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ロシア「暗号資産制裁」の衝撃

~2,500万ドル相当のビットコインが押収されたダークネットマーケット~

柏村 祐

目次

1.ロシアに関連する暗号資産への制裁強化

ロシアのウクライナ侵攻に関連した暗号資産の動向に注目が集まっている。

筆者は、以前執筆したレポートの中で、ウクライナ政府への財政支援策の1つとして、世界中から暗号資産を活用する寄付の仕組みが拡大していることを紹介した(注1)。暗号資産は国境を越えて取引が可能で、有事の際でも迅速な寄付に活用できるといった利点がある。一方で、暗号資産の中には、悪意を持つ人により違法な商品が多数販売されるダークネットマーケットでの商取引に使われるものもある。また、そこで販売者が購入者から対価として受け取り、法定通貨に交換するために暗号資産取引所に入金される暗号資産は、違法取引やマネーロンダリングに利用されているということになる。

本稿では、ウクライナ政府への「暗号資産寄付」のような意義のある暗号資産の利用とは正反対といえる不適切な暗号資産の使い方、特にロシアに関連する利用・制裁状況について検討を加える。

2.ダークネットマーケットで利用される暗号資産

ロシアに関連する暗号資産の不適切な利用が制裁された事例として、ロシアで最も有名なダークネットマーケット「Hydra Market」での利用が挙げられる。「Hydra Market」は、2015年に立ち上げられた世界最大のダークネットマーケットで、違法な商品が多数販売されていた。現在は閉鎖されているが、そこで販売された商品は、サイバー攻撃のためのソフトウェア、盗まれた個人情報、偽造通貨、盗まれた仮想通貨、違法薬物などである。「Hydra Market」では、これらの違法な商品が暗号資産で取引されていた。

2022年4月5日に、米国財務省外国資産管理局(OFAC)は、悪意のあるサイバー犯罪サービス、危険な薬物の拡散を阻止するための国際的な取組みにおいて、「Hydra Market」を制裁対象として認定し、閉鎖することを決定した。この制裁には、米国の司法省、連邦捜査局、麻薬取締局、内国歳入庁刑事捜査、国土安全保障省が参加した。ドイツにあるHydraサーバーは閉鎖され、ドイツ連邦刑事庁との国際協力により2,500万ドル相当のビットコインが押収された(注2)。

「Hydra Market」のようなダークネットマーケットは、一般的なインターネットブラウザーでは見ることができず、匿名性の高いインターネットブラウザーを利用しないと閲覧できない。筆者は、実際に匿名性の高いインターネットブラウザーを利用し、「Hydra Market」へのアクセスを試みたところ、ドイツ連邦刑事庁によりサイトが閉鎖されていることが確認できた(図表1)。

図表 1 閉鎖された「Hydra Market」のウェブ画面
図表 1 閉鎖された「Hydra Market」のウェブ画面

「Hydra Market」の閉鎖に関してイエレン米財務長官は、「ロシアに端を発するサイバー犯罪とランサムウェアの世界的な脅威、そして犯罪指導者がそこで平然と活動できることは、米国にとって深く懸念されることだ。我々の行動は、ダークネットやそのフォーラムに隠れることはできないし、ロシアや世界のどこにも隠れることはできないというメッセージを犯罪者に送るものである。ドイツやエストニアのような同盟国やパートナーと連携して、我々はこれらのネットワークを破壊し続けるだろう。」と述べており、悪意を持つ人による不適切な暗号資産の利用に警鐘を鳴らしている(注3)。

また、米国財務省は、「Hydra Market」において利用された暗号資産ウォレットアドレスをSDNリスト(アメリカ政府が制裁対象とするブラックリスト)として公表しており、その数は132に上る(注4)。制裁対象となっている暗号資産ウォレットの1つを確認したところ、合計2,559回のビットコインの送受信が行われており、26,194ビットコイン(約794百万ドル)分の違法取引が行われていたことがわかる(図表2)。送受信の履歴を確認してみたが、2021年11月16日に最後のビットコインが当該暗号資産ウォレットから出金されており、既に残されたビットコインはない。また、別のウォレットアドレスを確認してみると、合計6回のビットコインの送受信が行われており、7.9ビットコイン(約24万ドル)分の違法取引が行われていた。この暗号資産ウォレットアドレスも残高がない状況が確認できた。この2つの暗号資産ウォレットのビットコインの合計は26201.9ビットコイン(約794.24百万ドル)となり、その取引規模は大きい。

図表 2 制裁対象となった暗号資産ウォレットの概要
図表 2 制裁対象となった暗号資産ウォレットの概要

暗号資産をめぐるロシア関連の制裁措置は、ダークネットマーケット「Hydra Market」にとどまらない。米国財務省は、2019年後半にエストニアで登録された暗号資産取引所Garantexを制裁対象にすると発表している。Garantexでは法定通貨と暗号資産の交換が可能で、「Hydra Market」から約260万ドル、ロシアのサイバー攻撃集団である「Conti」から600万ドル近くの入金履歴が確認されている。

Garantexと犯罪活動に使用される暗号資産ウォレットとの関係が見つかったため、2022年2月、エストニアの金融当局により、Garantexは暗号資産サービスを提供するライセンスを失っている。それにもかかわらず、Garantexは未だに悪意のある手段でサービスを提供している(注5)。実際にGarantexのウェブサイトにアクセスしたところ、「Garantex暗号通貨取引所は正常に動作しています。お客さまは取引所の全機能を完全に利用できます。私たちは24時間連絡を取り合っています - いつものように!」と表示され、本稿執筆時点(2022年5月下旬)では通常通り取引できる状態となっていた。

このような免許を持たない暗号資産取引所が運営を続けることは、西側諸国によるロシアへのSWIFT制裁に対する抜け道になる可能性もあり、更なる対策の強化が求められる。

3.暗号資産の光と影

以上みてきたように、ロシアに関連する違法行為が判明した暗号資産ウォレットや暗号資産取引所は、米国をはじめ世界各国から制裁を受けている。この一連の事実から筆者は、暗号資産という新しい技術から創り出されている「光と影」があると考えている。2022年2月24日に開始されたロシアによるウクライナ侵攻に伴い、暗号資産がウクライナ支援に利用される事実を「光」とするならば、ダークネットマーケットや違法暗号資産取引所で利用されているという事実は「影」にあたると言えるのではないだろうか。

暗号資産は、ウォレットを介し従来の国際送金よりも迅速かつ低コストで、いつでもどこでも自由に送金・入金できる「ボーダーレス」な特長をもつ。その仕組みを活かした活用方法を創造することが、地球規模のさまざまな社会課題の解決にもつながる。暗号資産によるウクライナへの寄付は、その一例と言えるだろう。

暗号資産自体は手段でしかなく、その価値の行方を左右するのは利用する人である。「光」につながるような利用を心がけることが、今求められているのではないだろうか。


【注釈】

1)ウクライナ「暗号資産寄付」の衝撃~ウクライナ財政支援に活用される仮想通貨寄付~「https://www.dlri.co.jp/report/ld/183780.html

2)米国財務省HPより「https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy0701

3)米国財務省HPより「https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy0701

4)米国財務省HPより「https://home.treasury.gov/policy-issues/financial-sanctions/recent-actions/20220405

5)米国財務省HPより「https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy0701

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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