ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

「シェアハウス」で子どもを育てるという選択

~選択の背景にある現代の日本の育児課題~

福澤 涼子

目次

1.日本の孤立した育児環境

「ワンオペ育児」「孤育て」といった育児に関するネガティブなキーワードが日常生活に溶け込むほどに、日本の孤立した育児環境が課題となっている。その背景には、3世代同居が減っていることに加え、近隣同士の付き合いの多くが挨拶を交わす程度の必要最低限に留まり(注1)、育児支援を期待出来る関係ではないことが大きい。さらに、直近は新型コロナウイルス感染症拡大によって、親と子のネットワークを広げる機会となっていたイベントや居場所が多数中止・閉鎖となっていた。

孤立した育児環境は、育児の負担を増幅させていく。日本の男性は諸外国と比較しても労働時間が長いことはよく指摘されているが、その代わり妻は育児と家事を同時並行で担わなければならない(注2)。そもそも育児中は、移動に制限が出て友人や職場の人間と気軽に会う機会も減り疎外感を感じるうえ、自宅で母子2人きりの状態が長くなれば孤独感も強くなる。その程度によっては、抑うつや子どもの虐待につながるとされる(注3)。

こうした日本の育児課題に対して、近年、他者との共同生活(シェアハウス)で子育てをするケースが注目を集めている。果たして、子育て期にシェアハウスで生活することは、育児課題の軽減へとつながっているのだろうか。

2.増えるシェアハウス経験者

シェアハウスの育児に言及する前に、まずはシェアハウスの全体像を捉えたい。シェアハウスは、大きく「事業者介在型」(事業者がシェアハウス物件を用意して1部屋ずつ賃貸し運営も担う形態)と「自主運営型」(複数人が自発的に住戸を借り、生活を自ら運営する形態)の2つに分けられる。シェアハウスの定義は様々あるものの、国土交通省は事業者介在型のシェアハウスを、「プライベートなスペースを持ちつつも、他人とトイレ、シャワールーム等の空間を共有しながら住まう賃貸物件で、入居者一人ひとりが運営事業者と個室あるいはベッド単位で契約を結ぶもの」と位置付けている。また、学術的には自主運営型も含めた形で「家族ではない複数の者が台所などを共用して一つの家に住むこと」(注4)・「血縁・性愛関係にない他人と居住生活の共同を行うこと」(注5)などと定義されている。

新型コロナウイルス感染症の影響もあり、シェアハウスの数は昨年初めて微減したものの、2010年代以降、東京23区を中心に右肩上がりに増加している(図表1)。自主運営型は、いわゆる「仲の良い人同士で集まって住む」というもののため、数の把握は困難であるが、事業者介在型のシェアハウスは一般社団法人日本シェアハウス連盟の調査によると、2021年時点でおよそ5,000棟、ベッド数はおよそ60,000床あるという。また、国土交通省の調査(2015年8月)では、特に20代までの単身の入居者が多いとされ、平均居住年数は「2年未満」が8割程度、「1年未満」もおよそ3割いる。比較的短期間で入れ替わることを考えると、1度でもシェアハウスを経験した若者も増加傾向であると考えられる。

図表1
図表1

3.シェアハウスが支持されている理由

シェアハウスは、以前はバックパッカーなど特定の人が短期滞在のために住むゲストハウスのようなイメージが強かった。しかし、2010年代前半に恋愛をテーマにしたバラエティ番組でお洒落なシェアハウスが登場し、若者から大きく支持された。実際にも、若者が好むようなインテリアや内装にこだわったシェアハウスが多数出現し、若者の住居のひとつの選択肢となっていく。

入居動機として最も多い動機は、前述の国土交通省の調査によると、一つの住居や設備をシェアすることで得られるコストメリットとなっている。実際、立地や広さの割に家賃は抑えられているケースが多く、光熱費もシェアできる。また、家具・家電・調理器具などをシェアして使えることも多く、こうしたコストメリットは低収入で貯金も少ない若者や学生にとって有難い。また同調査によると、コミュニケーションを目的として入居する人は少ないものの、入居後は54%の人が、ほかの入居者とのコミュニケーションに満足しており、入居前には想定していなかった出会いやつながりも、シェアハウスで暮らす価値となっている。

一方で、「シェア」であるからには、必要なタイミングで必要な設備が使えないということも発生する。朝の出勤前は洗面所の利用時間が重なり混雑する場合もあるし、事業者が清掃に入らない場合、誰が掃除を行うかといったことも課題に上がりがちだ。ただ、ルールや役割分担があるだけで上手く運営されるというわけでもなく、日常的に住民同士がすり合わせをしながら、自分たちに適した生活運営スタイルを模索する必要がある。こうしたすり合わせ作業は、スケールの大小はあれ共同生活を続ける限り発生するため、シェアハウスでの暮らしが初めての場合、このやり取りや調整が大変だと感じる人はいるだろう。

4.シェアハウスで育児をする人の出現

以上のように、シェアハウスは「若者の一時的な住居」と捉えられてきたが、2010年代後半からシェアハウスで育児を行う事例が現れ始めた。そこでの育児実践者には、若いころにシェアハウスでの生活を経験し、結婚や出産などライフスタイルが変わっても居住を継続している人がいる。もしくは、結婚を機に一度は退去したものの、つながりの物足りなさを感じ、再びシェアハウスに入居したり、自らシェアハウスを運営したりするなどして、そこでの育児を実現しているケースもある。

ただ、事業者型のシェアハウスでは、子どもによる生活音やケガのリスクを他の住人が嫌がってトラブルや退去につながるといった懸念から、出産前に退去するという決まりや慣例がある。実際、シングルペアレントを対象にした福祉的要素の強いシェアハウスを除けば、両親と子で入居できる事業者型シェアハウスは、筆者が把握する限り全国で15件程しかなく(注6)、自主運営型で営まれているケースも何件かある程度である。

5.シェアハウスでの育児で軽減する育児課題

では、育児負担が偏っていたり、孤立した状態で育児をする場合と、シェアハウスで育児する場合では、どのような違いがあるのだろうか。

まず物理的な面だと、生活空間に信頼できる大人の数が増えることで、短時間でも子どもを見てもらうことができるため、その分、自分の時間が確保できるようになる。特に子どもが小さいうちは、「料理を作っているそばで、子どもが飲んでいたジュースをこぼし、急いで子どものもとに駆け寄り、対処していると、調理中の料理が焦げてしまった…」という状況が頻繁に起こりがちだ。他の住人が少しの間でも子どもを見てくれると、その時間を使って、集中して家事を済ますことができる。それは、日々の疲労やストレスの軽減につながる。

また緊急時には、第三者の存在がセーフティネットとなる場合もある。例えば、母親が緊急入院し父親が病院に付き添う必要があった際に、シェアハウスの住人に子どもの保育園の迎え、食事、寝かしつけまで依頼したという事例がある。また、最近は新型コロナウイルス感染拡大によって保育園が休園となり、在宅で保育をしながら仕事をすることになった際に、手が空いていた住人が子どもを公園に連れ出してくれ、業務に集中できたなどのケースも見られた。特に都心部では、近くに頼れる人がいない状態で育児をしている核家族世帯も多く、こうしたセーフティネットがあることは、日々の安心感にもつながる。

精神的な面では、孤独感の緩和という点が挙げられる。冒頭で述べたように、子どもの誕生後は特に母親は孤独感を感じやすい状況にある。そして、孤独感は精神的に不安定な状態を引き起こし、最悪な場合、虐待につながるとされている。しかし、シェアハウスでは、普段から家族以外の住人と会話が出来るため孤独感や閉塞感を感じにくいと実践者は話す。また、子どもが癇癪を起こし自分もイライラしてしまった際に、第三者がそこにいるだけで、落ち着いて子どもを見守ることができるとする声も多く、虐待の防止にも寄与していると考えることが出来る。

一方、生活空間に第三者がいることで様々な問題も生じる。特に水回りを共有する生活は、清潔度などの価値観の違いが課題となりがちである。小さい子どもがいるために常に清潔な状態を維持したい人にとっては、掃除の手間や家事がかえって増えるケースがある。そのため、シェアハウスに住むにあたっては、他の住人と自分との価値観の違いを寛容に受け入れようという柔軟な姿勢が求められるかもしれない。

シェアハウスでの育児は、冒頭に述べたような日本の育児課題のいくつかを軽減するための多様な視点を我々に提供してくれる。特に、積極的に育児の手伝いをしなくても、「もう1人の信頼のおける大人(第三者)」が身近にいることにより、密室育児が防げたり、親のちょっとした時間を捻出できたりする。それらが孤独感を緩和し、日々の安心感にもつながってくる。

以上のような、シェアハウスでの育児から得られる示唆をもとに、家族だけで抱え込まない育児の在り方をいかに形成していくか、孤立が進む現代社会において、社会全体で考えたいテーマである。

【注釈】

  1. 当研究所より2019年発行の「ライフデザイン白書2020」によれば、全国2万人の男女に対して近所づきあいの状況について尋ねたアンケート結果として、19.9%が「つきあいはほとんどしていない」、68.4%が「あいさつする程度」であり、「親しくつきあっている」割合は11.7%に留まった。また、令和4年版「子供・若者白書」では、「子育てを行っている母親のうち約6割が近所に子どもを預かってくれる人はいないという孤立した状況に置かれている」と述べられている。
  2. 令和2年版「男女共同参画白書」の「生活時間の国際比較にまつわるコラム」では、「我が国は諸外国と比較した場合、以前は短かった女性の有償労働時間が伸び,男性も女性も有償労働時間が長いが,特に男性の有償労働時間は極端に長い。無償労働が女性に偏るという傾向が極端に強い」と述べられている。
  3. 馬場千恵、村山洋史、田口敦子、村嶋幸代「乳児を持つ母親の孤独感と社会との関連について 家族や友達のソーシャルネットワークとソーシャルサポート」2013年/佐藤美樹、田髙悦子、有本梓「都市部在住の乳幼児を持つ母親の孤独感に関連する要因 乳幼児の年齢集団別の検討」2014年
  4. 正確には「シェア居住」を上記のように定義している。シェア居住は、コレクティブハウスなども含むためシェアハウスよりもやや広い概念である。小林秀樹「居場所としての住まい ナワバリ学が解き明かす家族と住まいの深層」2013年
  5. 久保田裕之「第4章若者の自立/自律と共同性の創造―シェアハウジング」牟田和恵編著「家族を超える社会学 新たな生の基盤を求めて」2009年
  6. 事業者型のシェアハウス物件の紹介サイト「(ひつじ不動産)」に掲載されている家族向けの物件と検索エンジンの結果からリスト化。その後、リスト化したシェアハウスのホームページから間取りやターゲットを確認し、今回のテーマと照らして筆者が集計した(2022年9月調べ)。絞り込み方としては、物件紹介サイトには「コレクティブハウス」や、談話室などの共有スペースはありつつも生活空間は完全に分離したマンション型の物件も掲載されているため、本レポートでは「洗面所やトイレなどの水回りを共有する間取りで、単身だけではなく親子も入居可能なシェアハウス」を集計した。ただし、物件紹介サイトには掲載せずに集客しているシェアハウスもあり、正確な数値ではないだろう。なお、シングルペアレントのみを対象にしたシェアハウスでは食事提供や見守りが既にサービスとして不随している施設も多く、本レポートの主旨とは重なる部分もある一方、違える部分もあり今回は集計の対象外とした。

【参考資料】

  • 株式会社第一生命経済研究所「人生100年時代の『幸せ戦略』全国2万人調査からみえる多様なライフデザイン(ライフデザイン白書2020)」2019年
  • 内閣府「令和4年版子供・若者白書」2022年
  • 国土交通省「シェアハウスに関する市場動向調査結果について」2015年8月調査実施
  • 一般社団法人日本シェアハウス連盟「シェアハウス調査2021年度版」
  • 国立社会保障・人口問題研究所「第6回全国家庭動向調査 報告書」2018年
  • 内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書 令和2年版」2020年
  • 佐藤美樹、田髙悦子、有本梓「都市部在住の乳幼児を持つ母親の孤独感に関連する要因 乳幼児の年齢集団別の検討」2014年
  • 三谷はるよ「育児期の孤独感を軽減するサポート・ネットワークとは」2020年
  • 馬場千恵、村山洋史、田口敦子、村嶋幸代「乳児を持つ母親の孤独感と社会との関連について 家族や友達のソーシャルネットワークとソーシャルサポート」2013年
  • 上野勝代、石黒暢、佐々木伸子 編著「シニアによる協同住宅とコミュニティづくり―日本とデンマークにおけるコ・ハウジングの実践」2011年
  • 藤田結子「ワンオペ育児―わかってほしい休めない日常」2017年
  • ひつじ不動産 for Family

福澤 涼子


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

福澤 涼子

ふくざわ りょうこ

ライフデザイン研究部 副主任研究員
専⾨分野: 住まい(特にシェアハウス)、子育てネットワーク、居場所、ワーキングマザーの雇用

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