注目のキーワード『日本版HECS(ヘックス)』/編集後記(2022年4月号)

神村 玲緒奈

目次

岸田内閣が昨年11月に公表した緊急提言では、成長戦略に向けて「人への投資」を強化する方針を示しました。その中の具体的方針の一つとして「出世払い」の仕組みの奨学金について言及されたことで、いわゆる日本版HECS(ヘックス)が今注目を集めています。

HECS(Higher Education Contribution Scheme)とはオーストラリアの制度で、一定の要件を満たした学生を対象として、大学在学中は授業料の支払いを免除し、卒業後に、所得金額に応じて一定割合(0~10%)を源泉徴収することで、授業料を徴収する仕組みです。1989年の導入後にいくつかの改変があり、現在はHECS-HELPと称されていますが、この基本枠組みは現在も続いています。

このような日本版HECSが実現すれば、家庭の経済事情によって親から進学を許されなかった子ども等が高等教育へ進学しやすくなり、教育機会がより均等になることが期待されます。また、日本版HECSは少子化の改善に対しても影響を及ぼすと考えられます。国立社会保障・人口問題研究所の調査によれば、理想の子供の数を持たない理由として「教育費がかかりすぎる」が最も多く挙がり(56.3%)、大学等の学費を考慮して子どもを持つのをためらう世帯が多いのが現状です。こうした制度が広く普及することによって、出産のハードルを下げる効果が生まれると考えられます。

一方で、日本版HECSが導入されたとしても、結局は卒業後に返済しなければならないという点では、学生の負担感が大きいのではないかという懸念の声も挙がっています。また、元々HECSは、それまで無料であった大学の授業料が有料化した際に緩和的に導入された制度である点、オーストラリア国内の大学のほとんどが国立・州立である点等、日本との違いを考慮することの重要性も指摘されています。

日本国内においては現在でも、日本学生支援機構が提供している奨学金制度の中には、所得連動型返還方式が活用できる第一種(無利子)奨学金や、返済不要な給付型奨学金等が存在しています。しかし、これらの制度は世帯収入等の条件が厳しく、対象者がごく一部に限られているのが現状です。今後も日本版HECSの議論と並行して、こうした既存の制度も含めて多様な視点での議論が必要とされています。

(総合調査部・課長補佐 神村 玲緒奈)

編集後記

4年前、「平成」という時代が終わり新しい元号とともに新たな時代が始まるという節目で平成の振返りを行った。この時代を一言で表現するとすれば、日本史的に言えばまさしく「失われた20年(30年)」となるが、世界史的には「グローバル化の時代」と言っていいだろう。

1989年のベルリンの壁崩壊、米ソ首脳によるマルタ会談(冷戦終結)、91年のソ連崩壊、92年にはマーストリヒト条約調印(93年EU誕生)、中国では鄧小平の「南巡講話」(社会主義市場経済化)があり、95年にはGATTを発展的に解消し、自由、無差別、多角的通商を謳うWTOが発足。99年に単一通貨ユーロ€が導入され、2001年には中国がWTOに加盟、経済成長が加速していくことになった。この間、関税の撤廃、輸出入の自由化だけではなく取引ルール等の共通化も進んだことから、世界は経済的な結びつきを強め、生産、販売は世界中で行われ、サプライチェーンは複雑に絡み合いながら世界経済は成長を続けた。

グローバル化により「新興国の時代」がやってきたと囃す向きもあったが、光があれば影があるのも世のならい。グローバル化と言いながら本質はアメリカ中心の「ワシントン・コンセンサス」の浸透、実現。リーマンショックの混乱を経て反グローバルのうねりが徐々に表れるようになり、終わりが意識されるようになってきた。英国のEU離脱、トランプ大統領の誕生、中国の台頭、地政学リスクの高まり。単純なグローバル化の時代は確かに終わったんだろうと思う。

次の時代の本流はどんな流れになるのか?まだ完全には見えてないが間違いなく見え隠れしているはずだ。89年以前に戻る?いやいや、戻しちゃいかんです。

(H.S)

神村 玲緒奈


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

神村 玲緒奈

かみむら れおな

総合調査部 政策調査G 課長補佐(~23年3月)
専⾨分野: 教育政策、地方創生

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ