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緊急事態解除後の課題

~まだ織り込まれていない各種リスク~

熊野 英生

要旨

3月21日をもって緊急事態宣言が終了する。筆者はそれを歓迎するが、いくつかの課題は残る。感染リスクの高いところに検査を拡大し、それが先々の感染防止に寄与するのか。ワクチン接種によって、過度に人々が楽観的になることがかえって感染拡大を引き起こすことなどが警戒される。政府が無為無策という批判は当たらないが、もう一方でしっかりとした防止策の点検が必要になる。

目次

いよいよ終了する緊急事態宣言

政府は3月21日に、1月8日から開始した緊急事態宣言を最後に残った1都3県でも解除する。この措置に対する国民的な不安は依然として高いが、筆者は過度に経済活動を制約する緊急事態宣言の解除は妥当な判断だと考える。

その一方で、解除後の課題としては、感染防止の意識が疎かになるのではないかという不安がある。おそらく、この点が国民的不安の中身だと思う。具体的に、今までの飲食店などを中心とした制限が段階的になくなって、夜間の飲食店利用が活発化したときに、再び飲食店を媒介にした感染拡大が増えるのではないかという警戒感である。最近の感染者数は、少し下げ止まりの傾向が強まって、現在の対応の限界を感じさせる(図表)。

今後、多くの自治体では、3月末までは飲食店の営業終了を9時にして、基本的に営業制限は継続する方針だ。政府・自治体は、仮に緊急事態宣言後の感染者数が増えそうになった場合、4月以降に何らかの制限を行うことがあると予想する。

それでも、緊急事態宣言がなくなると、これまで8時以降に手控えられてた街への夜間外出が増えるだろう。感染防止効果はかなり薄らぐことは否めない点だ。人々の消費活動に抑制的な心理作用を与える緊急事態宣言がなくなることは、感染防止にはマイナスであっても、経済的にはプラスである。4月以降に感染リスクが高まっていき、それが再び国民への不安感を与えることは避けがたい副作用だと筆者は理解する。経済活動と感染防止の両立はできないことだが、政府には極力そのバランスを取ることは行ってほしい。

4月以降に控えているのは、7月23日からの東京五輪である。それまでの約4か月間に、どこまで新たな制限を加えずに、経済活動を維持できるかが政府の課題だろう。

検査拡大の重要性

菅政権は、しばしば「無為無策」と揶揄される。これは本当だろうか。筆者は、緊急事態宣言の解除後も進められる政策の中にいくつか重要なものがあると考えている。特に重要なのは、PCR検査の拡大である。全国13都府県で、繁華街など感染リスクの高そうなエリアを対象に、不特定多数の人にPCR検査を実施し、感染拡大の予兆を発見しようというモニタリング検査を実施する。これは、すでに栃木県では2月中旬から、他県でも3月にかけて開始されていて、1日1万件を対象にするという方針である。

ほかには、介護施設など社会福祉施設への集中的なPCR検査の実施である。東京都は、有料老人ホームなど1,500ヶ所5万人を対象に3月末までに集中検査を実施することを決めている。必ずしも政府が「無為無策」というのは当たらない。確かに、遅ればせながらという印象はあるが、ようやく取り組んだことは評価すべきだ。

こうした対応は、以前から「攻めのPCR検査」、「社会的検査」として知られる手法である。感染拡大を封じるため、先手を打ってリスクの高い対象や、感染しては困る人々を対象に、そこに潜む感染者を洗い出そうという措置である。東京で有名なのは世田谷区の例である。世田谷区は、介護事業所・障害者施設を対象に、PCR検査を行って、感染者を洗い出している。世田谷区では、クラスターが発生した場所として、社会福祉施設等が35%、病院が30%としている(1月末まで)。実は、この社会福祉施設等には、公立保育施設、公立幼稚園も入っていて、35%のうち20%を占める。大学・高校・学生寮、市立保育園・私立幼稚園は49%を占める(社会福祉施設を除くと28%)。つまり、社会福祉施設と学校、病院の3つのカテゴリーを攻めのPCR検査で洗い出せば、クラスターの93%の対象を事前に確認することができる。世田谷区のクラスターの分布例は、全国の母集団とは多少の食い違いはあるとしても、傾向は同じだろう。

病院は、早い段階でワクチン接種が進むだろうから、高齢者施設と学校(含む学生寮)の2つのカテゴリーを社会的検査の対象に広げていくことが、新規感染者数を減らすために有益であることがわかる。4月以降、政府は定期的なPCR検査の対象を、学校などにも広げていくことが重要ということになる。

ワクチン効果の点検

日本経済の復活にとって、ワクチン効果は切り札である。興味深いのは、民間シンクタンクの経済予測も、ワクチン効果で上方修正されてきたことだ。日本経済研究センターのESPフォーキャスト調査では、2021年3月の2021年度見通しは前年比3.90%と前回2月(3.49%)から+0.41%ポイントも上方修正された。1月比では+0.59%ポイントである。過去1年間で、見通しが+0.41%ポイントも変化したことはない。これは、国内だけではなく、海外経済がワクチン効果によって改善したこともある(一部は米経済対策)。日本は、海外に比べてワクチン接種が一巡するタイミングは遅れることが心配されている。たとえそうだとしても、海外からの恩恵が製造業などを経由して日本経済にも及んでいくことは確実だろう。

しかし、ワクチン接種を巡ってはまだよく理解されていないリスクが潜んでいる可能性もある。経済予測はそれを十分に織り込んでいないとみる。その第一は、国内で接種が完全に進むまでに、経済が活発化して、感染者の増加を許してしまうことだ。ワクチン接種を受ける人が増えるほど、打っていない人も楽観的になる。社会的なムードが明るくなり、集団免疫が獲得される前に感染拡大を許す可能性だ。

また、副反応を恐れて、高齢者であっても接種を自主的にしない人は多く残るだろう。それは、集団免疫の獲得を遅らせる。おそらく、ワクチンを接種した人が、感染しにくくなり、その様子を見て恐る恐る自分も受けてみようと行動変容するのではないか。マスク着用について思い出してほしいのは、2020年3月頃から人々はマスクをし始めて、ほぼ全員がマスクをするようになったのは、秋くらいまでかかった。同様に、自分だけは打ちたくないと思う人は相当多く残るだろう。そうすると、集団免疫の獲得は遅れる。

さらに、ワクチンを打った人の楽観も怖い。厚生労働省のホームページには、ワクチンを接種しても感染する人がどのくらい予防できるかはわからないから、「マスクの着用をお願いする」と書かれている。また、ワクチン接種によって感染しないのではなく、「かかりにくくなったり、かかっても軽くて済む」という。仮に、ワクチン接種を受けた人が、無症状の感染者になってしまったとき、その人がマスクなしで街を大声を出して遊び回ると、それがワクチン接種後の感染拡大を招く可能性は否定できない。集団免疫が獲得されるという状態に至るまで、人々が楽観的になり、感染を拡大させて、結果的に経済活動を制約するリスクは残るのではないかと筆者は警戒している。

焦点の4~6月

緊急事態宣言解除後の経済は、4~6月がどうなるかが回復の試金石になるだろう。先のESPフォーキャスト調査では、3月の予測で、4~6月の景気リバウンドで実質GDP成長率の前期比は年率5.83%になると見込まれている。1~3月に同▲5.82%下落した部分をほぼ取り返すことを意味している。しかし、筆者はそれほどうまくいかないのではないかとみている。小規模の感染再拡大が起こって、緊急事態宣言の再々発令はしないとしても、自粛が求められたり、GoTo事業の再開が5月よりも先に延びる可能性があるからだ。

4月以降、政府の景気対策も手薄になって、支援に依存して生き延びている事業者が破綻し始めることも心配される。筆者は、外需の回復見通しには自信を持って良いと思うが、国内需要の脆弱さは財政面での延命措置が薄らぐほどに表面化するとみている。次なる成長戦略や民需の中期的な刺激策を検討することも、政府に課された重要な課題である。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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