない状況はありそうに思える。

私たちはそうした未来を事前に予想して、企業・団体単位で接種認証パスポートを発行・普及させることで、集団免疫により早く近づくことができるのではないだろうか。筆者は、ワクチン接種は自分がかからないためではなく、他人に極力うつさないためにも重要だと考えている。

熊野 英生

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

執筆者の最新レポート

関連記事

関連テーマ

Recommend

おすすめレポート