「共生社会」を考える

~障害者週間を機に~

水野 映子

目次

1.「共生社会」の認知度は半数弱

先月(2023年11月)の拙稿「『多文化共生』を考える」(注1)では、「多文化共生」という言葉の意味やあり方について論じた。これと同じ「共生」を含む言葉には「共生社会」もあり、障害者に関連する分野などでよく使われている。

内閣府の調査によると、「障害のある・なしにかかわらず、誰もが社会の一員としてお互いを尊重し、支え合って暮らすことを目指す『共生社会』という考え方」について、「知っている」と答えた人は半数弱(48.5%)だった(図表1)。「言葉だけは聞いたことがある」と答えた31.5%と合わせると8割になる。多くの人は「共生社会」という言葉を聞いたことがあるが、意味まで知っている人は半数弱であることがわかる。

本稿では、「国際障害者デー」(12月3日)、「障害者週間」(12月3~9日)を迎えるのを機に、「共生社会」について改めて考える。

図表1
図表1

2.「共生社会」とは?

「共生社会」という言葉は、文字通りにとらえれば、「障害の有無や年齢・性別・国籍の違いなど、さまざまな違いのある人々が、対等な立場で相互に尊重しあい、多様な形で参加・貢献できる社会」(注2)のように、障害の有無だけではない多様な特性に焦点があたっている。国籍の違いに主な焦点をあてた「多文化共生」に「社会」を付けた「多文化共生社会」も、字義的には共生社会に含まれる。

だが、実際に使われている共生社会という言葉は、冒頭で示した内閣府の調査の質問文のように、障害の有無に焦点があたっていることが多い。障害者に関連する法制度や政策でも、共生社会に関する記述が多くみられる。

2000年代以降、障害者に関連する日本の法制度等に大きな影響を与えたのは、「障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)」である。障害者権利条約は5年ほどの議論を経て国連総会で2006年に採択され、日本は2007年にこの条約に署名した。条約の締結(2014年)に先立ち、障害者に関連する国内法の整備等がおこなわれた。

その一環として2011年に「障害者基本法」が改正され、冒頭の「目的」(以下)に共生社会に関する記述が追加された。

この法律は、全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現するため、(中略)障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策を総合的かつ計画的に推進することを目的とする。
※促音「っ」は原文では「つ」

また、「障害者基本法」の理念にのっとり、「障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)」が2013年に制定、2016年に施行された。障害者差別解消法の「目的」(以下)にも、共生社会に関する記述がある。

この法律は、(中略)障害を理由とする差別の解消を推進し、もって全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを目的とする。

つまり、これらの法律において、共生社会とは「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会」であり、その実現を目指すことが目的になっているといえる。いうまでもないが、この「共生社会」が標榜される背景には、障害のある人が「分け隔てられる」ことや、その「人権」「人格」「個性」が「尊重」されないことが多いという現状がある。

なお、障害者差別解消法は、2021年5月に改正され、事業者による合理的配慮の提供が義務化されることとなった(注3)。これにより、2024年4月の施行後は、共生社会の実現に向けた一層の取り組みが事業者に求められることとなる。

3.「共生社会」の実現に向けて必要なこと ~「社会モデル」と「当事者参画」の視点~

では、上記の意味での共生社会の実現を目指すうえでは、どのようなことが必要なのだろうか。ここでは2点述べる。

第1は、「医学モデル」ではなく「社会モデル」にもとづくことである。医学モデル(「個人モデル」とも呼ぶ)においては、「障害」は個人の心身機能の障害によるものだと考える。これに対して社会モデルにおいては、「障害」は個人の心身機能の障害と社会的障壁との関係によって生じているものであり、その障壁を取り除くことが社会の責務だと考える。前述の条約や法律も、この社会モデルの考え方が基本となっている。

簡単な例をあげると、車いす使用者が段差のある建物に入れないという「障害」(困難・不自由さ)があるのは、車いす使用者の身体に障害があるためだと考えるのが医学モデル、その建物に段差があるためだと考えるのが社会モデルである。後者の考え方のもとでは、社会の側が、たとえば段差の除去、スロープの設置、段差を乗り越えるための人的サポート、段差のないルートに関する情報の提供などをおこなう責任がある。共生社会づくりを進めるうえでは、この社会モデルの視点で、物理的・制度的・人的な環境や情報・コミュニケーションの環境などを整えることが必要である。

第2に重要なのは、拙稿「『多文化共生』を考える」でも述べたが、国や自治体などだけでなく生活者自身も「共生」のあり方を考え、その実現に向けて取り組むことである。そのためには、特に障害のある人がその過程に参画できるようにすることが不可欠である。

障害のある人の間では「私たちのことを、私たち抜きに決めないで(Nothing About Us Without Us)」というスローガンが以前から使われている。この考え方のもと、前述の「障害者権利条約」を作成するための会合などでも、障害者団体の参加機会が設けられた(注4)。当事者抜きに当事者のことを決めない、という考え方は、日本において共生社会を目指すどの過程においても必要である。「共生社会」づくりとは、障害のある人・ない人がどのように「共生」したいか・すべきかをに考え、実現に向けて働し、誰もが生きやすい社会を創することだといえる。


【注釈】

  1. 水野映子「『多文化共生』を考える ~地域住民としての生活者の役割~」2023年11月
  2. 小学館「デジタル大辞泉」2023年11月9日更新版
  3. 「合理的配慮の提供」とは、障害者から社会的障壁を取り除くために何らかの対応を必要としているとの意思が伝えられた際に、負担が重すぎない範囲で対応すること。法改正に関する詳細は、以下などを参照。 内閣府ウェブサイト「障害を理由とする差別の解消の推進」
    (https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html)
    水野映子「障害者差別解消法の理念と国民の意識のずれ」2023年3月
  4. 外務省ウェブサイト「障害者の権利に関する条約」2023年2月7日
    (https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/index_shogaisha.html)
    内閣府「第1章第3節 『障害者権利条約』の批准」『平成26年版 障害者白書』2014年6月

水野 映子


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