触覚に情報を伝えるユニバーサルデザイン

~視覚障害者の生活を助ける工夫 新紙幣にも~

水野 映子

目次

1.紙幣の識別マーク ~新紙幣が今夏発行~

2004年以来20年ぶりに新しい紙幣(日本銀行券)が発行される。財務省と日本銀行は、その発行期日を今年(2024年)7月3日とすることを、昨年末に発表した(注1)。

紙幣には以前から、視覚に障害のある人などが券種(一万円札・五千円札・千円札)を指で触って識別するためのマーク(識別マーク:図表1の青枠)がつけられている。現行の紙幣では券種によって識別マークの形が異なっているが、新しい紙幣ではよりわかりやすい形(11本の斜線)に統一され、券種ごとにその位置が変えられる(たとえば一万円札では表面の左右中央に配置される)とのことである(注2)。

図表1 現行の紙幣(左)・新紙幣(右)の識別マークの形状と配置(一万円札の場合)
図表1 現行の紙幣(左)・新紙幣(右)の識別マークの形状と配置(一万円札の場合)

キャッシュレス化が近年急速に進んでいるが、現代においても現金のやり取りは社会生活を送るうえで重要な行為のひとつである。新しい紙幣の登場によって、視覚に障害のある人などがより暮らしやすくなることが期待される。

触覚で情報を伝えるための工夫は、紙幣以外の身近なものにも多数存在している。以下ではその事例を紹介する。

2.容器・電化製品の触覚記号 ~牛乳・お酒はどれ?~

日用品の代表的な事例のひとつは、拙稿「進化するユニバーサルデザイン」(注3)でも紹介したシャンプー容器である。日本で製造されているシャンプー容器の多くには、コンディショナー(リンス)容器と識別できるよう、ギザギザ状の刻みがつけられている。この刻みが実用化されたのは1990年代だが、その後、ボディソープ容器や詰め替えパウチ容器が普及したことに伴い、それぞれの容器に触ってわかる印が新たに加えられるなど、時代に応じた進化も遂げている。

次に飲料容器の事例を2つあげる。牛乳パックの上部には、図表2のような半円状の切欠き(くぼみ)がある。この目的は、牛乳パックとそれ以外の飲料パックを識別できるようにすることにある。また、パックの開け口とは反対側に切欠きを入れることで、どちら側が開け口かもわかるようになっている。この切欠きも20年以上前からあるが(注4)、今でもその存在に気づいていない人や、存在には気づいていても意味を知らなかった人はいるだろう。

図表2 牛乳パックの切欠き
図表2 牛乳パックの切欠き

また、ビールや酎ハイなど酒類の缶飲料の上部には「おさけ」という点字が刻印されている。たとえ点字が読めなくても、酒類の缶飲料に点字があることを知っていれば、点字の有無で酒類かどうかを識別でき、誤飲を防ぐことができる。

その他、電化製品にも凸点・凸バー(凸状の点・線)などの触覚記号がある。比較的よく知られているのは、パソコンのキーボードのテンキー・電卓・固定電話の5の位置にある凸点や凸バーだ。それ以外には、たとえば機能を開始する操作部(ボタンなど)の凸点、停止する操作部の凸バーなどもある。電化製品などのどの部分にどのような触覚記号をつけるかというルールは、牛乳パックのくぼみと同様、JIS(日本産業規格)で定められている(注5)。

以上は、主に視覚に障害のある人のために考案されたものだが、視覚に障害のない人でも、製品を見ないで、あるいは暗い場所で識別や操作を行うとき(たとえば目を閉じて洗髪するとき、テンキーを注視せずに数字を入力するとき、消灯後にリモコンを操作するときなど)の手がかりになる。また、牛乳と加工乳・低脂肪乳・乳飲料、ビールとノンアルコールビールなど、見た目が似ている容器を識別する際にも、それぞれ紙パックのくぼみや缶の点字の有無で判断することができる。視覚に障害のない人も、これらの存在を覚えておいて損はないだろう。存在に今まで気づいていなかった人は、自宅や売り場などで確認してみてほしい。

3.公共空間における触覚情報 ~適切な管理・使用を~

家庭内で使う製品だけでなく、公共の設備・施設にも、触覚で情報を伝える工夫・配慮の事例はある。たとえば、エレベータなどの操作ボタンには点字がついていたり、ボタンそのものが浮き出ていたりすることがある。また、目で見る地図の代わりに手で触る地図(触知図、触知案内図)が、施設の入口などに設置されていることもある。地面・床面に敷かれている黄色い点字ブロック(視覚障害者誘導用ブロック)は、白い杖を持つ手とともに足の触覚にも情報を伝えている。

これらは視覚に障害のある人にとって大切なものだが、管理や使用の方法が良くないと、使えない・使いにくい状況になる。たとえば、点字ブロックの上に置かれた自転車・バイクなどの障害物は、視覚障害者の歩行を妨げるばかりか、危険をもたらす原因にもなる。また、点字ブロックや点字表示がはがれていることもある。触知図にほこりがかぶっていると、それに触れた人の手が汚れる。

公共の設備・施設を管理する側の人や、使う側の生活者は、これらの事例のようなものの重要性を認識し、適切に扱ってほしい。真のユニバーサルデザインは、使いやすい製品や設備・施設がつくられるだけではなく、その使いやすさが維持・改善され、より多くの人に役立ってこそ実現するのである。


【注釈】

  1. 出典は以下。
    財務省 報道発表資料「新様式の日本銀行券の発行について」2023年12月12日
    (https://www.mof.go.jp/policy/currency/bill/231212.html)
    日本銀行 報道発表資料「新しい日本銀行券の発行期日について」2023年12月12日
    (https://www.boj.or.jp/note_tfjgs/note/related/note231212a.htm)

  2. 以下を参照。
    日本銀行 ウェブサイト
    「新しい日本銀行券の特徴」>「ユニバーサルデザイン ~どなたにでも分かりやすく~」
    (https://www.boj.or.jp/note_tfjgs/note/n_note/data/n_note02.pdf)
    国立印刷局 ウェブサイト
    「新しい日本銀行券特設サイト」>「新しい一万円札について」>「ユニバーサルデザイン」
    (https://www.npb.go.jp/ja/n_banknote/design10/)

  3. 水野映子「進化するユニバーサルデザイン ~シャンプー容器の『ギザギザ』を例に~」2022年12月

  4. 以下によると、2001年から「切欠き」がつけられるようになった。
    (一社)Jミルク ウェブサイト「牛乳パックの切欠き」
    (https://www.j-milk.jp/knowledge/products/8d863s000007z1wa.html)

  5. JIS S 0011:2013「高齢者・障害者配慮設計指針-消費生活用製品における凸点及び凸バー」

水野 映子


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