ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

職場のウェルビーイングを考える②

~従業員エンゲージメントの観点から~

髙宮 咲妃

要旨
  • 近年、人的資本経営の重要性が高まってきている。人的資本経営は、従業員一人ひとりのスキルや能力、知識(人的資本)を最大限に活用し、その価値を高める経営手法である。その中心には従業員エンゲージメントの向上があり、これが高まることで、従業員の生産性、及び組織全体の業績も向上するとされており、国や企業が注目している概念である。
  • ただし「従業員エンゲージメント」は、その定義がビジネス界及びコンサルタントの間で曖昧になっており、具体的な向上施策が打ちにくいという課題がある。
  • 本レポートでは、各企業で活用されているエンゲージメントサーベイの項目から既に学術分野で研究蓄積のある「ワーク・エンゲージメント」と「組織コミットメント」の2要素を取り上げ、従業員エンゲージメント向上に資する要因を解説する。
  • ワーク・エンゲージメントを向上させるには、職務特性と労働者の心理状態の関係を理論化した「仕事の要求度-資源モデル」によると、仕事の資源と個人の資源が鍵となる。仕事の資源は、職場環境の整備や組織風土の改革等によって、個人の資源は目標達成力開発等の介入研修によって強化することが可能である。
  • また、これら2つの資源は相互に影響を及ぼしながらワーク・エンゲージメントを高めていくので、仕事の資源が豊富な環境で働けば、個人の資源も豊かになり、心理的資本が強化されるため、仕事に対する自信、困難な状況でも仕事に向き合う力を獲得できる。また、個人の資源が豊かな人は職場環境にも同僚や部下への支援等を能動的に働きかけるので、職場の仕事の資源も充実する。
  • 組織コミットメントを高めるには、まず「従業員が組織から支援されていると知覚していること=組織サポート知覚」が重要である。この組織サポート知覚を高める要素として①上司からの支援②手続き的公正性③組織内政治をなくすことが挙げられ、組織風土改革のために中長期的施策が求められる。
目次

1.人的資本経営の重要性の高まりと従業員エンゲージメントへの対応

近年、人的資本経営への注目が高まっている。経済産業省は、人的資本経営を「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義しており、人的資本は経営の根幹に位置づけられるべきものとして、その重要性を説いている。このように人的資本経営の重要性が高まってきた背景には、日本の労働力人口の減少と少子高齢化の進行、ダイバーシティ&インクルージョンの進展のほか、新型コロナウイルスの影響により多様な働き方が重視されるようになったこと等が挙げられる。明確な契機になったのは2020年9月に経済産業省が発表した「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会」の報告書(通称「人材版伊藤レポート」)において人的資本経営を実現するための指針が示されたことである。さらに2022年5月には同省より「人的資本経営の実現に向けた検討会」の報告書(通称「人材版伊藤レポート2.0」)が公表され、人的資本経営という変革をどう具体化し実践に移していくかを主眼とし、それに有用となるアイディアを提示している。

また、人的資本の情報開示等に向けた動きもある。2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは、人的資本の情報開示等が求められた。2022年8月には内閣官房が定期開催する非財務情報可視化研究会において「人的資本可視化指針」が策定され、人的資本に関する資本市場への情報開示の在り方に焦点を当てた手引きが作成された。また、上場会社には2023年3月期以降の事業年度にかかる有価証券報告書より人的資本に関する項目の開示が義務付けられた。「有価証券報告書」を発行する企業、約4,000社が開示の対象となり、同年6月末から企業の「人的資本開示」が本格的に始まっている。株式会社日本能率協会マネジメントセンター(2023)の調査によると、「人的資本経営を重視している」と回答した上場企業は約62.5%、非上場企業は37.2%と、非上場企業でも約4割の企業が重視しており、開示が義務化された上場企業のみならず非上場企業の関心の高さもうかがえる。

前述の「人的資本可視化指針」の中で、開示が推奨される項目(注1)として7分野19項目が示されている(資料1)。中でも注目されている指標が「従業員エンゲージメント」である。「人材版伊藤レポート」によると、人的資本経営は、従業員一人ひとりの「スキルや能力、知識(=人的資本)」を最大限に活用し、その価値を高める経営手法であるが、その中心には従業員エンゲージメントの向上があり、従業員エンゲージメントが高まることで、従業員の生産性、及び組織全体の業績も向上するとされている。

従業員エンゲージメントの定義は様々であるが、「人材版伊藤レポート」ではウイリス・タワーズワトソン社の定義が引用されており、「企業が目指す姿や方向性を、従業員が理解・共感し、その達成に向けて自発的に貢献しようという意識を持っていること」としている。Gallupの調査結果によると、従業員エンゲージメントが高い企業は、低い企業と比較して生産性が2.5倍高いことが示されている(Gallup, 2017)など、企業全体のパフォーマンス向上に寄与する指標として認知されつつあり、今後開示が進んでいく項目の1つだと考えられる。

このように「従業員エンゲージメント」は国や企業から注目されている概念ではあるものの、その定義がビジネス界及びコンサルタントの間で曖昧になっており、具体的な向上施策が打ちにくいという課題がある。そこで本レポートでは、学術的な視点から従業員エンゲージメント向上に資する要素について解説する。

資料1
資料1

2.従業員エンゲージメントを向上させるには

従業員エンゲージメント向上施策の一環として、自社の現状把握のために従業員エンゲージメントの測定を行っている企業が増えている。2023年1月に一般社団法人日本経済団体連合会が発表した「2022年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果」によると、回答企業374社のうち81.8%が自社で従業員エンゲージメントを測定している。導入しているエンゲージメントサーベイは各企業で異なるものの、測定されるエンゲージメントの要素には、大きく「ワーク(仕事)」へのエンゲージと「会社」へのエンゲージの2つの側面がある(資料2)。ワークへのエンゲージは学術分野で「ワーク・エンゲージメント」の名称で、「会社」へのエンゲージは「組織コミットメント」の名称で長く研究されている。

資料2
資料2

(1)ワーク・エンゲージメントを向上させるには

ワーク・エンゲージメントは、仕事に関連するポジディブで充実した心理状態として「仕事に誇りや、やりがいを感じている(熱意)」、「仕事に熱心に取り組んでいる(没頭)」、「仕事から活力を得ていきいきとしている(活力)」の3つが揃った状態であり、特定の対象、出来事、個人、行動などに向けられた「一時的な状態」ではなく、仕事に向けられた「持続的かつ全般的な感情と認知」として定義されている。厚生労働省は、「令和元年度労働経済の分析」において「働きがい」を客観的に捉える指標として「ワーク・エンゲージメント」を活用している。

従業員のワーク・エンゲージメント(≒働きがい)を向上させるにはどうしたらよいだろうか。そのメカニズムとして、Demerouti, Bakker, Nachreiner, & Schaufeli(2001)によって提唱された「仕事の要求度-資源モデル(以下、JD-Rモデル)」がある。JD-Rモデルとは、職務特性と労働者の心理状態の関係を理論化したモデルである。資料3のとおり、「仕事の資源」と「個人の資源」が相互に影響を及ぼしながらワーク・エンゲージメントを高め、仕事のパフォーマンスの向上や離職率の低下等のポジティブなアウトカムを生み出すことが明らかにされている(Xanthopoulou,D., Bakker, Demerouti, & Schaufeli, 2009)。

資料3
資料3

仕事の資源とは、仕事において、①ストレッサーやそれに起因する身体的・心理的コストを低減し、②目標の達成を促進し、③個人の成長や発達を促進する機能を有する、物理的・社会的・組織的要因(Schaufeli et al., 2002;Bakker et al., 2007;島津, 2010)とされている。具体的には、職場での良好な人間関係、上司や同僚からの支援、挑戦的な仕事、業績フィードバック、仕事の裁量等が挙げられ、これらは従業員の仕事での負担を軽減する。仕事の資源を高めるためには職場環境の整備や組織風土の改革等が必要となる。

一方、個人の資源とは、自分を取り巻く環境を上手くコントロールできる能力や肯定的な自己評価(Hobfoll et al., 2003;島津, 2010)である。具体的には、心理的資本(希望、楽観性、レジリエンス、自己効力感)等が挙げられる。心理的資本(注2)とは、個人の主体的行動を生み出す心理的エネルギーのことを指す。これは定量化及びコントロール可能であり、目標達成力開発等の介入研修によって従業員の心理的資本が強化されることが確認されている(村上, 2022)。

前述のとおり、この2つの資源は相互に影響を及ぼしながらワーク・エンゲージメントを高めることが明らかにされている。具体的には、仕事の資源が豊富な環境で働けば、個人の資源も豊かになり、心理的資本が強化されるため、仕事に対する自信、困難な状況でも仕事に向き合う力を獲得できる。また、個人の資源が豊かな人は職場環境にも同僚や部下への支援等を能動的に働きかけるので、職場の仕事の資源も充実する。

仕事の資源と個人の資源がワーク・エンゲージメントにポジティブな影響を与える関係性に対して、負の影響をもたらすのが仕事の要求度だ。仕事の要求度とは、従業員の適応能力を超えた場合、ストレス等を引き起こす可能性のある仕事の特性を指し、仕事のプレッシャーや役割の過重等が挙げられる(厚生労働省, 2009)。この仕事の要求度が高くなり過ぎると、バーンアウト(燃え尽き症候群)(注3)になりやすい(Bakker et al., 2005)。個人の資源(心理的資本)は、仕事の要求度と疲弊感の関係を相殺することはできない(Xanthopoulou et al.,2007)ものの、仕事の資源が豊富にある環境であれば、仕事の要求度の高さに関わらずワーク・エンゲージメントは高まることが明らかになっている(Bakker et al., 2007)。

意図的に本人の実力よりも困難でチャレンジングな仕事を任せることで成長を促す「ストレッチアサイメント」を実施する企業も多いが、仕事の資源を整えずにストレッチアサインメントを行うと、仕事の要求度だけが高まり、バーンアウトになってしまう可能性が高い。上司や同僚からのサポートがある状態で行う、業務フィードバックをしっかり行う等、仕事の資源が豊富にある状態でストレッチアサインメントを行うことで初めてワーク・エンゲージメント、ひいては従業員エンゲージメント向上が見込める。

(2)組織コミットメントを向上させるには

組織コミットメントとは、「ある特定の組織に対する個人の同一化および関与の強さ(Porter, 1974)」と定義されており、①情緒的コミットメント②存続的コミットメント③規範的コミットメントの3次元からなる集合概念として捉えることが多い(Allen&Meyer, 1990;髙橋, 1997)。情緒的コミットメントは、個人の組織に対する愛着や一体感の程度を示すもの(Meyer et al., 1993)であり、その組織に「いたい」と感じることから留まるものである。一方で、存続的コミットメントは 、組織を去るときに支払うコストや新しい組織へ転職する難しさに基づくもので、その組織に「いる必要がある」から留まるもの(Meyer & Allen, 1991)である。規範的コミットメントは、自分は組織に留まり、適応しなければならないという義務感・規範意識と定義されている(Allen & Meyer, 1990)。情動的コミットメントと規範的コミットメントの2つは高いパフォーマンスと関係する一方で、存続的コミットメントについては欠勤やストレス、葛藤と正の関係を示す等、高パフォーマンスとは無関係もしくは負の関係にあることが明らかにされている(Meyer et al., 1993, 2002)ことから、本レポートでは「会社」へのエンゲージとしての「組織コミットメント」を、存続的コミットメントを除いた「情動的コミットメント」及び「規範的コミットメント」として捉えて説明する。

組織コミットメント(情動的、規範的)を高めるには、まず「従業員が、「組織から支援されている」と知覚している」ことが重要となる。つまり、組織からの支援を従業員が感じれば感じるほど、その従業員は組織に対する好意を強め、組織のために貢献しようとさらなる努力をするようになる(Aselage & Eisenberger,2003; 佐藤, 2014)。学術的には「組織サポート知覚」という名称で研究されており、「従業員の貢献を組織がどの程度評価しているのか、従業員のwell-beingに対して組織がどの程度配慮しているのかに関して、従業員が抱く全般的な信念(Eisenberger & Stinglhamber, 2011)」と定義されている(注4)。この組織サポート知覚だけで組織コミットメントの分散の50.4%を説明する(注5)ことが明らかになっているほか、職務満足の分散の37.4%を説明できることがわかっている(Riggle, Edmondson & Hansen, 2009)。

重要なポイントは、組織の福利厚生やその他の支援制度などが手厚くても、従業員に「組織から支援されている」「自分たちのことをよく考えてくれている」と認識されなければ、組織コミットメントは向上しないということである。

組織サポート知覚を高める要素として、影響が大きなものとして3つ、①上司からの支援、②公正性(特に手続き的公正性:分配の結果が公正であるかどうかではなく、その意思決定に用いられる手続きが公正であるかどうか)、③組織内政治(-):政治色の強い組織環境でないか(パフォーマンスと報酬との関係が曖昧になっていないか等)が挙げられる。

①上司からの支援については、上司は組織の代弁者であるともいわれ、その上司が部下にきちんと支援をすることで、部下は「組織から支援されている」と知覚し、組織コミットメントの向上、ひいては従業員エンゲージメントの向上が見込まれる。②公正性の確保、③組織内政治をなくすこと、等は組織風土作りに関わってくるため、短期的施策だけではなく中長期的な施策が必要となる。組織コミットメント向上のプロセスを資料4に図示する。

資料4
資料4

3.まとめ

今回、従業員エンゲージメントを向上させるための視点として、ワーク・エンゲージメントと組織コミットメントを取り上げた。第1章に記載のとおり従業員エンゲージメントは国や企業を中心に注目されている概念ではあるが、その概念が曖昧になっており、具体的な向上施策が打ちにくいという課題があった。本レポートでは、ワーク・エンゲージメントと組織コミットメントの2つの視点から従業員エンゲージメント向上に資する要因を解説した。

個人へのアプローチとしては、ワーク・エンゲージメントでは「心理的資本を中心とした個人の資源の向上策」が、組織コミットメントでは「上司の支援」が鍵となる。組織のアプローチとしては、ワーク・エンゲージメントでは「仕事の資源の整備」等が、組織コミットメントでは「手続き的公正性」および「政治色の強い組織風土を無くすこと」が鍵となる。

以 上

【注釈】

  1. 開示推奨項目とは別に、必ず開示しなければならない法定項目は「人材育成方針」「社内環境整備方針」「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間賃金格差」の5項目である。

  2. 心理的資本は4つの要素から構成される。

    ①希望(Hope):自ら目標を設定し、それに対して行為主体性を持ち根気よく目標に向かう姿勢を持つこと。

    ②自己効力感(Efficacy):ある状況において特定の成果を生み出すために力を集結し、必要な一連の行動をとることができるという自信。

    ③レジリエンス(Resilience):問題や困難に悩まされても、成功するためにすぐ回復し、時には元の状態以上になること。

    ④楽観性(Optimism):現在や将来の成功に対して楽観的でポジティブな要因に結びつけること。

  3. バーンアウト(燃え尽き症候群)は、ワーク・エンゲージメントの対極に位置する状態を指す。

資料 ワーク・エンゲージメントと関連する概念の整理
資料 ワーク・エンゲージメントと関連する概念の整理

  1. 存続的コミットメントは組織サポート知覚と負の相関関係がある(O’Driscoll & Randall, 1999)。つまり、組織サポート知覚を高めれば高めるほど存続的コミットメントは低まる。

  2. 因子寄与率のこと。データ全体の分散のうち、その因子のよって説明される情報量の割合(分散説明率)を示す値である。組織サポート知覚は組織コミットメントの50.4%を説明できる、と読み替えることができる。

【参考文献】

“The measurement and antecedents of affective, continuance and normative commitment to organization”

  • Bakker, A. B., Demerouti, E., & Euwema, M. C. (2005)

“Job resources buffer the impact of job demands on burnout”

  • Bakker, A. B., Demerouti, E. (2007)

“The Job Demands Resources model: State of the art”

  • Demerouti, E., Bakker, A. B., Nachreiner, F., & Schaufeli, W. B. (2001) “The job demands-resources model of burnout”

  • Eisenberger, R. & Stinglhamber, F. (2011)

“Perceived organizational support: Fostering enthusiastic and productive employees”

  • Hobfoll, S.E., Johnson, R.J., Ennis, N. (2003)

“Resource loss, resource gain, and emotional outcomes among inner city women”

  • Meyer, J.P. & Allen, N. (1991)

“A three component conceptualization of organizational commitment”

  • Meyer, J. P., Allen, N. J., & Smith, C. A. (1993)

“A commitment to organizations and occupations: Extension and test of a three-component conceptualization”

  • Meyer, J. P., Stanley, D. J., Herscovitch, L., & Topolnysky, L. (2002) “Affective, continuance, and normative commitment to the organization: A meta-analysis of antecedents, correlates, and consequences”

  • O'Driscoll, M. P., & Randall, D. M. (1999)

“Perceived organizational support, satisfaction with rewards, and employee job involvement and organizational commitment”

  • Porter, L. W., Steers, R. M., Mowday, R. T., & Boulian, P. V. (1974)

“Organizational commitment, job satisfaction, and turnover among psychiatric technicians”

  • Riggle, R. J., Edmondson, D. R. & Hansen, J. D. (2009)

“A meta-analysis of the relationship between perceived organizational support and job outcomes: 20 years of research”

  • Schaufeli, W. B., Salanova, M., González-Romá, V., & Bakker, A. B. (2002)

“The measurement of engagement and burnout: A two sample confirmatory factor analytic approach”

  • Xanthopoulou, D., Bakker, A.B., Demerouti, E., et al. (2007)

“The Role of Personal Resources in the Job Demands-Resources Model”

  • Xanthopoulou, D., Bakker, A. B., Demerouti, E., & Schaufeli, W. B. (2009)

“Work engagement and financial returns: A diary study on the role of job and personal resources”

髙宮 咲妃


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