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始動する欧州のグリーン復興

~復興基金の稼働準備が整う~

田中 理

要旨

復興基金の原資となる債券発行に必要な関連規則の議会承認手続きが終わったことを受け、欧州 委員会は6月中に復興基金債の発行を開始する。一部の国の復興計画の提出が遅れているが、7 月以降、計画が承認された国に順次、初回資金の拠出が開始されよう。復興基金はEUの共通課 題である気候変動対策やデジタル化推進、各国固有の構造問題の解決に向けた財政資金を提供し、 経済変革を促す成長戦略と位置付けられる。ただ、改革実現には利害関係者間の意見調整に膨大 な時間と政治資源が必要となる。過去には未消化となるEU補助金も多く、復興基金の利用が計 画通りに進むとは限らない。

5月31日に全てのEU加盟国が関連規則の議会承認を終え、コロナ復興と気候変動対策推進の起爆剤とされる復興基金(次世代のEU)がいよいよ正式に稼働する。財政支援を巡る南北欧州間の意見対立を乗り越え、昨年7月の首脳会議で合意してから既に1年近くが経過するが、元々基金からの初回資金拠出は今年の半ば頃になると想定されていた。

基金の稼働に必要な手順は以下の通り。

1)基金の財政的な裏付けとなる2021~27年のEU多年度予算を成立する。 → EU予算の執行と法の支配を結びつける方針にハンガリーやポーランドが反発し、一時は予算成立が危ぶまれたが、昨年12月の欧州首脳会議で合意に漕ぎ着けた。

2)基金の利用を求める国が4月末を期限に復興計画(復興・強靭化計画)を提出する。 → 事前折衝で計画見直しを求められたり、国内調整に難航する国が多く、期限までに計画を提出できない国が続出した。欧州委員会は多少の遅れを許容するとしており、6月初旬の段階でオランダ、ブルガリア、エストニア、マルタを除く23ヶ国が計画を提出済み。

3)計画受領から2ヶ月以内に欧州委員会が精査し、承認の是非を欧州理事会に勧告する。欧州理事会は勧告から1ヶ月以内に特定多数決で承認の是非を決定する。 → 欧州委員会は順次審査を開始しているが、今のところ結果が公表された国はない。

4)基金の資金原資となる債券発行に必要な関連規則の議会承認を全てのEU加盟国が終える。 → 復興基金がドイツ基本法(憲法)に違反するとの訴えを受け、3月26日にドイツ憲法裁判所が法的判断を下すまでの間、関連規則の発効に必要な署名の差し止めを命じていたが、4月21日に違憲の申し立てを退ける予備的判断を下した。さらに、総選挙後の政権発足が遅れるオランダや連立パートナーが議会承認に反対したポーランドなどで議会承認が遅れたが、最終的に全加盟国が議会承認を終えた。

EU予算の独自財源を引き上げる関連規則の議会承認手続きが終了したことを受け、欧州委員会は6月中に復興基金の原資となる債券発行を開始する(図表1)。7月以降、計画が承認された国に順次、初回資金の拠出が開始されよう。欧州委員会は2026年までに総額8000億ユーロ程度の債券発行を計画しており、このうち30%を調達資金を環境改善効果のある事業に充てるグリーンボンドとする方針だ。EU債の発行年限は、3年、5年、7年、10年、15年、20年、25年、30年を予定する。6月にシンジケート団方式でのEU債発行を開始し、9月には入札方式でEU債と満期1年未満のEU短期証券の発行を開始する。各々1ヶ月に1回の発行を予定し、2021年中にEU債で800億ユーロ程度、EU短期証券で100億ユーロ程度を調達する。当初の発行計画は提出された復興・強靭化計画の資金需要に基づいて決められ、9月に年内の計画を見直す。

(図表1)欧州復興基金の資金の流れ
(図表1)欧州復興基金の資金の流れ

基金の規模は2018年価格表示で総額7500億ユーロで、名目表示では8069億ユーロに相当する。中核をなす復興・強靭化ファシリティ(RRF)に約9割の資金が振り向けられ、残りの約1割はコロナ復興に関連した地域間の不均衡是正、気候中立社会への移行で影響を受ける地域の負担軽減、農村・農林業支援、投資プロジェクト保証、研究開発、自然災害対策などのEUプログラムに拠出され、2021-27年のEU多年度予算を補完する(図表2)。RRFのうち3858億ユーロが返済が必要な融資として拠出され、RRFの残り3380億ユーロとその他のEUプログラムへの拠出額831億ユーロが返済不要の給付(補助金)として拠出される。給付金の利用可能額のうち当初の7割は、①人口、②1人当たりGDP(逆数)、③2015~19年平均の失業率に基づいて各国に割り当てられ、残りの3割は①と②に加えて、コロナ危機の間のGDPの落ち込みを考慮し、2022年に配分が見直される。融資部分の利用可能額は2019年の各国の総国民所得(GNI)の6.8%が上限。これは27ヶ国の総額で1兆ユーロ近くに相当するが、予め利用しない国がいることを想定し、全体の上限が3858億ユーロに設定されている。全体の融資枠に余裕がある場合、必要に応じて各国割当を超える利用が認められる場合もある。

(図表2)欧州復興基金(次世代のEU)の内訳
(図表2)欧州復興基金(次世代のEU)の内訳

現時点で確認可能な申請額は、給付金部分が総額3362億ユーロと利用可能額の満額に近かったのに対し、返済を前提とする融資部分は総額2554億ユーロと利用可能額の約3分の2にとどまる(図表3)。信用力が高い国は、基金からの融資に頼らなくとも、有利な条件で財政資金を調達することできる。信用力がそれほど高くなく、基金を利用する方が有利な国の間でも、欧州債務危機時の財政支援に対するネガティブなイメージもあり、融資部分への参加を躊躇する国が少なくない。全ての国が給付金の利用を申請したのに対し、融資を申請した国は10ヶ国にとどまり、満額利用を想定している国はイタリア、チェコ、ルーマニア、クロアチアだけだ。なお、融資部分は2023年12月末まで追加の利用申請ができ、今後の資金需要などで利用可否を判断するとしている国もいる。スペインは融資部分の上限の8割強を利用する方針だが、その具体的な使い道は2022年中に検討するとしている。融資限度額の約2割を申請したポルトガルは、必要に応じて利用額を積み増す方針だ。

GDP対比の基金の申請額が大きいのは、クロアチア(20.1%)、ギリシャ(18.8%)、スペイン(13.5%)、ルーマニア(13.4%)、イタリア(12.4%)、チェコ(10.5%)、ブルガリア(10.4%)、ポルトガル(9.4%)など、財政基盤の弱い南欧や東欧諸国に集中する(図表4)。ドイツ(0.8%)やフランス(1.8%)の申請規模は小さく、EU全体でも4.7%にとどまる。それでも、公的支出の増加により1年当たりで約0.8%の景気押し上げとなる。これに公的支出の増加による派生需要や構造改革による潜在成長率の引き上げなども期待できる。

(図表4)復興基金申請額の対名目GDP比率(%)
(図表4)復興基金申請額の対名目GDP比率(%)

EUは2050年までに温室効果ガスの排出ゼロを目指している。復興基金を通じて提供される財政資金の最低37%が気候変動対策に充てられ、欧州グリーンディールを資金面からサポートする。交通網や建物のエネルギー効率改善、電気自動車や水素利用の促進など、幅広い気候変動対策への利用が計画されている。復興基金は単なる不況対策ではなく、EUの共通課題である気候変動対策やデジタル化の推進、各国固有の構造問題の解決に向けた財政資金を提供することで、経済変革を促す成長戦略と位置付けられる。ただ、改革実現には利害関係者間の意見調整に膨大な時間と政治資源が必要となる。過去には未消化となるEU補助金も多く、復興基金の利用が計画通りに進むとは限らない。基金は気候変動対策の呼び水となる可能性を秘めているが、野心的な目標達成には今後も持続的な取り組みが不可欠だろう。

以上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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