ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

ハイブリットワークの可能性

~普及に向けた課題、地方分散への効果~

稲垣 円

目次

1. 人の移動傾向は元通り

今年1月末に総務省統計局から発表された「住民基本台帳人口移動報告2022年(令和4年)結果」によると、コロナ禍で減少していた東京圏の転入超過数(転入数が転出数を上回る、移動による人口の純増)が3年ぶりに増加した(図表1)。最も拡大したのは東京都となっている(2021年度との差は3万2,590人)。昨年の同じ時期には「東京一極集中の鈍化」と話題になったが、東京に向かう人の移動は、コロナ以前には及ばないものの、元の傾向に戻ってきている。

図表1
図表1

2. 「東京一極集中」は今に始まったことではない

新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、外出自粛の要請が一定期間、数度行われたことにより、人びとの移動に関心が集まるようになった。しかし、「東京一極集中」(もしくは東京圏への人の集中)は今に始まったことではない。戦後、特に高度成長期にかけて、若年層を中心とした地方から都市圏への大きな人口移動が続く中で、東京圏の人口も増加し続けた。東京圏への転入超過は1980年頃にかけて一旦沈静化したが、バブル期(1986年~1991年)に再び拡大、その後、一時的に転出超過となった時期はあるものの、2000年代以降も流入は増加している。2008年に日本の総人口は減少に転じたが、東京圏の人口増加は続き、2019年には総人口の3割近くにあたる約3,700万人となっている(図表2)。

図表2
図表2

東京圏への転入超過数は、男女ともに20~24歳の年齢階層で特に多く、その理由として就職を契機とした転入が挙げられる。東京圏とその他地域の有効求人倍率の格差は縮小傾向にあるものの、東京圏は他の地域に比べて専門的・技術的職業の労働需要が強いといった特徴があることから、労働需要の偏在が、東京圏への人口移動を促進している可能性があるとされている。

3. コロナ禍と地方分散

筆者は、過去のレポートにおいて(注1、注2、注3)、コロナ禍を契機とした働き方の変化が地方分散にどのような影響をもたらすか(または、もたらさないか)について考察している。新型コロナウイルス感染拡大から1年が経とうする2021年1月に実施した調査からは、テレワーク経験者で引っ越し(移住)のポテンシャルが高いという傾向が見出された(注1)。しかし時が経つにつれ、テレワーク実施率は低下し、再びオフィスで働くことが当たり前の日常に戻っている様子が確認された(注2)。加えて、直近の2022年9月調査では、テレワーク経験者の引っ越し(移住)への関心は他の属性に比べて高い傾向にあるものの、東京圏在住者に限ると「現在の生活環境で満足している」と回答する割合が高かった(注3)。

強制的なケースが多かったとはいえ、コロナ禍を機に多くの人がテレワークを経験し、オフィス以外の場所で仕事ができることや、今の仕事を続けながら他の地域に住まうといった、地方への眼差しが変化するのではないかと期待された。しかし結局のところ、そのような期待に反するように、テレワークを経験したからこそ、出社することを前提とした程よい距離で、日常生活に不自由なく仕事と暮らしを両立できる東京圏が生活拠点として選ばれる結果となっている。

4. 「ハイブリットワーク」の可能性

では、今後も働くにも暮らすにも利便性の高い東京圏が選ばれ、地方への関心が薄れていくばかりなのか、というとそうとも限らない。

コロナ禍でオフィス空間の見直しや出社して働くこととテレワークの両方の価値を生かした「ハイブリットワーク」が、日本の働き方の一つとなりつつある(注3)。2023年1月に実施された日本生産性本部の調査(注4)によると、テレワーカーの週当たり出勤日数は、3日以上が2022年10月調査の52.9%から 50.3%に微減した一方、0日が18.0%から25.4%へと増加した(図表3)。また、自宅での勤務の満足度は、79.7%から87.4%に増加している(図表4、「満足している」「どちらかと言えば満足している」合計)。またこの層は、今後もテレワーク継続を希望している(図表省略、「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」合計76.7%→84.9%)。

企業側が進めるオフィス環境や働き方の見直しは、コロナ以前の出社が当たり前であった状況に戻そうとするものではなく、コロナ禍を経て従業員同士のリアルなコミュニケーションの価値が評価され「出社でしかできない業務」と「テレワークで行う業務」を取捨選択しながら生産性を上げる(またはこれまでと同等に維持する)働き方の推進を目指した動きといえる。

今後も従業員の主体性に基づく働き方や生産性の向上を推進するならば、職場環境というハード面の整備のみならず、ライフスタイルに合わせた働き方や休暇を選択しやすくする出社率調整や出社日数抑制などの制度整備を進め、それを従業員に明示していく取組みも必要であろう。こうした動きが、地方への関心や人の流れを生み出していくのではないだろうか。

図表3
図表3

図表4
図表4

5. 「他の地域に行ってまで、なぜ仕事をするのか」を明確にする

テレワークの普及によって、新たな旅のスタイルとして注目が集まったのが「ワーケーション」である。こうした働き方は地方との接点を作る策として期待されてきたが。しかし、国土交通省 観光庁の調査結果「『新たな旅のスタイル』に関する実態調査報告書」(2022年3月)をみると、その課題として「業種としてワーケーションが向いていない」、「『ワーク』と『休暇』の区切りが難しい」「適用できる部署が限定的になるため、社内で不公平感が生じる」等が挙がっている。2021年度調査と比較すると、後者2つの割合は低下しており、人びとの意識には変化の兆しが見える。一方で、ワーケーションに興味がない理由として、「休暇中や旅行中に仕事をしたくない」「経費と自分で負担する費用の区別が難しい」「作業効率の低下」などが指摘されている。

そもそも業種として向いていない場合はやむを得ないものの、相反する「仕事」と「休暇」を近接させることに抵抗があるならば、まずは「仕事」をするための時間であること、その上で、あえて他の地域に行ってまで仕事をする理由を明確にすることが必要かもしれない。

ヒントになりそうな事業として、「子どものため」のワーケーションを挙げる(注5)。これは、親は地域のテレワーク施設や宿泊先で仕事をして、子どもは地元の保育園や小学校、または特別に用意されたプログラムに参加し、さまざまな体験をしながら過ごす、というものだ。「日中働く」という普段の生活スタイルを維持しながら、都会では味わえないであろう環境での暮らしを家族で体験することができる点でユニークな取り組みだ。いくつかの取り組みを見てみると、期間も数日から数週間程度の幅がある。たとえ短期間であっても、子ども同士は仲良くなるだろうから、子どもを通じて親も地域との関わりが深まることは想像に難くない。こうした事業への参加をきっかけに、濃密な経験を通じて地域の人間関係が作られていけば、繰り返しその地域を訪れる動機(関係人口の創出)にもなる。

家族という「ユニット」で各地に移動するハードルが下がれば、地方自治体にとってもメリットがある。子育て世代がその地域の施設や教育環境に直接触れ、また住民と関わることになるため、リアルな「暮らし」をイメージしてもらうには絶好の機会となる。つまり、移住定住施策としてもマッチしているのだ。加えて、こうした受け皿を整備しておくことは、それに付随した地域の既存サービスの見直しや新たなサービスの創出につながるなど、質の向上を目指すきっかけにもなるだろう。

6.ハイブリットワークが認知され、気軽にできることの意義

ハイブリットワークは、自身の業務について「リアルでなければできない仕事」と「テレワークの方が効率的に進められる仕事」とを取捨選択しながら、生産性を上げていくことが前提となる。その意義は、多様な働き方の推進というだけでなく、働き手が「何のために在宅/オフィスで働くのか」を明確にし、自律的に働くことができるようになることにある。こうした働き手が増えていくには、従業員自身が業務や休暇をコントロールしやすい環境を企業が整えていく必要がある。

筆者は過去のレポート(注3)において、企業の制度やルールが従業員の働き方や居住地を左右することを述べたが、たとえ制度があっても「上司や同僚が出社している」から、私も出社しなければならない、休暇を取得しにくい、という雰囲気があるうちはそれも難しい。制度が機能する社内環境づくりも重要であろう。

地方分散という視点からみても、ハイブリットワークの価値が認知され、気軽に選択できるようになることは、旅行ではない方法で、人びとが自発的に各地とのつながりを深め、働き手やその家族の拠り所が増えることを意味する。理想的なことを言えば、それが将来的な定住先になる可能性を秘めているし、関係者が互いにスキルや知見を持ちよりながら刺激し合うことにより、経済的に地域が活性化していくことも期待できる。一つひとつは大きな規模ではないが、こうした積み重ね、継続的な人と人の関係づくりが地域の持続性に寄与することは言うまでもない。

【注釈】

  1. 稲垣円「テレワークの普及は、地方分散の鍵となるか」」2021年7月
  2. 稲垣円「なぜ、人はオフィスに戻るのか~オフィスワーク回帰と地方分散の行方~」」2022年2月
  3. 稲垣円「コロナでは地方分散は進まない、と思う理由~テレワークは、良くも悪くも働くことへの自覚を促した~」」2022年10月
  4. 日本生産性本部「第12回働く人の意識調査」(2023年1月10日~11日実施、n=1100、インターネット調査)。テレワークを一般に「自宅での勤務」「サテライトオフィス、テレワークセンター等の特定の施設での勤務」「モバイルワーク(特定の施設ではなく、カフェ、公園など、一般的な場所を利用した勤務)」を総称して「テレワーク」と定義。テレワーカーとは、先のいずれかのテレワーク実施者を指し、棒グラフのnは各回の回答者の内のテレワーク実施者数を示している。
  5. たとえば、以下のような事業が挙げられる。もちろん、単なる子どもの預かり先としての地域ではなく、親も能動的に関わることが前提である。いまだ途上の領域ではあるが、子どもを伴う移動は容易ではない点も考慮しながら試行錯誤されている。事業は、継続的に提供しているパターンや単発のものまで、他にもさまざまなものが存在する。
  • 親子ワーケーション<https://oyakodeworkation.com/>(2023年4月7日アクセス)
  • 保育園留学 <https://hoikuen-ryugaku.com/>(2023年4月7日アクセス)
  • 日本海シーサイドテレワーク「あえて、糸川」糸魚川市産業部商工観光課<https://aete-itoigawa.com/>(2023年4月7日アクセス)
  • プレスリリース「保育園・小学校で子どもを受け入れ!親子ワーケーションを実施」株式会社ガイアックス(2023年1月)
    <https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000519.000003955.html>(2023年4月7日アクセス)

【参考資料】

  • 稲垣円「テレワークは、地方分散の鍵となるか」2021年7月
  • 稲垣円「なぜ、人はオフィスに戻るのか~オフィスワーク回帰と地方分散の行方~」2022年2月
  • 稲垣円「コロナでは地方分散は進まない、と思う理由~テレワークは、良くも悪くも働くことへの自覚を促した~」2022年10月
  • 国土交通省 観光庁「『新たな旅のスタイル』に関する実態調査報告書」2021年3月
  • 総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」年報 2019年結果、2020年結果、2021年結果2022年結果(2023年4月5日アクセス)
  • 内閣府政策統括官「地域の経済2020-2021-地方への新たな人の流れの創出に向けて-」第1章,2021年9月

稲垣 円


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