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冬季オリンピックは西側OECD諸国が席巻

~メダル獲得には気候・スポーツ文化・資金力を兼ね備える必要~

石附 賢実

要旨
  • 夏季オリンピック(2021年東京)のメダル数とGDPとの間には強い相関が認められる(相関係数0.85)。一方で、冬季オリンピック(2022年北京)においてその相関はかなり弱い(相関係数0.22)。冬季オリンピックは経済力のみで獲得メダル数を説明することはできない。
  • 北京大会でメダルを獲得した全29か国の首都の緯度を調べると、ともに35度の日本(東京)とオーストラリア(キャンベラ)がそれぞれ北半球・南半球の最南端・最北端となっている。また、気候制約の下で、当該種目がスポーツ文化として根付いているかが活躍を左右している面もある。
  • 経済力との強い相関は認められないものの、冬季種目は用具や競技施設に資金を投じる必要がある。メダルを獲得した29か国中、25か国がOECD加盟国であり、他の4か国は中国と、ロシア・ベラルーシ・ウクライナである。これらの国々は、高い所得水準や経済力を誇る西側先進国と、国威発揚のために予算を投入できる権威主義的な大国や過去にその影響下にあった国、と整理することができる。
  • 冬季オリンピックは、気候・スポーツ文化・資金力の全てを兼ね備えなければメダルを獲得することは難しい。今大会、開催国として威信をかけた中国でさえ、金メダルの数こそ上位に食い込んだものの、競技に取り組んできた歴史の浅さもあって総メダル数では日本を下回っている。
  • ドーピング問題で従前より国としてオリンピックから排除されていたロシアは、ウクライナ侵略によって個人資格等であっても当面は各種の国際大会に参加することが難しくなった。このままロシアが衰退し、中国の台頭とOECD諸国との争いとなれば、冬季オリンピックはまさに現状の国際政治における駆け引きの縮図となる。
目次

1.オリンピックと国際政治

平和の祭典と称されるオリンピックは、その崇高な理念とは裏腹に、過去から現在に至るまで国際政治に翻弄されてきた。2022年2月の北京大会もウイグルにおける人権問題が影を落とし、さらにパラリンピック前の2月24日にはロシアがウクライナを侵略するに至り、ロシアがパラリンピックやその他の国際大会から締め出された。過去にもオリンピックは、国際情勢に基づくボイコットや国威発揚のためのドーピングによる選手強化など様々な軋轢を引き起こし、国際秩序のパワー・バランスを巡る覇権争いの舞台となってきた。オリンピックは極めて政治色の強いイベントと言えよう。

2.冬季オリンピックのメダルは経済力だけでは買えない

拙稿「オリンピックと国威発揚、メダル数と経済力の深い関係」(2021年9月、https://www.dlri.co.jp/report/ld/161925.html)で紹介した通り、2021年東京大会のメダル数(金・銀・銅合計10個以上獲得=上位25か国)を見ると、経済力を表すGDPとの強い相関が認められる(相関係数0.85、資料1、注1)。夏季オリンピックのメダルは経済力で買える、とも表現できる状況である。GDP世界1位から3位の米・中・日3か国に限ればほぼ一直線の線形を描いている。昨今の経済力の趨勢に鑑みれば、2028年ロサンゼルス大会のメダル数は米中肉薄の可能性もある。

資料 1 GDP(2020 年)と東京大会メダル数(10 個以上=上位 25 か国)
資料 1 GDP(2020 年)と東京大会メダル数(10 個以上=上位 25 か国)

他方で、2022年北京大会におけるメダル数とGDPの相関を見てみると、メダル数上位19か国(3個以上)で相関係数0.22とかなり弱い(資料2)。メダル数37個で1位のノルウェーの経済規模は決して大きくなく、メダル数2位のROC(ロシアオリンピック委員会)も経済規模では冷戦期の東側盟主(当時はソ連)の面影は見られない。冬季オリンピックについては、経済力でメダルを買えるとは言い難い状況であり、その他の要素の影響も大きいと思われる。

資料 2 GDP(2020 年)と北京大会メダル数(3 個以上=上位 19 か国)
資料 2 GDP(2020 年)と北京大会メダル数(3 個以上=上位 19 か国)

3.気候・スポーツ文化・資金力

ここで、冬季種目の活躍に影響すると思われる要素を概観する。

①気候

冬季オリンピックは雪上・氷上競技であり、気候の要素が大きいことは自明である。北京大会でメダルを獲得した全29か国の首都の緯度を調べると、ともに35度の日本(東京)とオーストラリア(キャンベラ)がそれぞれ北半球・南半球の最南端・最北端となっている(文末参考データ参照)。赤道を挟んで北緯35度から南緯35度の間に首都がある国は一つもメダルを獲れていない。高緯度国が夏季オリンピックでメダルを獲ることは可能だが、四季を通じて雪や氷と無縁の低緯度国が冬季オリンピックでメダルを獲ることは不可能な状況と言える。

②スポーツ文化

冬季種目は、競技開始年齢が早ければ早いほど有利な種目も多く、気候制約の下で当該種目が文化として根付いているかが活躍を左右している面もある。例えば、オランダはスピードスケート大国だが、筆者が一時期過ごした首都アムステルダムでは、冬季に気温が下がれば凍結した運河はスケートを楽しむ市民で賑わう。山岳地帯のアルプス周辺国ではアルペンスキーが盛んであるし、北欧では古くは生活の移動手段として欠かせなかったクロスカントリーを含むノルディックスキーが盛んである。経済発展に伴い2度の冬季オリンピック(72年札幌、98年長野)を招致した日本は、競技施設を充実させるとともに選手層の厚さを増すことに成功し、今日ではメダル数で上位に食い込むまでになった。後発ながら多くの冬季種目がスポーツ文化として着実に根付いてきている証左と言えよう。

③資金力

資料2の通り単純なメダル数とGDPとの相関は弱いとの結果も、冬季種目は用具や競技施設の建設・維持など何かとお金がかかることから、資金力は必要条件であろう。スキーやスケートの用具や施設はイメージしやすいが、その他でも例えばそり競技(ボブスレー等)大国のドイツは国内にいくつもの競技施設を持つ。こうした投資に必要な資金力は、メダルを獲得した国の属性とも親和性の高い要素である。メダルを獲得した29か国中、25か国がOECD加盟国であり、他の4か国は中国とロシア・ベラルーシ・ウクライナである(文末参考データ参照)。これらの国々は、高い所得水準や経済力を誇る西側先進諸国と、国威発揚のために予算を投入できる権威主義的な大国や過去にその影響下にあった国、と整理することができる。

4.おわりに

これまで見てきた通り、冬季オリンピックは、気候・スポーツ文化・資金力の全てを兼ね備えなければ、メダルを獲得することが難しいと言えよう。北京大会において、開催国として威信をかけた中国でさえ、金メダルの数こそ上位に食い込んだものの、競技に取り組んできた歴史の浅さもあって総メダル数では日本を下回っている(文末参考データ参照)。より温暖な地域の国は1つのメダルを取ることすらできていない。日本は比較的温暖な地域にありながらも、2度の冬季オリンピック開催に裏打ちされた冬季種目の人気や競技人口の厚みなどから、北京大会では過去最高の18個のメダルを積み上げた。中国も、今大会で競技施設が充実し、今後の冬季種目の人気の高まりなども期待されることから、将来的には気候・スポーツ文化・資金力の3要素が揃った冬季オリンピックの強豪国となる可能性がある。

もともとドーピング問題で国としてオリンピックから排除されていたロシアは、2月24日のウクライナ侵略によって、オリンピック委員会として、あるいは個人資格であっても当面は各種の国際大会に参加することが難しくなった。冬季オリンピックにおいてこのままロシアが衰退し、中国の台頭とOECD諸国との争い、となればまさに現状の国際政治における駆け引きの縮図となる。スポーツの国際大会は平和があってこそ、である。国際政治の駆け引きに惑わされることなく、純粋に世界最高峰のパフォーマンスを楽しめる日が訪れることを願って止まない。

以 上

【注釈】

1)相関係数とは2変数間の関係の強さを表現する指標で、1から-1の間の数値を取る。1に近いほど正の相関が強く、0.7を超えると相関が強いとされる。-1に近いほど負の相関が強く、ゼロは無相関となる。

【参考データ】2022 年北京大会メダル獲得数順位と 2020 年 GDP、緯度
【参考データ】2022 年北京大会メダル獲得数順位と 2020 年 GDP、緯度

石附 賢実


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