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オリンピックと国威発揚、メダル数と経済力の深い関係

~データで見る国際秩序(4)~

石附 賢実

要旨
  • オリンピックはその崇高な理念とは裏腹に、過去から現在に至るまで国際政治に翻弄されてきた。2022年2月には北京冬季大会が開催される予定も、ウイグルにおける人権問題などが影を落としているとされ、一部の民主主義陣営からは開催地変更やボイコットを求める声も聞こえる。実際、冷戦時代には東西陣営によるボイコットの応酬もあった。オリンピックは、国際秩序のパワー・バランスを巡る覇権争いの縮図とも言えよう。
  • 国際秩序のパワー・バランスは「地政学」ならぬ「地経学」とも言われるように、軍事力とともに経済力の比重が大きくなっているが、東京オリンピックのメダル数(金・銀・銅合計10個以上獲得=上位25か国)を見ると、経済力を表すGDPとの相関が認められる(相関係数0.85(注1))。経済力の昨今の趨勢に鑑みれば、2028年ロサンゼルス大会ではメダル数で米中肉薄の可能性もあるであろう。
  • 「経済力→メダル数」の間には、経済的余裕、国民の理解、スポーツ文化、政府方針、スポーツ予算など複数のパスが想定される。特に「政府方針」においては、権威主義国は民意に左右されずに予算投入や強化策を実行することが比較的容易と思われ、スポーツが国威発揚の重要なオプションの一つとなっている可能性がある。
  • 経済力との相対感でメダル数が上振れているのは英国、オーストラリア、ロシア。オーストラリアは種目数の多い競泳一競技でメダル数を稼いでいる特異な事例である。英国はパクス・ブリタニカ、ロシアは冷戦時代の東側陣営の盟主という過去の大国の系譜を持ち、国民のスポーツ文化への理解が深いと考えられる。
  • GDPや人口の単位当たりメダル数を見れば、米・中は最下位グループに属し、メダル数への投資は効率が悪いことは明らかである。これは、チーム競技であればメダル独占が不可能で、同様の文脈で個人戦でも一種目に出場できる選手の数が国毎に限られていることなどが影響しているものと思われる。
  • 日本は人口減、経済力の相対的衰退とあいまって、東京オリンピックがメダル獲得数のピークとなる可能性も否定できない。他方で、夏冬4度のオリンピック開催にも裏付けられた国民の理解、スポーツ文化の浸透、選手層・指導者層の厚みなどのレガシーを活かせれば、英国のように経済力以上の成果を出し続けることも可能かもしれない。
目次

1.平和の祭典と裏腹のオリンピック

平和の祭典と称されるオリンピックは、その崇高な理念とは裏腹に、過去から現在に至るまで国際政治に翻弄されてきた。東京オリンピック・パラリンピック大会が閉幕し、2022年2月には北京冬季大会が開催される予定も、ウイグルにおける人権問題などが影を落としているとされ、一部の民主主義陣営からは開催地変更やボイコットを求める声も聞こえる。

古くは1936年のベルリン大会におけるナチスのプロパガンダとしての聖火リレーやドキュメンタリー映画制作に代表されるように、これまでもオリンピックは国威発揚に利用されてきた。冷戦下の1980年モスクワ大会、1984年ロサンゼルス大会は東西それぞれの陣営が交互にボイコットした。2014年のロシア・ソチ冬季オリンピックではロシアの国家ぐるみのドーピングが指摘され、その後ロシアは国家としてオリンピックに参加できていない。オリンピックは、国際秩序のパワー・バランスを巡る覇権争いの縮図とも言えよう。

2.メダルは経済力で買える?

国際秩序のパワー・バランスは「地政学」ならぬ「地経学」とも言われるように、軍事力とともに経済力の比重が大きくなっている。今般の東京オリンピックのメダル数(金・銀・銅合計10個以上獲得=上位25か国)を見ると、経済力を表すGDPとの相関が認められる(相関係数0.85、資料1)。GDP世界1位から3位の米・中・日3か国に限ればほぼ一直線の線形を描いている。経済力の昨今の趨勢に鑑みれば、2028年ロサンゼルス大会のメダル数は米中肉薄の可能性もあるであろう。

なお、人口についてはGDPのような相関は見られない(資料2)。

3.経済力からメダルへのパス

経済力とメダル数の間には相関があるものの、因果関係やメダル数に至るまでのパスを証明することは難しい。ここでは考えうるパスを定性的に提示するに留める。「経済力→メダル数」の間にはスポーツに時間・資金を投じられるだけの経済的余裕、国民の理解、スポーツ文化、政府方針、スポーツ予算、インフラ、選手層の厚みなどのパスが想定される(資料3)。

特に政府方針は、民主主義国と権威主義国とではその決定プロセスに違いがあることが想定される。民主主義国におけるスポーツ予算は、財政状況に始まり社会保障費や防衛費など他の予算とのバランスについて、選挙を通じた間接的な民意の影響を受けることになる(資料3「民意」)。一方で、権威主義国は民意に左右されずに予算投入や強化策を実行することが比較的容易と思われ、スポーツが国威発揚の重要なオプションの一つとなっている可能性がある。

本稿では夏季オリンピックに焦点を当てているが、冬季オリンピックは気候の制約により参加国が限られることに加えて、用具や練習環境など、経済力がより一層求められる「富める国の大会」と言えよう。

4.メダル数が経済力から上振れている英国、オーストラリア、ロシア

メダル数上位国の中で、経済力との相対感でメダル数が明らかに上振れているのは英国、オーストラリア、ロシアである(資料1)。オーストラリアは、種目数が泳法・距離別の掛け算で極めて多い競泳のみで半数近い21個(全体で46個)のメダルを稼いでいる特異な事例と言える。英国はパクス・ブリタニカ、ロシアは冷戦時代の東側陣営の盟主という過去の大国の系譜を持つ。英国を含むコモンウェルス(旧英連邦、イギリス・スコットランド・ウェールズ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・インド・シンガポール・南アフリカほか)は今でもオリンピック開催年の狭間の年に「コモンウェルスゲームズ」を開催しており、国民のスポーツ文化への理解が深いと考えられるほか、コモンウェルスから英国への移民の存在も影響していると思われる。ロシアも冷戦時代の東側盟主の時代から受け継がれた経験や文化、指導者層の厚みといった背景があると思われる。こうした大国の系譜を持つ国は、経済力が相対的に弱まるなかでも、資料3の「メダル獲得」から「国民のスポーツへの理解・スポーツ文化」への還流を含めた好循環が脈々と受け継がれている可能性が考え得る。ロシアは最近においても2014年のソチオリンピックの開催、国家ぐるみとされるドーピングの問題など、引き続き政府の意思としてスポーツによる国威発揚を目指しているように見える。

5.メダル数への投資は効率の悪い投資?

GDPや人口の単位当たりメダル数を見れば、メダル数への投資は効率が悪いことは明らかである(資料4)。メダル数で1位・2位の米国・中国は、GDP当たり・人口当たりのメダル数では最下位グループに位置する(メダル獲得数上位25か国中)。これは、チーム競技であればメダル独占が不可能で、同様の文脈で個人戦でも一種目に出場できる選手の数が国毎に限られていることなどが影響しているものと思われる。例えば、選手層の厚さから出場人数に制限がなければメダル独占が可能であっても、実際には一国から1人もしくは2人までしか出場できない種目も数多くある。

このほか、競技の特性もあろう。サッカーをはじめとした歴史・文化的背景を持つチーム競技は権威主義国が身体能力の高い選手をかき集めても一朝一夕には強化が難しいだろうし、民主主義国家やプロスポーツが盛んな国では人気スポーツに競技人口が集中するであろう。

一定以上の規模の国は、メダル獲得に効率性を求めてはいけないということである。裏を返せば、経済力が相対的に小さい国は、大国が力を入れていない競技に絞った効率的な投資が実を結ぶこともあるということになる。GDP単位当たりで効率性の高い国を見ると、キューバはプロが参加しないボクシング、ハンガリー・ニュージーランドはカヌーやボート、水球などでメダル数を稼いでいる。

6.最後に~日本のメダル数の行く末

日本の昨今の財政事情においては、厳しい国際環境のなかでも防衛費の増額ですら一筋縄にはいかず、東京オリンピック後のスポーツ予算の見通しは明るくないと思われる。人口減、経済力の相対的衰退とあいまって、東京オリンピックがメダル獲得数のピークとなる可能性も否定できない。他方で、夏冬4度のオリンピック開催にも裏付けられた国民の理解、スポーツ文化の浸透、選手層・指導者層の厚みなどのレガシーなどを活かし、資料3にあるような好循環を実現できれば、経済力というインプットが相対的に低下したとしても英国のように経済力以上の成果を出し続けることも可能かもしれない。

今回ご紹介した経済力とメダル数の相関関係は、因果関係が証明できていない相関関係に過ぎず、アスリートは自国の経済力など考えずに全力を尽くしていることは言うまでもない。東京大会も数多くの感動的なシーンがあった。相関は相関として、国威発揚・メダル数の多寡といった邪念に惑わされることなく、純粋に世界最高峰のパフォーマンスを楽しみたい。

以 上

【注釈】
1) 相関係数とは2変数間の関係の強さを表現する指標で、1から-1の間の数値を取る。1に近いほど正の相関が強く、0.7を超えると相関が強いとされる。-1に近いほど負の相関が強く、ゼロは無相関となる。

【参考文献】

  • IMF(2021)World Economic Outlook
  • United Nations(2019) World Population Prospects

石附 賢実


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。