駅ホームからの転落事故を防ぐために

~視覚障害者にとっての「欄干のない橋」は今~

水野 映子

目次

1.鉄道の人身事故のニュースを見て感じる不安

鉄道を利用していると、あるいはテレビやインターネットのニュースを見ていると、どこかの駅で人身事故が起きたという情報がときおり飛び込んでくる。そのとき、視覚に障害のある人とかかわることが多い筆者は、彼らが事故に遭っていないかということが、真っ先に不安になる。

筆者は2012年10月に「視覚障害者等のホームでの事故を防ぐために」というレポートを執筆した(注1)。このレポートでは、駅のプラットホーム(以下、ホーム)から転落する視覚障害者が多いこと、視覚障害者にとってホームを歩くことは「欄干のない橋」を渡るようなものだとたとえられていることなどについて述べた。それから約10年が過ぎた今、視覚障害者を含む鉄道利用者の転落事故の状況や、それを防ぐための取り組みはどのようになっただろうか。

2.ホームから転落する視覚障害者は依然多い

まずは、駅のホームからの転落件数の推移をみる。国土交通省のデータによると、全体の転落件数(図表1①)はかつては増えていたが、2014年(3,730件)を境に減っている。また、視覚障害者の転落件数(同②)も、2015年(94件)以降は減る傾向にある。

ただし、視覚障害者の転落件数が全体の転落件数に占める割合(同②)は、近年は2~3%の間で推移している。日本の全人口に占める視覚障害者の割合が0.25%程度である(注2)ことをふまえると、ホームから転落する視覚障害者の割合がいかに高いかが読み取れる。

また、視覚障害者がホームから転落して列車等と接触した人身障害事故(死亡事故を含む)も、毎年のように発生している。2020年度においては3名の視覚障害者が転落によって列車と接触し、亡くなったと報告されている。

図表1 ホームからの転落件数等の推移

①全体のグラフ:2009~2020各年度のデータを掲載。
ホームからの転落件数:2491、2870、3243、3271、3315、3730、3557、3509、3387、3307、2925、1370。
ホームから転落したが人身障害事故とはならなかった件数:2442、2806、3182、3223、3263、3673、3518、3449、3339、3256、2887、1338。
ホームから転落して列車等と接触した人身障害事故の件数:49、64、61、48、52、57、39、60、48、51、38、32。
①全体のグラフ:2009~2020各年度のデータを掲載。
ホームからの転落件数:2491、2870、3243、3271、3315、3730、3557、3509、3387、3307、2925、1370。
ホームから転落したが人身障害事故とはならなかった件数:2442、2806、3182、3223、3263、3673、3518、3449、3339、3256、2887、1338。
ホームから転落して列車等と接触した人身障害事故の件数:49、64、61、48、52、57、39、60、48、51、38、32。

②視覚障害者のグラフ:2009~2020各年度のデータを掲載。
ホームからの転落件数:39、60、77、92、74、82、94、81、81、75、66、41。
ホームから転落したが人身障害事故とはならなかった件数:38、58、74、91、74、80、94、78、79、72、61、38。
ホームから転落して列車等と接触した人身障害事故の件数:1、2、3、1、0、2、0、3、2、3、5、3。
全体の転落件数に占める視覚障害者の転落件数の割合(%):1.6、2.1、2.4、2.8、2.2、2.2、2.6、2.3、2.4、2.3、2.3、3.0。
②視覚障害者のグラフ:2009~2020各年度のデータを掲載。
ホームからの転落件数:39、60、77、92、74、82、94、81、81、75、66、41。
ホームから転落したが人身障害事故とはならなかった件数:38、58、74、91、74、80、94、78、79、72、61、38。
ホームから転落して列車等と接触した人身障害事故の件数:1、2、3、1、0、2、0、3、2、3、5、3。
全体の転落件数に占める視覚障害者の転落件数の割合(%):1.6、2.1、2.4、2.8、2.2、2.2、2.6、2.3、2.4、2.3、2.3、3.0。

*1: ホームからの転落件数は、ホームから転落したが人身障害事故とはならなかった件数と、ホームから転落して列車等と接触した人身障害事故の件数の合計(2020年度公表分からは、ホーム上での接触事故件数を除く集計方法となった)。また、自殺等、故意にホームから線路に降りたものは含まれない。

*2: 2020年度(令和2年度)に関しては「新型コロナウイルスの感染拡大に伴う鉄道の利用者数の減少により、転落件数も大幅に減少していると考えられます」と、資料には記載されている。

資料:国土交通省「鉄軌道輸送の安全に関わる情報(令和2年度)」(2021年10月)より作成


次に、視覚障害者を対象に実施された、ホームからの転落経験の有無とその回数に関する調査の結果を図表2に示す。これによると、回答者303名のうち転落したことがある視覚障害者は109人、すなわち全体の36.0%をも占めている。

さらに注目すべきは、転落経験者の半数近くが、2回以上転落していることである。このことは、転落を経験した視覚障害者がより注意深くホームを歩いても、転落を防ぎきれないことを示唆している。ホームが視覚障害者から「欄干のない橋」と呼ばれるゆえんは、これらのデータからも想像できるだろう。転落経験を持つある視覚障害者は、欄干のない橋を渡るというより、いつ落ちるともしれない「薄氷を踏むような思い」でホームを歩いている、と表現している。

図表2 視覚障害者のホームからの転落経験

円グラフ。単位は%。
1回15.8、2回8.9、3回3.6、4回0.7、5回2.3、回数無回答4.6、ある(計)36.0、ない64.0。
円グラフ。単位は%。
1回15.8、2回8.9、3回3.6、4回0.7、5回2.3、回数無回答4.6、ある(計)36.0、ない64.0。

資料:国土交通省「新技術等を活用した駅ホームにおける視覚障害者の安全対策について ~中間報告~」2021年7月

3.ホームからの転落防止策の進捗

①ホームドアは増加

視覚障害者をはじめとする鉄道利用者のホームからの転落を防止するために、これまでさまざまな対策が講じられてきた。最も有効とされている対策は、ホームと線路を仕切るホームドアの設置である。

図表3の通り、ホームドアの設置駅数は、約20年間で増え続け、2020年度末には943駅となった。調査が始まった2001年度からは5倍以上、前回のレポートを執筆した10年前からは倍近い数である。

図表3 ホームドアの設置駅数の推移
折れ線グラフ。各年度末の駅数を掲載。
2001年180、2002年196、2003年230、2004年273、2005年306、2006年318、2007年394、2008年424、2009年441、2010年484、2011年519、2012年564、2013年583、2014年615、2015年665、2016年686、2017年725、2018年783、2019年858、2020年943。
折れ線グラフ。各年度末の駅数を掲載。
2001年180、2002年196、2003年230、2004年273、2005年306、2006年318、2007年394、2008年424、2009年441、2010年484、2011年519、2012年564、2013年583、2014年615、2015年665、2016年686、2017年725、2018年783、2019年858、2020年943。

資料:国土交通省「ホームドアの設置駅数の推移(令和2年度末)」


ホームドアの設置には莫大な費用がかかるが、近年では設置コストや技術の課題をクリアするための新しいタイプのものも開発・実用化されている(注3)。また、昨年(2021年)末には、大都市圏の鉄道駅のバリアフリー化を加速するために、ホームドアやエレベーターの整備などにかかる費用を運賃に上乗せし、利用者に薄く広く負担を求めることができる「鉄道駅バリアフリー料金制度」が国によって設けられた。今年(2022年)に入ってから多くの鉄道事業者が運賃の値上げを発表した背景にも、この制度がある。

このように、ホームドア設置に向けた取り組みは着実に進められているが、総駅数(9,411駅)からみるとホームドアが設置された駅は1割程度に過ぎない。また、1日当たりの平均利用者数が10万人以上という大規模な駅の中でも、ホームドアが設置された駅は約3分の2(153駅中103駅)であり、残り3分の1の駅ではまだ設置されていない。今後、これらの取り組みによって、ホームドアがより増えることが期待される。

②点字ブロックの改良なども

ホームドアは視覚障害者を含む全利用者のホームからの転落を防ぐための設備だが、視覚障害者の転落防止策としては「内方線(ないほうせん)付き点状ブロック」もある。駅のホームの端には通常、黄色い点字ブロック(視覚障害者誘導用ブロック)が設置されており、そのうち点状の突起が並んだブロックは点状ブロック(または警告ブロック)と呼ばれている。従来の点状ブロックは、視覚障害者がホームで方向がわからなくなった際に、ブロックより線路側にいるのにホームの内側にいると誤認して、ホームから転落する危険性があった。そこで、どちらがホームの内側かを判断しやすくするために、点状ブロックのホーム側に線状の突起(内方線)を追加したのが、内方線付き点状ブロック(写真)である。

写真 ホームの内方線付き点状ブロック

筆者撮影
筆者撮影

内方線付き点状ブロックは、視覚障害者のホームからの転落を完全に防げるわけではないが、ホームドアが設置されるまでの対策として整備が進められてきた。1日当たりの平均利用者数が3千人以上の駅のうち、ホームドア、内方線付き点状ブロックその他の視覚障害者の転落を防止するための設備が整備されている駅は、2020年(令和2年)度末の時点で99%に及んでいる(注4)。

加えてソフト面では、駅係員による視覚障害者の誘導案内や声かけ・見守りなどもおこなわれている。以上で述べた取り組みが、ホームからの転落件数減少の背景にはあると考えられる。

4.利用者の意識・行動を改めて問う ~危険を及ぼす存在ではなく「欄干」としての存在に~

ただし、視覚障害者などのホームからの転落を防げるかどうかには、鉄道事業者の取り組みだけでなく、周囲の利用者の意識や行動も関係している。例えば、ホームでスマートフォンを操作しながら歩くこと、いわゆる歩きスマホや駆け込み乗車、通り道に荷物を置くなどの行為は、意図せずとも他の利用者の安全な通行を妨げることがある。特に、視覚障害者の場合、人間や障害物をよけながら歩いているうちに、自分のいる位置や向いている方向がわからなくなり、ホームからの転落に至る危険性がある。国土交通省の報告(注5)にも記されているように、「内方線付き点状ブロック上やその近くに立ち止まったり荷物を置かない、視覚障害者に歩行動線を譲るなど、視覚障害者が安心して歩行できる環境整備に向けた、鉄道利用者の意識向上も不可欠」といえる。

筆者の10年前のレポート(前述)では、「自分の何げない行為が他の人を危険にさらすかもしれないという認識を持ち、十分注意を払う」ことや、視覚障害者に対して「『誰かが助けるだろう』ではなく『自分が助ける』という主体性を持って積極的に声をかける」ことが大切だと述べた。一般の鉄道利用者が、視覚に障害のある利用者に危険をもたらす存在ではなく、転落を防ぐ「欄干」としての存在であってほしいという思いは今も変わらない。

だが、歩きスマホに関しては、やめるよう呼びかけるキャンペーンが実施されてもやめない人は依然として多い(注6)。たとえ歩きスマホをしていなくても、急ぎ足で周囲に気を配っていないがために、視覚障害者にぶつかりそうになる人や、実際にぶつかる人もいる。一般の鉄道利用者は、視覚障害者など移動に何らかの困難がある人も駅を利用していることを頭に入れ、彼らの安全を損ねていないか、今一度、自身の行動を見直してほしい。

一方、視覚障害者などに対する声かけや手助けに関しては、新型コロナウイルス感染拡大の影響で減ったという傾向がみられている(注7)。だが、ホームからの転落や列車との接触の恐れがある視覚障害者などに対して声をかけることがその命を守る、言い換えれば、声をかけないことがその命を脅かすことにつながるかもしれないという意識を持ち、行動することを改めて提唱したい。

以上で述べた鉄道事業者等の取り組みや、利用者の意識・行動の変容が進み、視覚障害者を含め、ホームから転落する人がいなくなることを心から願っている。

【注釈】

  1. 水野映子「視覚障害者等のホームでの事故を防ぐために」『Life Design Report』2012年10月
  2. 2016年12月1日現在の視覚障害者数31万2千人(出典:厚生労働省「平成28年 生活のしづらさなどに関する調査」)を、2016年10月1日現在の全人口1億2,693万3千人(出典:総務省「人口推計」)で除して算出した。
  3. 従来のタイプのホームドアは注1の資料に掲載。新しいタイプのホームドアは、例えば以下のページに参考動画などが掲載されている。
    国土交通省「新たなタイプのホームドアの技術開発」
  4. 国土交通省「令和2年度末 鉄軌道駅における転落防止設備および視覚障害者用誘導ブロック設置状況について」別紙2
  5. 国土交通省「新技術等を活用した駅ホームにおける視覚障害者の安全対策について ~中間報告~」2021年7月
  6. 一般社団法人電気通信事業者協会とその会員企業、および鉄道事業者が2021年10月に実施した「やめましょう、歩きスマホ。」という啓発キャンペーンの後、同協会が2021年12月に実施した以下の調査においては、約半数の人が歩きスマホをすることがあると回答している。
    電気通信事業者協会「『歩きスマホ』の実態および意識に関するインターネット調査について」2022年3月
  7. 水野映子「ソーシャルディスタンスは心の距離も広げたのか ~コロナ禍でより助け合わなくなった日本人~」2021年11月
    水野映子「『新しい生活様式』における助け合いのかたち ~視覚障害者のコロナ禍による困りごとをもとに考える~」2021年7月

水野 映子


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