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2025.05.08
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マレーシア中銀、景気下振れリスクを認識しつつ慎重姿勢を維持
~成長率見通しの下方修正検討も、外需依存度の高さから国際情勢に揺さぶられる展開は続く~
西濵 徹
- 要旨
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- マレーシア中銀は8日の定例会合で政策金利を12会合連続で3.00%に据え置いた。足元の物価は落ち着いているが、リンギ相場の不安定さやインフレ懸念を理由に中銀は引き締め姿勢を維持してきた。コロナ禍以降の財政悪化を受けた増税や補助金削減の動きも物価に影響することを警戒しているとみられる。
- 一方、米トランプ政権の関税政策により世界経済の不透明感は強まっている。足元では米中貿易協議など関係改善の兆しはあるが、行方は見通せない。それ以外の国との貿易協議も内容は不透明である。マレーシアは他のASEAN諸国に比べて関税率は低いが、対米輸出への依存が高く、その影響は免れない。
- このような状況にもかかわらず、足元の国際金融市場では米ドル安を追い風にリンギ相場は底入れしている。ただし、中銀は引き続き慎重な政策スタンスを維持し、外需や商品市況による下振れリスクを注視する。中銀は成長率見通しの下方修正を検討しているが、国際情勢次第では不透明な展開が続くと見込まれる。
マレーシア・ネガラ・銀行(中銀)は、8日に開催した定例の金融政策委員会において、政策金利を12会合連続で3.00%に据え置く決定を行った。足元の物価を巡っては、商品高の一巡に加え、中銀がコロナ禍一巡後の引き締め姿勢を長期にわたって維持してきたこともあり、比較的落ち着いた推移をみせている。こうした状況にもかかわらず、中銀が引き締め姿勢を維持してきた背景には、ここ数年の国際金融市場での米ドル高を受けて通貨リンギ相場は調整圧力に晒されるなか、輸入物価の押し上げによるインフレが警戒されたことがある。さらに、コロナ禍を経て同国の公的債務残高は法定上限(GDP比65%)近傍で推移するなど財政余力が著しく低下している。結果、アンワル政権は財政の持続可能性向上を目的とする増税や補助金削減などを打ち出しており、物価への影響が懸念されている。

こうしたなか、足元の世界経済や国際金融市場は米トランプ政権の関税政策に揺さぶられている。米トランプ政権はすべての国に一律で10%とした上で、一部の国を対象に非関税障壁を元に上乗せ分を追加する相互関税を課す方針を示した。先月に米トランプ政権は一律分と上乗せ分を一旦発動するも、直後に中国を除いて上乗せ分の発動を90日間延期した。他方、中国は報復措置に動いた結果、米国との報復合戦の様相を呈し、米国は145%、中国は125%と互いに高関税を課す貿易戦争に発展した。足元では米国の対中姿勢に軟化の兆しがみられるとともに、米中による直接協議が行われる見通しが明らかになるなど、事態がさらに悪化する懸念は後退している。さらに、米国は各国との貿易協議を進めており、一部の国との間で合意が近付いているとの見方を示すなど一定の前進をみせている模様である。ただし、協議の内容は依然として不透明である上、米国が譲歩する代わりに各国に対してどのような条件を提示しているかも見通せない状況が続いている。
こうしたなか、米国はマレーシアに対する相互関税率を24%としており、他のASEAN主要国(ベトナム(46%)、タイ(36%)、インドネシア(32%))と比較して低めに設定している。ただし、マレーシアにとって対米輸出額は名目GDP比で1割以上に達するため、仮に相互関税の上乗せ分が発動されれば相応の悪影響は避けられない。さらに、同国ではここ数年、中国経済の頭打ちを反映して対中輸出は鈍化する一方、ここ数年の米中摩擦激化の背後で対米輸出は拡大の動きを強める対照的な動きをみせてきた。先月には、中国の習近平国家主席が同国を含むASEAN3ヶ国を歴訪し、同国との首脳会談では多岐にわたる分野での協定が調印されるなど、経済協力の加速で合意した模様である。しかし、上述のようにここ数年の対中輸出は頭打ちしてきたほか、足元の中国では内需を中心とする需要不足が経済の足かせとなっていることに鑑みれば、対中輸出の大幅な増加は期待しにくい。このように経済の先行きに対する不透明感は極めて高いものの、このところの国際金融市場では米トランプ政権による貿易協議への期待に加え、『米国離れ』の動きを反映した米ドル安の動きも追い風にリンギ相場は底入れの動きを強めている。

足元のリンギ相場を取り巻く環境に変化の兆しがうかがえるものの、中銀は引き続き慎重姿勢を維持している。会合後に公表した声明文では、世界経済について「米国の関税措置やそれに対する報復の動きが景気と貿易の見通しを悪化させている」とした上で「貿易交渉や地政学リスクなどの不確実性も影響して国際金融市場のボラティリティを高める懸念もくすぶる」との見方を示している。一方、同国経済について「先行きは貿易摩擦の激化や世界的な政策の不透明感が外需に影響を与える」ものの、「電子部品への需要や観光が輸出を下支えするとともに、堅調な内需も景気を支える」としつつ、「貿易相手国の景気減速、不確実性による消費や投資意欲の減退、想定を下回る一次産品の生産減少に伴う下振れリスクが懸念される」としている。また、物価動向について「商品市況が下落基調にあり、こうしたなかで政策が物価に与える影響は限定的と見込まれる」とした上で、「政策の波及効果や世界的な一次産品価格、金融市場を巡る動向、貿易政策の行方がリスク要因になる」との見方を示す。そして、リンギ相場についても「引き続き外部要因に左右される」としつつ、「好調な景気見通しと構造改革、資金流入促進への取り組みが持続的な下支え要因になる」としている。政策運営については「現行の金利水準は引き続き景気を下支えするとともに、物価と景気見通しと整合的」とした上で、「下振れリスクを認識しつつ、物価安定と持続可能な経済成長を目指すべく適切なものとする」との従来からの考えを繰り返しており、先行きも慎重な政策運営を維持する可能性が見込まれる。中銀は、定例会合を前に今年の経済成長率見通し(+4.5~5.5%)の下方修正を検討している旨を明らかにしている。当研究所は2月時点においてその下限の実現も難しいとしたが、貿易協議の動向に左右される展開が続くであろう。
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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