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逆内外価格差を考える(後編)

~30年前と比べて安いニッポン~

今泉 典彦

要旨
  • 前編では、30年近く前に盛んに行われていた内外価格差の議論を振り返り、失われた30年といわれる1990年からの日本経済の低成長・低賃金・低物価をみてきた。本編では近年の内外価格差が逆転した、いわば逆内外価格差の現状について考察してみたい。
  • 2023年1月16日時点のビッグマックの価格は450円、米国では6.59ドル。これを等しくさせる為替レートが購買力平価であるため、6.59ドル=450円、1ドル=68.29円がビッグマックに関する購買力平価となる。従って、内外価格差は2023年1月16日時点の実際の為替レートでみると、68.29÷127.97=0.534倍となり、米国に比べて日本のビッグマックは約半分の価格であるといえる。
  • 海外に展開している大手ラーメンチェーンの豚骨ラーメンの価格は日本では、消費税込みで820円である。これに対してアメリカ・ニューヨークでの価格は19ドル、円換算で2632円、チップ等を含めると3000円程度と、日本の約3.7倍となる「豪華な」メニューとなっている。
  • 世界主要都市の平均宿泊代をみても2022年12月月間平均価格で、パリは平均で213ドル、ロンドンは218ドル、ニューヨークに至っては393ドルとなる。ニューヨークの価格を円換算すると約5.3万円に達する。一方、日本のホテル代は、東京で18744円、大阪で17935円、京都でも15643円である。数万軒のホテルの平均値でみてニューヨークの価格は東京の約2.8倍の水準にある。
  • 2022年10月時点の主要都市のマンション/高級住宅(ハイエンドクラス)の価格水準を東京と比較すると、香港は約2.5倍、ロンドンが1.9倍、台北、上海が1.6倍。東京(港区元麻布)の一等地のハイエンドクラスのマンション価格も海外と比較して安い地域になってきている。
  • 日本の生産年齢人口は1995年をピークに減少を続けており、超高齢社会が急速に進行している。労働供給が減少していく中で、外国人は貴重な労働力である。しかし、賃金の上がらない、低成長の日本に対しては昨今の円安によるドルベース賃金の押し下げも加わり、特に有能な外国人材は日本を一層敬遠するようになるだろう。従来の日本の外国人労働者問題は、彼らにどこまで門戸を開くかといった「入れてあげる」議論が長らく続いてきたが、これからは彼らにどう「来てもらう」かという議論になってこよう。
  • 人口減少が急速に進行していくなか、何より成長戦略の重要性が高まる。これまでわが国では、多くの政権から数々の成長戦略が打ち出されてきたが、いまだ名目成長率3%、実質で2%の持続的成長という目標は達成されていない。これからは、成長戦略の中でも生産性の向上につながるリスキリングなどの人への投資と、労働移動がしやすい環境整備が重要となってくるだろう。
目次

1.はじめに

前編では、30年近く前に盛んに行われていた内外価格差の議論を振り返り、失われた30年といわれる1990年からの日本経済の低成長・低賃金・低物価をみてきた。本後編では近年の内外価格差が逆転した、いわば逆内外価格差の現状について考察してみたい。

2.現在の「安いニッポン」 ~逆内外価格差の状況

ここからは、具体的な商品・サービスにおける「逆内外価格差」の状況をみてみる。

1.ビッグマック

前編で述べたビッグマックの例でみる。ビッグマックは世界中で販売されていてその品質もほとんど変わらないと考えられるため、2023年1月16日時点の価格である日本の450円と米国の6.59ドルを等しくさせる為替レートがビッグマックに関する購買力平価となる。すなわち、6.59ドル=450円のため、1ドル=68.29円がビッグマックに関する購買力平価となる。従って、内外価格差は「購買力平価÷実際の為替レート」なので、2023年1月16日時点の実際の為替レートでみると、68.29÷127.97=0.534倍となり、米国に比べて日本のビッグマックは約半分の価格であるといえる。

2.ラーメン

ホームページその他情報サイトによれば、海外に展開している大手ラーメンチェーンの代表的な豚骨ラーメンの価格は日本では消費税込みで820円である。これに対して米国・ニューヨークでの価格は19ドル、価格を調べた2022年11月末の為替レート(138.53円)で換算して2632円、チップ等を含めると3000円程度と、日本の約3.7倍の「豪華な」メニューとなっている。米国は年々、着実に物価が上がっているのに対して、日本の物価は、昨年より原料費、運賃などの高騰により幅広い分野・品目で値上げが行われているが、長期的にみると海外に比べて上昇の程度は少ない。

3.ホテル宿泊代

資料1はホテル等宿泊代の比較サイトであるトリバゴの調べによる世界主要都市の平均宿泊代である。2022年12月月間平均で、パリは54692軒の平均で213ドル、ロンドンは76910軒の平均で218ドル、ニューヨークに至っては20436軒のホテルの平均で393ドルとなる。ニューヨークの価格を2022年12月月中平均の為替レート(134.85円)で換算すると約5.3万円に達する。一方、日本のホテル代は、東京で27615軒の平均で18744円、大阪で28038軒の平均で17935円、京都でも13781軒の平均で15643円である。数万軒のホテルの平均値でみてニューヨークの価格は東京の約2.8倍の水準にある。

図表1
図表1

4.マンション/高級住宅

資料2は2022年10月時点の主要都市のマンション/高級住宅(ハイエンドクラス)の価格水準を比較したものである。東京の水準を100とした場合、香港は約2.5倍、ロンドンが1.9倍、台北、上海が1.6倍と、東京(港区元麻布)の一等地のハイエンドクラスのマンション価格も海外に比較して安い地域になってきている。30年前は世界有数の高い水準であった東京の住宅価格、住宅の賃料、オフィス価格もトップクラスではなくなっている。安くなったニッポンに外国資本が流入している背景でもある。

図表2
図表2

3.おわりに  ~成長戦略、特に人への投資と労働移動のしやすい環境整備が重要

これまで前編では、30年近く前に盛んに行われていた内外価格差の議論を振り返り、失われた30年といわれる1990年からの日本経済の低成長・低賃金・低物価の状況をみた。本後編では近年の内外価格差が逆転した、いわば逆内外価格差の現状についてみてきた。

既述のとおり、日本の生産年齢人口は1995年をピークに減少を続けており、超高齢社会が急速に進行している。労働供給が減少していく中で、外国人は貴重な労働力である。しかし、賃金の上がらない、低成長の日本に対しては昨今の円安によるドルベース賃金の押し下げも加わり、特に有能な外国人材は日本を一層敬遠するようになるだろう。従来の日本の外国人労働者問題は、彼らにどこまで門戸を開くかといった「入れてあげる」議論が長らく続いてきたが、これからは彼らにどう「来てもらう」かという議論になってこよう。また、日本の有能な人材が高い報酬を求めて海外に流出する事態も起きている。持続的に賃金の上がらない低成長の日本が問題なのである。

人口減少が急速に進行していくなか、何より成長戦略の重要性が高まる。これまでわが国では、多くの政権から数々の成長戦略が打ち出されてきたが、いまだ名目成長率3%、実質で2%の持続的成長という目標は達成されていない。そうしたなか今後は、成長戦略の中でも生産性の向上につながるリスキリングなどの人への投資と、労働移動がしやすい環境整備が重要となってくるだろう。必要に応じてリスキリングすることができ、成長産業・企業に労働移動することが生産性・付加価値の向上につながり、賃上げにもつながるというような好循環ができれば、自ずと経済成長にもつながろう。スウェーデンなどにみられるような手厚い職業訓練や就業支援により、一度仕事を失ったり起業に失敗しても再チャレンジがしやすいトランポリン型経済社会が成長を実現できる一つの未来の姿かもしれない。

以 上

今泉 典彦


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。