暮らしの視点(8):親子の「程よい距離感」への新たな志向

~リアルの「近さ」がもたらす安心と自立のバランス~

北村 安樹子

目次

1.「いつも一緒志向」の変容

子や孫との関係に関する日本のシニア世代の価値観は、2000年頃から大きく変化してきた。政府が行っている国際比較調査でも、以前は「いつも一緒に生活できるのがよい」とする人が多数派を占めていたものが、欧米諸国と同じように、日本でも「ときどき会って食事や会話をするのがよい」とする「程よい距離感」の関係性を志向する人が多数派を占めるようになった(図表省略)。2015年には「ときどき会って食事や会話をするのがよい」とする人が半数を超え、「たまに会話をする程度でよい」とするさらにクールな関係性を志向する人も1割強を占めるようになっている(図表1)。

この調査が対象とする60代以上の世代は、中高年期を迎えて以降に介護保険制度が施行され、自身や家族の人生設計において、自分事としてそれらの利用を想定できるようになった。自身の老後には現役時代から自助による経済的備えを行い、公的年金収入とともに必要時には介護保険やそれらの蓄えを利用して、家族に負担をかけたくないと感じている人が多いことも、これらの意識の変化に関連していると思われる。

図表1
図表1

また、企業等で働く会社員の場合、以前の60代は、高齢期に近い位置づけのライフステージとして認識されていたと思われるが、現在では家計や働き方の面で現役時代と連続したライフステージになりつつある(注1)。このため「老後における子や孫とのつきあい方」という設問でイメージする「老後」の時期が、以前より後ろずれした時期として認識されるようになっている可能性もあるだろう。

2.同居世帯の分離志向

このようななか、図表1をみると、日本では「いつも一緒に生活できるのがよい」とする人が約3割と、アメリカやドイツ、スウェーデンといった国々と比べた場合、依然高い水準にある。これらの意識を世帯形態別に比較した結果をみると、実際には「いつも一緒に生活する」暮らしを送りながら、意識の面でもそのような関係性を志向する人がいる一方で、生活時間や関係性の面でもう少し距離を置いたライフスタイルを志向する人もいる様子が浮かび上がる(図表2)。

図表2
図表2

例えば現実と意識の一致を示す前者のような傾向は、子や孫とともに暮らす三世代世帯において最も高く、男女とも8割前後が「いつも一緒に生活できるのがよい」としている。また、孫のいない子と同居する「本人(夫婦)と子ども」の世帯でも、このような人が男性では約4割、女性では3割強を占める。これらの人は、全体のトレンドとしては減少傾向にある「いつも一緒」のライフスタイルや関係性を、意識の面でも依然支持していると考えられる。これに対して、生活時間や関係性の面でもう少し距離を置いた「ときどき会って会話や食事をする」関係性を志向する人も一定の割合を占める。このような人は、三世代世帯の2割前後、本人(夫婦)と子どもの世帯では男性で4割強、女性で6割弱を占める(注2)。

高齢期の親子同居というと、これまでは配偶者や孫のいる子世代との関係性やライフスタイルのありようが注目されることが多かった。しかしながら、ライフコースの多様化等を背景に、今後は「結婚して孫がいる子ども」という存在が、必ずしも多くの高齢者に共通するものではなくなっていく。このようなシニア世代では、別居の場合も含めて、兄弟姉妹や甥、姪といった子どもや孫以外の家族・親族、あるいは家族・親族以外の他者とどのような距離感でつきあい、どのようなつながりをもつのかが、高齢期の生活における安心感の面で重要な意味をもつ場合もあるだろう。

3.別居世帯の交流実態

また、この調査において「いつも一緒に生活するのがよい」とする人は主に80歳以上などの高齢層に多く、70代以下の世代では生活時間や関係性の面でもう少し距離を置いたライフスタイルを志向する人が多くなっている(図表省略)。一方で、高齢層の人には、別居する子どもと高い頻度で会ったり、電話等で連絡をとったりしている人も少なくない(図表3)。実態としての三世代同居や、「いつも一緒に生活する」ライフスタイルへの意識に変化がみられるなかで、別居する親子間でさまざまな形のコミュニケーションやサポートが行われている様子が浮かび上がる。

この調査が行われた2015年頃は、別居する家族・親族との連絡に、スマートフォンやパソコンを使う高齢者が現在ほど多くはなかった(図表4)。近年ではこれらの通信機器を用いて他者と通話やメールの送受信を行う人、SNS機能を利用する人が、高齢層にも増えている。次回の調査では、こうした変化の影響があらわれる可能性もあるだろう。不要不急の移動・外出や別居家族を含む他者との対面接触機会に自粛が求められる事態となった今回のコロナ禍は、高齢層を含めて、人々が他者との連絡やさまざまな情報の収集等のために、それらの手段を利用する動きを加速させたと考えられる。

図表3
図表3
図表4
図表4

4. リアルの「近さ」がもたらす安心と自立のバランス

シニア世代にとって、子が同居したり、近くに住んでいることは、何かあった場合に頼りにできる安心感がある。また、子や孫を支え続ける必要がある場合や、子や孫が望めば、できる範囲でそのような存在でありたいと考える親も、中にはいるだろう。現実には、同居していたり、近くに住んでいても、家族が助け合えるとは限らず、家族以外の多様なサポートを利用することも重要になる。

しかしながら、先の調査で近年増加する「ときどき会って会話や食事をする」関係には、何かあればすぐに会えるリアルの「近さ」がもたらす安心感とともに、互いが「程よい距離感」を保ちながら自立した生活を送ることを重視する意識が感じられる。高齢層への情報通信機器の広がりは、親子両世代の生活面の自立度を高め、家族間のサポートを行いやすくする一方、家族以外の多様なサポート手段を利用しやすくすることにもつながるだろう。それでもコロナ禍という想定外の事態を経験したいま、シニア世代が描く老後における子との関係性のありようとして、親子がそれぞれのライフスタイルを大切にしながら「程よい距離感」で支え合えると感じやすい「近居」は、1つ屋根の下に暮らす場合も含めて、根強く支持されるライフスタイルになっていくのではないか。


【注釈】

[1] 宮木由貴子・的場康子・水野映子・北村安樹子(2017)、『人生100年時代のライフデザイン』、株式会社第一生命経済研究所編、東洋経済新報社。

[2] サンプル数は限られるが、このような志向性は男性の単身世帯で最も顕著にみられ、「たまに会う程度でよい」とする人が3割強、「全くつきあわずに生活するのがよい」とする人も1割強を占める。

【参考文献】

[1] 藤崎宏子「高齢者と子どもの交流―意識と実態にみる日本の特徴」、内閣府『平成27年度 第8回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査結果』。

https://www8.cao.go.jp/kourei/ishiki/h27/zentai/index.html

[2] 澤岡詩野「子供との近居を希望する高齢者についての分析」、内閣府『平成30年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査結果(全体版)』。

https://www8.cao.go.jp/kourei/ishiki/h30/zentai/index.html

北村 安樹子


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北村 安樹子

きたむら あきこ

ライフデザイン研究部 副主任研究員
専⾨分野: 家族、ライフコース

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