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2026.01.05
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米国のベネズエラへの軍事介入の影響
~経済やマーケットへの影響は限定的ながら、世界の分断リスクは高まる~
嶌峰 義清
- 要旨
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ベネズエラに軍事介入し、大統領を逮捕・拘束した米国の行動は、石油資源の確保、地政学的リスクの排除に加え、トランプ大統領の中間選挙対策といった背景がある。
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トランプ大統領が目論むとおりにスムーズな親米政権へとベネズエラが移行すれば、経済や市場への影響は限定的となるが、そうなるかどうかはベネズエラ政府や軍の動向次第で未知数だ。
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国際法上の問題が指摘されている今回の米国の行動は、中国やロシアの“力の外交”を触発しかねない。同時に、今後米国と中・ロの対立は世界を巻き込んで一層深刻なものとなるリスクをはらむ。
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米国がベネズエラへ軍事介入、大統領を逮捕した背景と問題
米国は1月3日、ベネズエラへ軍事介入を行い、ベネズエラのマドゥロ大統領夫妻を逮捕、拘束して米国内に連行した。かねてより、トランプ米大統領はベネズエラから米国に流入する麻薬の阻止と、これを実質的に統括しているとしてマドゥロ大統領に逮捕状を出していた。これに関連し、ベネズエラ海域では米軍が麻薬密輸船とした船に空爆などを行っており、圧力を強めていた。
米政府は、今回の攻撃の目的を①ベネズエラ政府による麻薬取引と、米国へのコカインをはじめとした麻薬の流入阻止、②ベネズエラの反米勢力による(麻薬密輸を含めた)対米テロの阻止、③正当な選挙で選ばれたとは認めがたい現大統領の打倒、を掲げている。また、その法的根拠として、①マドゥロ大統領に対する麻薬関連の起訴、②ベネズエラ政府と関連組織をテロ組織と見なした上での、テロに対する自衛行為、としている。
もっとも、今回の行動に対し、米国内では米議会の事前授権無しに主権国家への大規模攻撃を行う権限は大統領にはないとの見方がある。また、国際的には国連安保理事会の許可や、相手国の同意のない他国領土への武力行使を禁じる国連憲章違反であるとの見方が強い。すでに緊急安全保障理事会の開催が要請されており、今回の行動を強く批判している常任理事国の中国やロシアなどから激しい批判を浴びることは確実な情勢だ。もっとも、米国は決議に対する拒否権を有しているため、米軍の即時撤退などの拘束力のある決議は可決されない見通しだ。
米国の狙いは石油資源の確保と地政学的リスクの排除、そして中間選挙対策
法的根拠が曖昧(独善的)で、国際的な批判を浴びることは十分に考えられるにもかかわらず、米国が今回の行動をとった背景には、いくつかの要因が考えられる。
一つ目は、世界最大の埋蔵量を誇るベネズエラの石油権益の確保だ。作戦完了後に行われた記者会見でトランプ大統領は、石油資源の確保による米国への利益を強調した。金銭的な利益をアピールすることで軍事行動に対する批判をかわすという考え方はトランプ大統領らしい行動にも見られるが、膨大な埋蔵量を誇りながら十分な資金と深海油田の掘削技術の無いベネズエラに代わり、米国がこれを主導してその利益を得るメリットは大きい。ベネズエラは深海に世界最大規模の石油が眠っており、石油埋蔵量は約3032億バレルと、世界2位のサウジアラビア(埋蔵量約2672億バレル)を上回る。一方で、ベネズエラはかつては日量約300万バレルの原油生産量を誇っていたが、石油掘削施設への投資不足などから、現在は日量約74万バレルにとどまっている。
二つ目の狙いは、米国の裏庭とも評される中南米諸国と中国やロシアとの結びつきを断ち切ることで、米国にとっての地政学的リスクを低下させる目的だ。中南米では、ベネズエラの他にキューバ、ニカラグア、ボリビアなどが反米色の強い政権下にある。一方で、こうした国々は中国やロシアとの政治的、経済的、軍事的な関係が深まっており、米国にとっての地政学的リスクを高めている。中国との経済的な結びつきを強めている国は多く、チリやペルー、コスタリカ、エクアドル、ニカラグアは中国とFTAを結んでいる。また、一帯一路に署名・参加している国はカリブ海諸国を含めれば20カ国以上にのぼる。中南米諸国では、自由で公正な選挙が十分に働かず、独裁的な政治が行われがちな国も多いとされているが、こうした国では経済関係の深化が政治関係、ひいては軍事関係の深化に繋がりやすい。なかでもベネズエラは、膨大な資源を有しているうえ米国と地理的に近いため、米政府はその経済効果と地政学的リスクの観点から、優先的な対応を行ったと考えられる。また、ベネズエラの原油はその約80%が中国に輸出されていることも、米国の対中政策への効果を高めるという側面もある。
三つ目の狙いとして、11月に行われる米中間選挙への対応が考えられる。トランプ大統領(二期目)の支持率は、就任直後には50%弱であったものの、その後は低下基調を辿り、足元では40%前後に低迷し、不支持率(50~60%)を大きく下回っている。これは、一期目のトランプ大統領が民主党のバイデン候補に敗れた大統領選挙時の支持率と同程度かやや下回っており、2018年に行われた中間選挙時とほぼ同程度だ。2018年の中間選挙では、上院は共和党が2議席増やして多数派を維持した一方で、下院では民主党が40議席増やして同党が多数派となった(民主235議席、共和199議席、過半数218議席)。これによって生じたねじれ議会により、中間選挙以降のトランプ大統領は主に内政面で独自色を発揮することが難しくなったほか、自身のロシア疑惑などに対する公聴会や調査などが行われるなどスキャンダルが次々と問題となった。足元での支持率低下は、高止まりする物価や停滞する景気が影響していると考えられるが、内政に苦慮する政府が、他国の問題に目を逸らさせるのは一種の“常套手段”ともいえ、経済的効果(石油権益の確保)を強調することも支持率向上を狙うものと考えられる。また、マドゥロ大統領の逮捕は、米国内のベネズエラ系移民や中南米の反社会主義系移民へのアピールに繋がり、支持率の向上が期待されている。
経済や市場への影響は限定的も、衝突長期化ならリスク回避へ
今回の一件が世界経済に与える影響は、ベネズエラの経済規模(世界経済の0.1%程度)を勘案すれば限定的と考えられる。また、ベネズエラの原油生産量から判断して、原油価格に与える影響も軽微であると判断される。
株式市場や為替市場、債券市場についても、1月5日の日本市場の動向に象徴されるように、短期的には多少のリスク回避の動き(新興国通貨安など)が見られるかもしれないが、悪影響はほとんど無いと考えられる。米政府は、マドゥロ大統領の後任として暫定大統領に命じられたロドリゲス副大統領を容認する姿勢をみせており、ベネズエラが米国との軍事的な対抗に踏み切るなどして対立が激化・長期化しない限り、経済や市場には目立った影響は出ないものと考えられる。
無論、ベネズエラが暫定政権の下で米国との衝突を選択する可能性も否定できない。あるいは、暫定大統領を軍が容認せず、クーデターなどが起こるリスクも考えられる。トランプ大統領の目論み通り、スムーズに米国がベネズエラを“運営”できるかどうかは不透明で、軍事衝突が本格化・長期化すれば、市場のリスク回避の動きも強まり、株安・債券高(金利低下)の流れに転じよう。また、為替市場においてはリスク回避の観点からユーロ高やスイスフラン高の進展と、主に中南米通貨安が見込まれる。
国際情勢には大きな変化も
今回の一件は、国連憲章抵触、国際法違反が指摘され、米国の行動に対して全面的な支持を表明した国はイスラエルなどごくわずかにとどまり、親米国においても慎重な態度を表明している国が少なくない。同時に、その行動だけをとれば、ロシアのウクライナへの侵攻と大差はないとの見方が支配的だ。立場を変えれば、ロシアはウクライナをはじめとした旧ソ連邦諸国への対応、中国は台湾への対応について、より積極的で野心的な行動を取る“口実”になり得る。
一方で、昨年末にかけてはトランプ大統領が中国に対して控えめな対応を取っていることが、特に日中間の緊張が高まる中で取り沙汰されたが、中国を安全保障上の脅威と見なす米国の考え方にはブレがないことも、今回の件で察しがつく。
米国は、資源の確保と地政学的なリスクの排除を進めていくと同時に、ロシアの資金源(原油輸出など)への締め付けの強化、中国への資源や先端半導体などの供給網の限定化、中国やロシアへの資源依存度の抑制の強化を一層進めていく可能性が大きい。同時に、親米国をふるいにかけ、緊密で安定的な経済協力体制を築いていくのではないかと考えられる。それが確立していくに連れ、その圧力は企業活動にも影響を及ぼし、米政府が“認定”した友好国間での企業活動が促進される一方、そうではない国での活動には様々な制限がかかるリスクがある。
一方、中国やロシアは、そうした米国の行動により自陣営の経済圏の確立と、安全保障上の緩衝地域となる同志国の拡大を迫られることになる。ロシアであれば東欧への進出、中国であれば台湾のほかに東南アジア地域が政治的・軍事的な緩衝地帯や、経済的・軍事的なチョークポイントの確保に繋がる。“モンロー主義”への回帰とも言われる昨今の米国の行動は、経済的・政治的な疲弊から脱しようとするロシアや、対照的にその高めた力を誇示しようとする中国との軋轢を一気に高めていくリスクがある。同時に、日本を含めた他の国々は、どちらのサイドにつくのか、政治的・軍事的な対応だけでなく、企業活動を含めた経済的な対応を迫られることも考えられる。
嶌峰 義清
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

