なぜ米国大学への長期留学生は減ったのか

~長期留学を阻むTOEFL®スピーキングの壁~

神村 玲緒奈

要旨
  • 米国国際教育研究所のデータによれば、米国大学の日本人留学生数は、2007年度~2010年度前後にかけて大幅に減少し、わずか4年間で約1.2万人も減少した。学位別の内訳をみると、特に長期留学の学部生において減少が著しく、4年間で約2万人から約1万人へと半減した。
  • 筆者はこの2007~2010年度頃の大幅減少の要因の一つとして、2006年にTOEFL® CBTからTOEFL iBT®に変更されたことが影響していると考える。TOEFL®は英語圏の大学で学ぶ学生が自身の英語力を証明するテストの1つである。短期留学では不要である場合もあるが、長期留学の際には必須であり、米国大学では最もポピュラーなテストとして活用されている。
  • TOEFL iBT®ではそれまで問われていたリーディング・リスニング・ライティングに加えて、スピーキング能力が問われるようになった。日本人はスピーキングが苦手な傾向があり、このことが留学生数の減少に大きな影響を及ぼしたのではないかと筆者は考える。
  • 留学生数の減少の要因としては、米国大学の学費の高騰など他の要因も影響していると考えられる。しかし、2010年度以降も学費の高騰が続いている中で留学生数の減少が小幅に収まっている点などを踏まえると、直接的に大幅減少を説明するのは難しい。
  • コロナ禍での国際交流志向の弱体化が危惧される今、政府は実践的な英語教育に向けた抜本的改革とグローバル人材育成推進の方針を強く打ち出すべきである。
  • また、TOEFL iBT®のスピーキングでは、自分の意見を論理的に説明する力も求められる。その意味では、ディベートやディスカッションをする機会が非常に重要であり、こうした議論をする力はビジネスにおいても役立つスキルである。
  • 高等学校教育の新学習指導要領では、令和4年度から「英語表現」から「論理・表現」へと科目名が変更され、ディベート等の実践的な学習に舵を切り始めたところであり、教育現場ではこうした学習を着実に実践することが望まれる。
目次

1.はじめに~グローバル人材育成の危機的状況~

グローバル化が進展し、国際協調の必要性が高まり続ける中で、多様な価値観を尊重して受け入れ、地球規模の課題を俯瞰して考察できるグローバルな視野を持った人材の育成は極めて重要である。特に、学生時代から多様な文化・価値観に触れ、海外というアウェーな環境で苦労や葛藤を乗り越える経験をする留学生は、グローバルな視座とともに未来を切り拓く力を身に付けることが期待され、今後のSociety5.0時代においてさらに必要とされるだろう。しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大によって海外留学が大幅に制限され、日本人留学生数は大きく減少した。今年3月の日本学生支援機構の発表によれば、2020年度の日本人の海外大学留学生数(日本の大学等に在籍する主に短期留学の学生)は1,487名となり、2019年度の107,346人と比べて大幅に減少した(前年度比▲98.6%)(注1)。現在では徐々に海外への渡航が再開してきているとはいえ、国際的な人材交流が滞ってしまったことで人々のグローバル志向が弱まる危険性も危惧されている。

こうしたグローバル人材育成の危機的状況を踏まえ、本稿では長期的な視点から改めて留学に関する課題について検討する。具体的には日本人の留学先として最も多い割合を占める米国を対象として、直近20年の日本人留学生の推移を確認し、その変化要因等について検討する。

2.米国大学における日本人留学生の減少

まず、2000年度以降の米国大学における日本人留学生数の推移を確認する。米国国際教育研究所(IIE)によれば、米国大学の日本人留学生数は長期的に減少傾向にある(資料1)。2000年度当時には4.5万人以上いたものの、2004年度以降から一貫して減少傾向となり、2011年度には半数以下の2万人を下回るようになった(注2)。その後は微減傾向に留まるようになったが、2020年度には今般のコロナ禍で大きく減少した形になっている。

資料 1 米国大学の日本人留学生数の推移
資料 1 米国大学の日本人留学生数の推移

ここで注目したいのは、2007年度から2010年度にかけての急激な留学生数の減少である。わずか4年間で日本人留学生数は33,974人から21,290人まで約1.2万人減少している。この内訳を学位別にみると、特に学部の減少が顕著であり、20,831人から10,554人とほぼ半減している(資料2)。大学院についても同様に減少しており、6,878人から4,650人へ約2千人減少した。一方で、短期留学などの「学位なし」はこの期間にむしろ増加しており、その後も微増~横ばいで推移している(注3)。

資料 2 米国大学の日本人留学生の学位レベルの内訳
資料 2 米国大学の日本人留学生の学位レベルの内訳

3.TOEFL iBT®の導入とスピーキング能力

なぜ短期留学が増加している一方で、特に学部生において急激に減少したのだろうか。この要因の1つとして、筆者はTOEFL iBT®の導入が影響しているのではないかと考える。TOEFL®(Test Of English as a Foreign Language)は、米国非営利教育団体「ETS」が英語を母語としない人々を対象に、英語圏の大学や大学院への入学を目指す者の「英語で学ぶ力を測る」ことを目的に開発したテストである。これまで世界中で3,500万人以上が受験しており、世界160か国以上、11,500以上の大学・機関において入学選考や奨学金選考、単位認定など様々な場面で英語力の証明として利用されている。大学の協定に基づく交換留学など短期留学の場合はTOEFL®の得点を必要としない場合も多いが、学位取得のために長期留学するには英語力が一定レベル以上であることを証明する必要があり、TOEFL®はその手段として最もポピュラーである(注5)。

TOEFL®は1964年の開発以降、時代に合わせてテスト形式が変化しており、紙ベースで行うTOEFL®PBTからコンピューターを使用したTOEFL®CBTを経て、2005年にインターネット版としてTOEFL iBT®が導入された。日本では2006年度からTOEFL iBT®が導入され、現在までこの形式が活用され続けている。

TOEFL iBT®に変わったことによる変更点は大小様々あるが、最も大きな点としては、それまで問われていた「リーディング」「リスニング」「ライティング」(読む・聴く・書く)の3技能のスキルに加えて、「スピーキング」(話す)が追加されるようになり、英語4技能を満遍なく問われるようになったことである(注6)(注7)。「スピーキング」では、「General Description(質問への回答)」「Delivery(明瞭さ・流暢さ等)」「Language Use(語彙・表現のバラエティ)」「Topic Development(主張の展開)」の4つの項目に沿って採点が行われる。「質問への回答」や「主張の展開」のように、話している内容の説得力に関わる項目が「表現の流麗さ」「語彙・表現のバラエティ」と同格に採点されるため、単に英語が流麗に話せる能力だけでなく、ロジカルに論理展開をして自分の意見を主張し、相手が納得するように話す力が要求される。さらに、リスニングやリーディングで得た情報を瞬時に整理して自分の意見を話す問題も出題されており、英語4技能を総合的に活用するアウトプット力も求められる(注8)。

一般的な傾向として、日本人は英語4技能の中でスピーキングが最も苦手である。TOEIC®を運営する国際ビジネスコミュニケーション協会の調査によれば、英語の4技能の中で最も難しいと感じる技能として、スピーキングを選択した者は半数以上を占めている(注9)。日本人が特に苦手であるスピーキングを問われるようになったことによって、TOEFL®でハイスコアが獲得しにくくなり、長期留学のハードルが格段に上がったと考えれば、米国大学の日本人留学生数の減少も納得がいく部分もあるのではないだろうか。

2006年のTOEFL iBT®の受験者が米国大学へ入学するのは翌年の2007年度以降であり、特に学部の留学生が急激に減り始めるタイミングとも概ね重なっている。TOEFL®CBTを受けて入学した者たちが在籍している間はまだ一定規模が保てるが、毎年新たに入学する学生が減ることによって徐々に規模が縮小していく(注10)。そして2005年にTOEFL®CBTを受けて入学した学部の留学生(2006年入学)たちが概ね4年間で卒業することを考えれば、2010年ごろまでにはTOEFL iBT®に変わった影響が一段落し、留学生の急速な減少が収まるといった具合である。

資料 3 米国大学の年間授業料の推移
資料 3 米国大学の年間授業料の推移

当然、日本人留学生の減少にはその他の要因もある程度関係しているだろう(注11)。例えば、留学生の減少要因としてしばしば米国大学の学費の高騰が挙げられる。確かに、米国大学では特に私立大学において年々学費が高騰しており、日本の学費と比べても高い傾向にある(資料3)(注12)。留学中の生活費なども含めると、4年間の留学は高額となってしまい、経済的な負担から留学を諦めてしまうケースも多い(資料4)。

資料 4 海外留学に興味のある大学生が海外留学を諦める理由
資料 4 海外留学に興味のある大学生が海外留学を諦める理由

しかし、2011年度以降にも米国大学の学費が上がり続けている一方で、日本人留学生の減少傾向が緩やかになり、近年では横ばいに推移していることを踏まえると、2007年度以降の留学生の大幅減少を説明することは難しい。この他にも、留学生の減少には様々な要因があると思われるが、少なくとも2007年度以降の一時的かつ急激な変化を説明する上でTOEFL iBT®が大きな影響を与えた可能性は十分あると筆者は考える。

4.おわりに~英語教育改革と論理的説明力の育成

冒頭にも述べた通り、グローバル化が進む中、グローバル人材の育成はますます求められるようになっており、その主要な機会である留学も引き続き重要となるだろう。また、留学は個人の能力の成長という人材育成の観点のみならず、留学先で出会う世界中の人々との人脈などといったコミュニティや繋がりの面でも大きな意義がある。こうした繋がりは、共に学ぶ期間が長い長期留学の方が短期留学よりも形成しやすいだろう。

一方で、留学を望む日本人の学生が語学力、特にスピーキングがネックとなってTOEFL®等の試験でハイスコアが獲得できず、留学できないといった事態が起こっているとすれば、国にとっても貴重な能力やコミュニティを持つ人材を育てる機会を失うことになる。スピーキングを中心として、アウトプットを重視した実践的な英語教育が必要であり、初等中等教育から抜本的な改革が求められる。また、コロナ禍で海外への志向が弱まりかねない現状を踏まえれば、政府はグローバル人材育成推進の方針を今こそ強く示していくことが必要ではないだろうか。

また、TOEFL iBT®のスピーキングでは、先述の通り自分の意見を論理的に説明する力も求められる。正解も不正解もないトピック(例:長時間労働で高収入と、短時間労働で低収入どちらが良いか、等)に対して、即座に自分の立場や考えを決め、それに合わせて論理的に説明するには、日本語でも訓練をしなければ容易ではないだろう。学校教育においては、ディベートやディスカッションなどをする機会をさらに増やしていくことが肝要である。

さらに言えば、こうした決断力や論理的説明力はスピーキングのテストのみならず、一般社会で働く上でも役に立つ。ビジネスの世界ではまさに、端的な説明による意見交換を基にして、スピーディーな意思決定をしなければならない。この意味で、ディベート等の教育は産業界全体にも繋がる重要な学習だと言えるだろう。

令和4年度から新たに適用される高等学校教育の学習指導要領(平成30年告示)では、従来の「英語表現」から「論理・表現」へと科目名が変更され、スピーチ、プレゼンテーション、ディベート、ディスカッション等の実践的な英語力に重点が置かれるようになるなど、論理力の育成に向けて舵を切り始めたところである。教育現場にはこの学習指導要領に基づいた教育を着実に実践していくことが強く望まれる。また、先述の通りビジネスの世界において論理的説明力が日々発揮されていることを踏まえれば、企業人の非常勤講師の活用等、産業界とうまく連携することも有効な手段だと言えるだろう。産学が一体となって、日本の将来を担う人材を育成していくことが引き続き求められる。

以 上

【注釈】
1)日本の大学等に在籍している学生のうち、大学等が把握している海外留学生が対象。海外の大学に在籍している日本人は日本の大学等や日本学生支援機構が把握していないため、この数字には含まれない。

2)ここでいう年度は米国のアカデミックイヤーであるため、9月から始まっている点に留意されたい。(2020年度は2020.9-2021.5の9カ月)。

3)なお、IIEのデータでは一時点での短期留学生の数のみが集計されているため、年間を通した短期留学者の数はこれよりも多い点には注意されたい。独立行政法人日本学生支援機構「日本人学生留学状況調査結果」によると、日本の大学に在籍している米国大学への短期留学生は、2019年度は18,138人となっており、IIEの2019年度4,621人(区分「学位なし」)と比べて大幅に多い。また、同調査によれば米国大学への短期留学生は2018年度までは増加傾向であった。2008年度時点で6,403人だったが、2018年度には19,181人と約3倍まで増加した。

4)OPT(Optional Practical Training)とは、学生ビザ(F-1)で1年以上就学している学生が専攻した分野と関連のある職種で、企業研修を行うことができる制度。学位ごとに1年間の適用期間がある。

5)イギリスやオーストラリア、カナダ等ではTOEFL®ではなく主にIELTS(アイエルツ)が利用される。TOEFL®がアメリカ英語のみの出題であるのに対し、IELTSはイギリス英語を中心にグローバルな英語が出題される傾向がある。IELTSの試験内容はTOEFL®同様に英語4技能を問われる試験内容であり、スピーキングテストも実施される。TOEFL®が機械に向かって話したものを録音する形式(注6参照)であるのに対し、IELTSでは面接官と対面で話す形式で実施される。これまで米国大学ではTOEFL®が必須という大学が多かったが、近年ではIELTSも認める大学が増えてきている。

6)TOEFL iBT®では各セクションが30点満点の合計120点満点でスコア化される。スピーキングは受験者の回答が録音され、インターネットを通じて複数の採点者とAIによってスコア化される。

7)その他の変更点としては、例えば日本人が従来得意としていた文法問題のセクションが廃止になった点がある。このことによるTOEFL®スコアの低下も留学生減少に影響した可能性も考えられる。

8)なお、ライティングにおいても同様にリーディングやリスニングを通じて得た情報を基に書く問題が出題されており、TOEFL iBT®全体を通じて総合的な英語力と実践的なアウトプット力が求められる。

9)一般社団法人国際ビジネスコミュニケーション協会「英語のスピーキングに関する実態と意識(2020)」において、「英語の4技能のうち最も難しいもの」の結果は以下の通り。スピーキング(55.8%)、リスニング(27.6%)、ライティング(11.8%)、リーディング(4.8%)。なお、調査対象は20代~50代のビジネスパーソン (会社経営者・正社員、公務員、団体社員)かつ現在、学習方法は問わず英語学習をしている人(男女500人)。

10)TOEFL®CBTのスコアの発行自体は2008年まで実施されているため、それまでの入学者には一定数TOEFL®CBTスコアによって入学している可能性がある。

11)本文記載以外の要因としては、米国以外への留学人気上昇などによる米国への留学者の減少、国際的な治安悪化による海外渡航への不安増加、リーマンショックの影響による経済状況悪化、等が挙げられる。

12)例えば、2017年時点の米国の私立大学の年間学費(全国平均)は30,722ドル(約337万円)であり、同年時点での日本の初年度の年間学費(入学金と年間授業料合計)の平均額(国立(81.8万円)、公立(93.3万円)、私立(133万円))と比べて高額になっている。

【参考文献】

  • 文部科学省(2022)「『外国人留学生在籍状況調査』及び『日本人の海外留学者数』等について」
  • 独立行政法人日本学生支援機構(2022)「2020(令和2)年度日本人学生留学状況調査結果」
  • 文部科学省「諸外国の教育統計」
  • 文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 外国語編 英語編」
  • 一般社団法人日本経済団体連合会(2022)「新しい時代に対応した大学教育改革の推進-主体的な学修を通じた多様な人材の育成に向けて-」
  • 米国国際教育研究所「Open Doors」
  • 一般社団法人国際ビジネスコミュニケーション協会(2020)「英語のスピーキングに関する実態と意識」
  • ETS(2021)「Test and Score Data Summary 2020」
  • 太田(2011)「なぜ海外留学離れが起こっているのか」
  • 小林(2011)「日本人学生の海外留学阻害要因と今後の対策」ウェブマガジン『留学交流』2011年5月号Vol.2

神村 玲緒奈

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