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内外経済ウォッチ『欧州~一難去ってまた一難~』(2025年10月号)

田中 理

目次

懲罰的な高関税や報復の応酬を回避

1~3月期のユーロ圏経済は、米国の関税引き上げ前の駆け込み輸出と、多国籍企業の経済活動を反映したアイルランドの高成長で上振れした。4~6月期は反動で減速したものの、辛うじてプラス成長を維持している。これまで関税協議を巡る不透明感が経済活動の足枷となってきたが、米国と欧州連合(EU)は7月末に関税率などの大枠で合意した。米国は主力の自動車や医薬品を含むEUからの輸入品に最大15%の関税を課すとともに、航空機や一部の医薬品などについては米EUが相互に関税を0%にする。EUはまた、米国産のエネルギーや軍装備品の輸入拡大や米国への投資拡大を約束した。懲罰的な高関税や報復の応酬といった事態は回避されたが、欧州の輸出企業への打撃は避けられない。

米国による関税引き上げは、米国向け輸出依存度の高いアイルランド、ベルギー、オランダ、ドイツなどの景気を下押しするが、同時に関税協議を巡る不透明感の後退により、先送りされた経済活動が動き出す。自動車や医薬品など主力の輸出品に対する高関税が回避されたこともあり、深刻な景気の下押しは回避されよう。関税引き上げ前の駆け込み輸出の反動や実際の関税率の引き上げで、7~9月期の景気下押しは避けられないが、その後はインフレ沈静化と賃上げ加速による家計の実質購買力の改善、これまでの金融緩和の効果浸透、財政政策の転換などが支えとなり、ユーロ圏経済は回復軌道に復帰しよう。

図表1
図表1

リスクはフランスの政治・財政危機

景気回復を牽引するのは、ドイツの財政政策転換や欧州全体の国防費増加だ。これまで緊縮一本槍だったドイツに財政余力が生まれ、インフラ関連や国防費などに充てる。その一部は本年度の補正予算に組み込まれ、今年の終わり頃には成長率の押し上げが確認されそうだ。欧州を取り巻く安全保障環境の変化を受け、EUは加盟国の防衛力の再構築とウクライナ支援の強化を後押しする。EU債の発行を財源に加盟国に防衛力強化に充てる財政資金を提供するとともに、国防費の増加を財政規律の対象から一時的に除外する。国防費の増加による乗数効果は限られ、財政悪化懸念による長期金利の上昇で、民間の資金需要が抑制(クラウディング・アウト)される面もあるが、全体としては景気浮揚の効果が上回ろう。

不安要素もある。財政再建が遅れるフランスでは、物価上昇に合わせた年金給付額の引き上げ凍結や、経済成長率の底上げを目指して祝日を減らす政府の予算案に対して、野党勢が猛反発している。与党は国民議会(下院)の過半数を掌握しておらず、政権崩壊や財政悪化のリスクが高まっている。膠着する政治状況を打開するため、解散・総選挙となれば、極右政党の躍進が予想される。フランスの国債利回りは約16年振りの水準に上昇し、欧州債務危機の震源国であったギリシャを上回っている。フランスの財政不安が他の欧州諸国の金利上昇に波及する兆しも一部にあり、ユーロ圏の景気回復を阻害しかねない。

図表2
図表2

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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