障害者差別解消法の理念と国民の意識のずれ

~配慮しないことが差別になる場合も~

水野 映子

目次

1.障害者差別があると思う国民は9割

先月(2023年2月)、一般の国民を対象にした「障害者に関する世論調査」の結果が内閣府から公表された。この調査で「世の中には障害のある人に対して、障害を理由とする差別や偏見があると思うか」という質問に対し、「あると思う」(47.5%)、「ある程度はあると思う」(41.0%)と答えた割合は、合わせて9割近くにのぼった(図表1)。年代別にみると、「あると思う」と答えた割合は若い世代で特に高い。

図表1
図表1

また、「今から5年前と比べて、障害のある人に対する差別や偏見は改善されたと思うか」という質問に対し、改善されていないと思う(「ほとんど改善されていないと思う」または「あまり改善されていないと思う」)と答えた割合は、4割を超えた(図表2)。年代別にみると、若い世代で改善されていないと思うと答えた割合が高い。

社会には障害者に対する差別や偏見が根強くあり、改善もあまりされていないと思う人が、若い世代を中心に多いことがわかる。

図表2
図表2

2.障害者差別解消に向けた動き

①.法制度整備の流れ

このように、障害者差別の現状や改善状況に対して厳しい見方をする国民は少なくないが、差別をなくすための取り組みは、これまでさまざまな形で行われてきた。

国際的には、障害者に対する差別の禁止などについて定めた「障害者の権利に関する条約(略称:障害者権利条約)」が国連で2006年に採択され、2008年に発効した。日本は2007年にこの条約に署名して以降、締結に向けて国内法制度の整備を進めた。その一環として2013年に制定されたのが、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」、いわゆる「障害者差別解消法」である。その後、障害者権利条約は2014年に締結され、障害者差別解消法は2016年から施行された。

前述の調査で、今の世の中に障害者に対する差別・偏見があると思う人が上の世代で比較的少なかった一因は、差別を禁じるこれらの条約や法律などが整う前の時代に比べれば現在のほうがまだしも差別・偏見が少ない、と感じるからではないかと考えられる。

②.障害者差別解消法とは

障害者差別解消法は、「障害を理由とする差別の解消を推進し、もって全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを目的」とし、「障害を理由とする差別の解消の推進に寄与するよう努め」ることを「国民の責務」としている(括弧内はそれぞれ同法の第1・4条より引用)。また、障害者権利条約の趣旨をふまえ、「不当な差別的取扱い」の禁止と「合理的配慮の提供」が主な柱となっている(注1)。図表3には、「不当な差別的取扱い」および「合理的配慮の提供」の具体例をあげる。

この法律で禁止される「不当な差別的取扱い」とは、行政機関等(国・地方公共団体等)や事業者が、障害者に対して、正当な理由なく、障害を理由として差別することである。具体的には、障害を理由にサービスの提供を拒否することや、サービスの提供にあたって場所や時間帯などを制限すること、障害のない人には付けない条件を付けることなどが該当する。

一方、「合理的配慮の提供」とは、障害者から、社会の中にある障壁を取り除くために何らかの対応を必要としているとの意思が伝えられた際に、「過重な負担」のない(負担が重すぎない)範囲で対応することである。過重な負担については、具体的場面や状況に応じて総合的・客観的に判断すること、また過重な負担がある場合でも、障害者にその理由を説明し、別のやり方を提案することも含め、話し合い、理解を得るよう努めることが重要とされている。「先例がない」「特別扱いできない」「もし何かあったら」という理由だけで断ることはできない。

図表3
図表3

障害者差別解消法は、2016年の施行後、2021年5月に改正、6月に公布された。合理的配慮の提供は、改正前は行政機関等では義務、事業者では努力義務であったが、この改正によって事業者も義務化されることとなった(注2・3)。

この法律において「事業者」とは、「商業その他の事業を行う企業や団体、店舗であり、目的の営利・非営利、個人・法人の別を問わず、同じサービス等を反復継続する意思をもって行う者」とされ、「個人事業主やボランティア活動をするグループなど」も含まれる。つまり、組織の形態や規模などにかかわらず、何らかの事業を行う者は対象となっている。

3.周知されていない「差別」の意味

では、これらの条約や法律の存在や内容について、国民はどの程度知っているのだろうか。

図表4の通り、障害者権利条約については、「条約の内容も含めて知っている」と答えた人はわずか2.2%であった。「内容は知らないが、条約があることは知っている」と答えた22.5%と合わせても、24.7%に過ぎない。

また、障害者差別解消法については、2016年から施行され2021年に改正されたことを示したうえで、そのことを含めて知っているかどうかを質問している。これに対して、内容まで知っていると答えた人は5.7%(「法律の内容を、改正法の内容も含めて知っている」2.0%+「内容は知っているが、改正されたことは知らない」3.7%)、「内容は知らないが、法律があることは知っている」と答えた人は18.3%であり、合計しても24.0%にとどまる。

すなわち、障害者権利条約・障害者差別解消法のどちらについても、存在すら知らない人が4分の3近くを占め、内容まで知っている人はごく少数に限られている。

次に、これらの条約・法律の根幹の一つである、「合理的配慮の提供」にかかわる意識をみてみよう。前述のように、障害者に対して、たとえば窓口で筆談に対応する、高い棚にある商品を取るなどの配慮・工夫をしないことは、合理的配慮の提供をしないこと、すなわち差別に当たる場合がある。だが、約3分の1(33.3%)の人は、そうは思わないと答えている。また、差別に当たると思う人(64.7%)の中でも、明確にそう思っている人(「差別に当たる場合があると思う」と答えた人)は26.8%だけである。配慮・工夫をしないことが差別に当たるとは、必ずしも認識されていないようである。

図表4
図表4

「差別」というと一般には、明らかな悪意にもとづく差別や、「差別的取扱い」の例(前出の図表3)に示されているような差別がイメージされがちだ。だが、たとえ悪意がなくても、配慮や工夫を行わないことが差別になる場合もある。配慮や工夫を行えるのに行わない、行えるかどうか・行えないなら別の方法があるかどうかを十分検討しない、先例がない・特別扱いできないという理由で配慮や工夫の申し出を断る、などの対応をしないよう、広い意味での「事業」にかかわる全ての人が留意すべきだろう。

また、事業者等の立場ではなくても、差別の解消に努めることは、法律に示された「国民の責務」でもある。冒頭で述べたように、差別が世の中にあると思っている国民は9割近いが、“世の中”の一員である自らが知らないうちに差別する側になっていないかどうか、見直す必要があるのではないか。

【注釈】

  1. 障害者差別解消法については、以下のウェブページなどに、一般向けの解説が掲載されており、本稿での記述もこれらを参考にしている。
  • 内閣府「障害を理由とする差別の解消の推進」
    https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html
  • 「障害者の差別解消に向けた理解促進ポータルサイト」
    https://shougaisha-sabetukaishou.go.jp/
  1. 改正法は、公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日から施行される。なお、不当な差別的取扱いの禁止は、制定当初から行政機関等も事業者も義務。
  2. 雇用の分野に関しては、「障害者の雇用の促進等に関する法律」、いわゆる「障害者雇用促進法」が2013年に改正・2016年から施行され、障害を理由とする不当な差別的取扱いの禁止と合理的配慮の提供が義務付けられた。

水野 映子


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