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2025.11.28
国際秩序
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防衛費のGDP比3.5%時代は到来するのか
~防衛費「GDP比」の意味合いの変質、同盟基軸のなかで「応分の負担」とは~
石附 賢実
- 要旨
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- 我々は、「相対」の世界に生きている。安全保障については、外部環境との「相対」、そして同盟国間の「相対」が存在する。本稿では、「相対」の概念を念頭に、防衛費のGDP比という指標がどのような意味を持つのかを考察していく。
- 日本は長らく維持してきた「1%枠」から「2%水準」への転換を経てきた。「GNP比1%」は諸外国と比して明らかに低く、「軍事大国にはならない」という、わかりやすいメッセージを国内外に発信する役割を果たした。こうした流れを大きく転換したのが、2022年12月に閣議決定された安保関連三文書である。「日本もNATOと同水準にまで負担を引き上げる」という応分の負担の表明となった。
- 2025年6月、NATO加盟国はNATOハーグ・サミットで2035年までに5%(3.5+1.5)という新たなコミットメントを採択した。3.5%をNATOが合意する定義にもとづく「防衛費」、1.5%を広義の安全保障関連支出とした。最近では、NATOの多くの加盟国が2%目標を達成もしくは接近し、事務総長は、2%を「ceilingではなくfloor」、すなわち上限ではなく「最低ライン」と強調するようになった。今後、NATOは3.5%という「新たな目標水準」を追求していく。
- 筆者は日本が今すぐに3.5%を目指すべきだと言うつもりはないが、日本だけが「2%で十分な政治的意思を表明できる」と言い続けられるのかという問いが自ずと生じてくる。構造的に同盟依存度が高い以上、同盟の場で「応分の負担をしている」と認められる状態を目指す必要がある。
- 3.5%という水準は新たな財源を必要とし、何らかの予算とのトレードオフを伴う可能性のある重い選択である。同時に、防衛産業を国策としてどう位置づけるかという産業政策の問題でもある。防衛費の増額を単なる「コスト」ではなく、経済成長や科学技術基盤強化への「投資」としてデザインできるかどうかがポイントとなる。そして、言うまでもなく抑止に資するものでなくてはならない。
- 日本社会の安全保障に関する危機感の欠如という問題を避けて通ることはできない。日本社会は、核保有国を含む近隣諸国に囲まれていながら、何となく「大丈夫だろう」という感覚を持っているのではないか。経済安全保障を含む安全保障と日米同盟の重みへの国民理解を深めていく必要がある。
- 目次
1. はじめに~我々は、「相対」の世界に生きている
我々は、「相対」の世界に生きている。多くの人は、比較対象があって初めて、自分が強いのか・弱いのか、豊かなのか・貧しいのかが分かる。
身近な個人の例を取れば、個人間のいさかいを暴力の強さで決することは、法治国家においては許されない。一方で、経済面をみると、昨今多くの国で問題視されている個人間の経済力格差は、つねに「誰か」との比較のなかで存在するものである。
国家間の力関係もまた、軍事力や経済力の相対的な水準によって形づくられる。先に経済面をみると、経済力の強い国が一方的かつ威圧的な態度をとる事例が目立つようになっている。また、日本のような先進国、かつ人口構成が成熟した国においては、ガツガツせずに小さな幸せを追求し、脱成長論を唱える向きもあるだろう。しかし、その間にも隣国の中国や新興国はどんどん成長し、低成長国は相対的に国力が弱まっていく。そして、軍事の世界は、言うまでもなく相対の世界である。相手があって初めて抑止力という概念が生まれ、力のバランスをとるために、防衛力の強化や同盟関係の構築・信頼関係の強化が求められる。ルールに基づく「法の支配」が機能していれば問題ないが、ロシアによるウクライナ侵略に見られるように、残念ながら国際社会では軍事力による「力の支配」が現実のものとなりつつある(注1)。
既にここまでの議論においても暗に触れているが、安全保障については、外部環境との「相対」、そして同盟国間の「相対」が存在する。日本を取り巻く「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」(防衛省(2025)P36)のなかで、日本はいかにしてこの「相対」の世界を生き抜くのか。本稿では、「相対」の概念を念頭に、防衛費のGDP比という指標がどのような意味を持つのかをあらためて考察していく。
2. 日本のGDP比1%枠から2%水準へ~自己規制からNATO最低ラインへのコミット~
まず、日本の防衛費のGDP比水準の推移を振り返る。日本の防衛費は、長らく「GNP比1%枠」(GDP・GNPについては注2)のもとで運用されてきた。これは、諸外国と比して明らかに低い水準で、「日本は軍事大国にはならない」という意思を内外に示すための象徴であったいえよう。経済的にも「平和の配当」を享受することにも繋がった。G7の防衛費のGDP比推移は資料1の通りである。

(1)1%枠という「自ら課した上限」(1954-1987)
1954年の防衛庁・自衛隊発足以降、防衛関係費は高度経済成長とともに増加した。防衛費の膨張に対する国内世論の懸念や、周辺諸国の警戒感を踏まえ、三木政権は1976年11月、いわゆるGNP比1%枠を閣議決定した。
GNP比1%枠は、「軍事大国にはならない」という、わかりやすいメッセージを国内外に発信する役割を果たした。
(2)1%枠の撤廃と、それでも続いた「事実上の1%」(1987-2022)
中曽根内閣は、日米安保の強化や防衛力整備の観点から、1987年にこの1%枠を撤廃したものの、撤廃後にGNP比が1%を超えたのは1987〜89年度の3年のみで、その超過幅もごく限定的であった(国立国会図書館(2022)P4)。つまり、制度としての1%枠は廃止されつつも、実態としては「隠然たる基準」として生き続けたのである。「1%を大きく超えないように」という暗黙の了解が働いていたようである。
この時期、日本は「世界第2位の経済大国」であり続けていたため、1%前後という比率でも、防衛費の絶対額は大きかった。その意味で、他国との相対感としても「極端に低い」わけではなかったと言える。日本は1960年代末には世界第2位の経済大国となっている。その結果、GNP比1%という枠を概ね守りつつも、防衛費の絶対額は世界でも上位に位置するようになる。特に1990年代から2000年代前半にかけて、日本は世界で2位に位置していた(資料2)。
つまり、「1%に抑えている」という軍事大国にはならないという安心感のナラティブが語られる一方で、国際的には「世界有数の経済規模にもとづく大きな防衛支出」を持つ国として認識されるという二重構造があった。「相対」の世界のなかで、日本は経済力を背景に「比率としては抑制的だが、絶対額としてはかなり大きい」という、特殊なポジションにいたと言える。

しかし、1990年代以降の日本経済の停滞と周辺国の経済成長・軍拡は、この構図を変えていく。日本の防衛費はGDP比でおおむね1%前後にとどまるなかで、デフレと低成長もあいまって、実額もほぼ横ばいで推移した。他方、特に中国は経済成長に比例する形で軍事力を増強し、東アジアの軍事バランスは日本にとって厳しい方向へと傾いていった。
つまり、ここで起きていたのは、周辺国の「分母」(経済規模)と「分子」(軍事費)が伸びる一方で、日本だけが、分母・分子それぞれの絶対額があまり変わらない水準で立ち止まっていた、という現象である。かつては「1%でも絶対額で世界上位」という状況だったが、中国などが台頭するなかで日本経済の相対的地位が低下し、同じ1%でもそれが意味するのは「抑制しつつも相応の存在感を保つ水準」から「周辺国から劣後する水準」へと変化していったと言ってよい。資料2の通り、2000年には日本の防衛費は中国の2倍程度であったが、2020年には逆に中国の軍事費が日本の5倍程度となっている。
(3)安保三文書と「2%水準」への転換(2022-)
こうした流れを大きく転換したのが、岸田政権の下で2022年12月に閣議決定された安全保障関連三文書(国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画)である。政府は、防衛力整備計画において、2023〜27年度の5年間で43兆円を投じ、防衛費とそれを補完する取組(インフラ、海上保安庁、経済安全保障関連経費など)を合わせて、「2027年度にGDPの2%水準」を実現する方針を示した。
ここで日本は、長らく続いた「1%枠」を実質的に超え、NATO(注3)が掲げてきた「2%目標」(後述)と歩調を合わせることを正式にコミットしたことになる。これは国内向けには「防衛力整備にここまでコミットする」という覚悟の表明であり、対外的には「日本もNATOと同水準にまで負担を引き上げる」という応分の負担の表明である。
高市政権は、この方向性をさらに一歩進め、2027年度ではなく2025年度中に2%水準を達成する前倒しを打ち出している。かつての1%枠が「軍事大国にならない」という抑制のシンボルだったのに対し、2%は「相対」の世界で「同盟国である米国・NATOなどの同志国と同水準にまで負担を引き上げる」という意思表示へとGDP比の発するメッセージの性格を変えたといえよう。
3.NATOにおける3.5%水準合意の経緯
前章では、日本が長らく維持してきた「1%枠」から「2%水準」への転換を確認した。ここから先は、比較対象を日本の内から外へと移し、NATOが今、どの水準を目指そうとしているのかを見ておきたい。結論から言えば、NATOの物差しは、2%を最低ラインとした上で、3.5%を目標水準とする方向に移っている。
(1)ハーグ・サミットと「5%コミットメント」の中身
2025年6月、NATO加盟国はオランダ・ハーグで開催されたNATO首脳会議(ハーグ・サミット)において、「ハーグ防衛投資計画(The Hague Defence Investment Plan)」と呼ばれる新たなコミットメントを採択した。首脳宣言および関連文書によれば、加盟国は2035年までに、防衛・安全保障関連支出をGDP比5%まで引き上げることに合意したとされる。
重要なのは、その内訳である。5%を次の2つに区分している。
①3.5%:NATOが合意する定義にもとづく「防衛費」(core defence requirements)
②1.5%:インフラ、サイバー、安全保障関連のレジリエンス、軍需産業基盤など「防衛・安全保障関連支出」
そして、各国は2035年までにこの3.5%と5%に到達するための「信頼できる年次計画」をNATOに提出し、2029年に中間レビューを受けることが求められている。外形的には「5%」が見出しを飾るが、防衛費としては3.5%こそが中核である。
(2)2%は「floor=最低ライン」、3.5%が新たな目標水準
NATOは2014年ウェールズ・サミットで、「防衛費をGDP比2%以上とする」という目標を掲げた。長らく多くの加盟国がこれを達成できず、「2%未達」が問題視されてきた。しかし、ロシアのウクライナ侵略以降、情勢は一変した。
最近では、多くの加盟国が2%目標を達成もしくは接近し、事務総長は、2%を「ceilingではなくfloor」、すなわち上限ではなく、最低ラインと強調するようになった(注4)。ハーグ・サミットで5%(3.5+1.5)の目標水準が採択されたことで、この認識は数字の上でも明確化されたと言える。
(3)トランプ政権の意向
3.5%という数字の背後には、米国、とりわけトランプ大統領の強い意向がある。
第二次トランプ政権は、NATO加盟国に対して「米国並みの負担」を強く求め、防衛費5%という数字を要求してきた(注5)。そのようななかで、NATOのルッテ事務総長を中心に、実際には米国が現状3.5%水準(資料1)にとどまる点も踏まえて、3.5+1.5の2分割案という妙案を編み出した。ルッテ事務総長はハーグ・サミット閉会時の記者会見で、「我々は5%という投資目標に合意した。これは抑止と防衛にとって構造的な転換点となる」と述べ、トランプ大統領も「歴史的な合意だ」と強調している。
つまり、米国の3.5%水準に合わせることで、同盟全体で同水準を負担する、という意味合いを持つ。相対の世界で言えば、「自分は3.5%を負担しているのに、なぜ他の国は○○%止まりなのか」といった不満を抑えることに繋がる。
(4)NATO加盟各国の反応
NATOの5%(3.5+1.5)目標水準に対して、加盟国の反応は一枚岩とはならなかった。特にスペインは、5%目標水準を「不合理」「福祉国家と両立しない」と強く批判し、スペインを新目標の適用対象外とする政治決着を勝ち取った。最終的な首脳宣言では、表現の工夫によりスペインを拘束しない形で合意がまとめられた。なお、資料1の通りカナダは2024年時点では日本と同水準のGDP比1.31%にとどまるが、NATOの一員として3.5%を目指すことに合意している。
ここで問われているのは、「ロシアの脅威に直面する国」と「財政・福祉を優先したい国」との間で、どこまで3.5%という目標水準を共有できるのか、各国が「応分の負担」をしているといえるのか、という問題である。各国とも3.5%までの道のりは厳しいものと思われるが、スペインを除いて、これらの目標の共有化がNATO内でなされた、と評価するのが妥当であろう。
(5)3.5%目標水準の意味することは
3.5%の目標水準には2つの意味がある。第一に、対内的な本気度の物差しである。各国の政府は、国民に対して防衛費増額の必要性を説明するうえで、「これから我々はGDPの3.5%を防衛に充てる」という数字を示さざるを得ない。他の予算との相対感を含めて、国内政治的には重いコミットメントである。
第二に、対外的な「応分の負担」の物差しである。米国が3.4%前後、ポーランドなど一部東欧諸国が既に3.5%超の水準にあるなかで、3.5%は「本当に覚悟があるか」を測る新たな基準となりつつある。この点で、2%と3.5%は役割が違う。2%は、「同盟国としての最低ライン」、3.5%は、「どこまで肩を並べる覚悟があるか」という目標水準である。
次章では、NATOの3.5%目標水準を念頭におきつつ、日本にとっての「2%」と「3.5%」の意味を考えていきたい。
4.日本:1%「自ら課した上限」、2%「NATO最低ラインへのコミット」、3.5%は?
NATOの新たな指針は、日本にとっても無縁ではない。筆者は、日本が今すぐに3.5%を目指すべきだと言うつもりはない。しかし、同盟国である米国が自ら約3.5%水準を負担し、NATO全体も3.5%を目指す方向に舵を切った今、日本だけが「2%で十分な政治的意思を表明できる」と言い続けられるのかという問いが、「相対」の世界から自ずと生じてくる。
(1)同盟と「応分の負担」
資料2を見ても分かる通り、日本が単独で周辺大国と対抗するのは現実的ではなく、日米同盟を基軸に、欧州や豪州、韓国、ASEANなど同志国との協力のなかで安全保障を構築せざるを得ない。中露に囲まれ、構造的に同盟依存度が高い以上、いざというときに共闘してもらえるように、日本は同盟の場で「応分の負担をしている」と認められる状態を目指す必要はあるだろう。
「相対」の世界のなかで、同盟国は「自分たちはGDPの3.5%を防衛に投じているのに、日本は2%でとどまっている」という感覚を持ちうる。もちろん、地理的制約、歴史的経緯などの制約は各国で異なり、同じ比率であればよいという単純な話ではない。しかし、GDP比という共通の物差しで見た場合、少なくとも「2%さえ達成していれば十分だ」と言い続けることは、今後ますます難しくなっていくだろう。
有事対応について同盟国・同志国との連携を前提とするからこそ、3.5%という新たな目標水準がでてきたなかで、日本はNATOの最低ラインへのコミットである2.0%を超えて、「どの程度まで応分の負担を引き受ける覚悟があるのか」について、財源の問題と共に自らに問う必要がある。
(2)分母の経済力の重要性
防衛費をGDP比で語るということと表裏一体のファクトとして、分子(防衛費)の絶対額の多寡は、分母(経済規模)の大きさがものを言うということがある。日本の経済成長が低位にとどまるのであれば、防衛費のGDP比を何パーセントに引き上げようとも、その絶対額は長期的には頭打ちになることになる。そして、他国が高い成長を続ければ、絶対額の差はさらに拡大する(イメージ図:資料3)。
日本を取り巻く安全保障環境を相対の観点から見れば、日本が経済成長できなければ、防衛費のGDP比を引き上げても、周辺国との防衛力のギャップは縮まらないどころか、拡大するということである。だからこそ、GDP比で「応分の負担」の意思を同盟国に示し、同盟で対抗することが大事なわけだが、同時に分母の拡大、即ち経済成長も極めて大事なことであることを忘れてはならない。

(3)3.5%を視野に入れる場合に問われる「覚悟」
仮に将来、日本が3.5%目標水準を視野に入れざるを得ない局面が来るとすれば、単に防衛予算を積み増すという話だけでは済まない。先に述べた通り3.5%という水準は新たな財源を必要とし、何らかの予算とのトレードオフを伴う可能性のある重い選択である。それと同時に、防衛産業を国策としてどう位置づけるかという産業政策の問題でもある。
外国から兵器を購入せざるを得ない部分は今後も残るだろうが、いずれ多額の予算を投じるのであれば、自国内で可能な限り調達し、国内サプライチェーンの裾野を広げ、輸出や民生技術への波及、経済成長に繋げていくことが重要である。防衛費の増額を、単なる「コスト」ではなく、経済成長や科学技術基盤強化への「投資」としてデザインできるかどうかがポイントとなる。なお、言うまでもなく防衛費のGDP比へのコミットメントとともに、その中身が重要であり、真に抑止力・防衛力に資する投資となるよう、精査が必要である。
5.おわりに~相対の世界、同盟の重要性、そして日本社会の危機感の欠如
ここで日本の防衛費のGDP比水準の推移をあらためて振り返る。1%枠は、日本が軍事大国化しないという自己抑制のメッセージであり、経済大国としての地位を背景に「比率は抑制的だが、絶対額は大きい」という特殊なポジションを日本にもたらした。そこから、安保三文書を通じて2%水準へと踏み出したことは、同盟国・同志国と同じ土俵に立つための最低ラインにコミットした、という意味を持つ。新たにNATOで共有化された3.5%目標水準は、日本にとっても米国を含むNATO諸国とどこまで肩を並べる覚悟があるのかを問う新たな指標になる可能性がある。
日本の安全保障戦略は、戦後最も厳しく複雑な安全保障環境、人口減少等に伴う経済成長の制約などを踏まえれば、今後も同盟関係重視にならざるを得ない。単独で抑止のすべてを賄うのではなく、日米同盟を基軸に、欧州や豪州、韓国、ASEANとのネットワークのなかで安全保障を構築していく必要がある。その前提に立てば、防衛費のGDP比は、同盟の場で交わされる一種の「共通言語」であり、「日本はここまで責任を分かち合う」という意思を表明するための指標である。2%は、その共通言語に追いつく水準であったが、そのバーはNATOにおいて3.5%にまで引き上げられつつあることを確認した。3.5%までの距離が引き続き大きいNATO諸国も多く、そうした国々の動向も踏まえながら、日本は財源をどのように手当てして、どのようなペースでどこまで引き上げるのか、米国や他のNATO諸国と「応分の負担」を本気で分かち合う覚悟があるのかが今後問われていくことになる。
この議論を支えるうえで、日本社会の安全保障に関する危機感の欠如という問題を避けて通ることはできない。例えば、ロシアと陸続きであるバルト三国にとって防衛費3〜4%という水準は、国家の存亡に直結する切迫した水準であろう。実際、筆者の同僚が本年5月にエストニアの首都タリンを訪れた際には、街中にウクライナの国旗があふれていたという。これに対して、日本社会は、核保有国を含む近隣諸国に囲まれていながら、何となく「大丈夫なのではないか」という感覚を持っているようにも感じる。海があるから、島国だから、という地理的な安心感があるとすれば、それは合理的なリスク認識とはいえない。ミサイル防衛の難しさや広い海、長い海岸線に由来する防衛の難しさもある。経済安全保障を含む安全保障と日米同盟の重みへの国民理解を深めていく必要がある。
【注釈】
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法の支配、力の支配の趨勢については、石附(2025a)参照。
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GNP(国民総生産)は、日本の居住者が国内外で生み出した付加価値(所得)の総額を示す指標であり、GDP(国内総生産)は、日本国内で生み出された付加価値の総額を示す指標である。日本では戦後長らくGNPが主要なマクロ指標として用いられ、防衛費の「GNP比1%枠」もこの概念に基づいていたが、1990年代後半の国民経済計算(SNA)改定を通じて国際標準に合わせGDPが基準指標となった。現在の国民経済計算ではGNPに相当する概念はGNI(国民総所得)と呼ばれており、本稿では歴史的文脈に即して1%枠が設定された際の記述については当時の呼称であるGNPを用いている。それに続く「GDP比1%枠」についてはGNP・GDPの違いはあれども「GNP比1%枠」と同様の概念である。
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NATOについては石附(2025b)参照。
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NATO の防衛費 2%目標を「天井(ceiling)ではなく床(floor)」と位置づける言い回しは、ストルテンベルグ前事務総長がロシアによるウクライナ侵略後、繰り返し用いてきた表現である。たとえば2022 年11 月の演説で、「防衛費 2%はわれわれの防衛投資にとってceilingではなくfloorとみなされるべきである」と述べ、2023年4月の外相会合後記者会見でも「ヴィリニュス・サミットでは、2%をfloorであってceilingではないとする新たな防衛投資誓約に合意することを期待する」と発言している。 さらに2024年9月の講演では、2014年ウェールズ・サミットでの2%目標が「2%に向かって努力すべきというceilingのように解釈されてきた」と振り返ったうえで、「ヴィリニュスでは2%をminimumとする文言に改め、2%をceilingからfloorへと変えた」と明言している。
https://www.nato.int/cps/en/natohq/opinions_209237.htm
https://www.nato.int/cps/en/natohq/opinions_213478.htm
https://www.nato.int/en/news-and-events/events/transcripts/2024/09/19/speech-and-conversation
【参考文献】
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SIPRI(2025)“Military Expenditure Database April 2025”
-
石附賢実(2025a)「トランプ政権「力の支配」で変容するパワー・バランス概念~ヤルタ2.0を想起、米中露でGDP45%、軍事費55%、核弾頭92%の現実~」
-
石附賢実(2025b)「【1分解説】NATOとは?」
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国立国会図書館(2022)「調査と情報-ISSUE BRIEF-No.1204(2022.9.6)防衛費増額をめぐる議論」
-
防衛省(2025)「防衛白書令和7年版」
石附 賢実
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

