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誰一人取り残さない欧州グリーンディール

~公正な移行基金の稼働準備も整う~

田中 理

要旨

欧州復興基金に続き、気候中立社会への移行に伴う打撃が大きい国や地域を支援する公正な移行基金の稼働準備が整った。EUは気候変動の取り組みで世界をリードするが、域内には東欧諸国を中心に化石燃料や温室効果ガス集約産業への依存度が高い国や地域も少なくない。脱炭素化による打撃を軽減できるかどうかもまた、欧州グリーンディールの成功の鍵を握る。

2050年までに温室効果ガスの排出ゼロを目指すEUの閣僚理事会は、脱炭素化で影響を受ける地域の負担を軽減するプロジェクトに資金供給する「公正な移行基金(Just Transitions Funds:JTF)」を設立する規則を7日に採択した。フォン・デア・ライエン委員長が率いる欧州委員会が掲げる成長戦略「欧州グリーンディール」は気候中立への取り組みが人々の幸福と健康を向上させ、誰一人取り残されることのない公正で包摂的なものであることを目指している。EUは気候変動の取り組みで世界をリードするが、域内には東欧諸国を中心に化石燃料や温室効果ガス集約産業への依存度が高い加盟国や地域も少なくない。基金はそうした地域の社会・経済的な打撃を軽減する目的で設立され、気候中立社会への移行に関連した、①スタートアップ企業を含む中小企業向け支援や起業支援、②新たな就労機会に適合するための労働者の職業訓練や再教育、③研究やイノベーション、先進技術の実用化、低価格のグリーンエネルギーやエネルギー貯蔵システム、地域輸送網の脱炭素化、デジタル化、循環経済の促進、廃棄物抑制などに関連した投資などに資金を供給する。なお、原子力発電、天然ガスを含む化石燃料、たばこ生産は支援対象から除外される。

復興基金と同様に公正な移行基金の利用を希望する国は、気候中立移行に伴う打撃が大きい地域と産業を特定する公正な移行基金計画を策定し、欧州委員会に提出する。基金の規模は2018年価格表示で175億ユーロ(名目価格表示で193億ユーロ)で、このうち75億ユーロが2021~27年度のEU中期予算(多年度財政枠組み)から拠出され、残りの100億ユーロが2021~23年の間に欧州復興基金(次世代のEU)から拠出される(復興基金については7日付けレポート「始動する欧州のグリーン復興」を参照されたい)。加盟国は基金が資金供給するプロジェクトに追加で財政資金を投入することや、地域間の不均衡是正のための欧州地域開発基金や雇用支援に充てる欧州社会基金など、自国に割り当てられたEUの構造投資基金(補助金)の一部を振り向けることもできる。全体で300億ユーロ近くの投資拡大を見込む。国別の配分は、温室効果ガス集約的な地域の産業排出量、石炭や亜炭産業の就業者、泥炭やシェールオイルの生産量、経済発展段階に応じて決定される。GDP対比での配分割合が多いのは、ブルガリア(1.94%)、エストニア(1.19%)、ルーマニア(0.89%)、チェコ(0.70%)、ポーランド(0.67%)、ラトビア(0.59%)など、東欧やバルト諸国が多い(表)。EU全体ではGDP比で0.13%と金額はそれほど大きくないが、脱炭素化加速による経済・社会的な打撃をどのように緩和できるかは欧州グリーンディールの成功の鍵を握る。

(表)公正な移行基金の配合割合
(表)公正な移行基金の配合割合

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 欧州・米国経済

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