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2025.05.07
アジア経済
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中国人民銀行が本格緩和、貿易協議を前に景気下支えを模索か
~米中に「雪解け」の兆しはあるが過度な期待は禁物、こう着状態が長期化する可能性にも要注意~
西濵 徹
- 要旨
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中国人民銀行は、米中貿易摩擦の経済への悪影響に対応すべく、預金準備率や政策金利などを引き下げる全面的な金融緩和を発表した。これは、トランプ関税により中国経済の減速懸念が高まるなか、内需喚起の必要性が高まっていることを反映している。他方、過去の米ドル高に伴う人民元安局面では資本流出懸念を理由に、中銀は金融緩和に慎重な姿勢をみせてきた。しかし、足元では金融市場での「米国売り」を受けて人民元安への警戒感が低下しており、結果的に今回の緩和決定を後押しした可能性が考えられる。
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米中摩擦は激化の一途を辿ってきたが、米国の対中姿勢に軟化の兆しが出ており、中国側にも変化の兆しがみられた。両国による貿易協議が予定されるなか、今回の金融緩和決定は中国が協議での安易な妥協をせず、国内経済の下支えに注力する姿勢を示している可能性がある。ただし、中国経済の根本的な問題は需要不足にあるなか、金融緩和の効果は未知数である。足元では雇用不安による個人消費の低迷に加え、不動産市況の低迷によるデフレ圧力も残る。今回の金融緩和は、米中協議の長期化を見据えた一時的な措置に過ぎず、中国経済の本格的な回復には繋がらない可能性があり、過度な期待は禁物である。
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中国人民銀行(中銀)の潘功勝行長(総裁)は、7日の記者会見において金融緩和の方針を示した。具体的には、今月15日付で預金準備率を50bp引き下げて金融市場に約1兆元の流動性を供給するとともに、昨年10月に導入した資本市場支援策の総枠を8000億元に拡大するとした。さらに、8日付で政策金利である7日物リバースレポ金利を10bp引き下げ1.40%に、常設貸出金利もすべての期間で10bp、7日付で再貸出金利をすべての期間で25bp引き下げる。さらに、一部の住宅購入者を対象とするローン金利も引き下げるなど、全面的な金融緩和に舵を切るとしている。
このところの中国経済は、米トランプ政権による関税政策に揺さぶられている。米トランプ政権はすべての国に一律で10%の関税を課し、一部の国を対象に非関税障壁に応じて関税を上乗せする相互関税を課す方針を示した。先月初めには一律部分に加えて上乗せ部分を一旦発動させるも、直後に中国以外の国に対する上乗せ分の発動を90日間延期させた。一方、中国はトランプ関税に対して報復措置を取ったため、米国は中国に対する上乗せ分を引き上げ、その後も両国は報復措置を応酬した。結果、米中双方の関税率は米国が145%、中国が125%とともに高水準となるなど貿易戦争に突入している。なお、トランプ関税に伴う中国経済への直接的な影響は輸出だけで名目GDP比4%以上に達すると見込まれ、中国当局は今年の経済成長率目標を5%前後とするなかでその実現のハードルは高まっている。よって、中国当局は昨年後半から実施中の家計部門への耐久消費財の買い替え促進策や、企業部門への大規模設備更新支援の拡充など内需喚起を目的とした財政支援を強化させている。

さらに、昨年末に開催された党中央政治局会議において金融政策の方針を『適度に緩和的』にシフトさせた。これは、世界金融危機直後の2009~10年にかけて以来となるスタンス変更であり、その後の金融市場では中銀がいつ金融緩和に舵を切るかが注目された。中銀は度々金融緩和を仄めかす動きをみせるも、実際には具体的な動きに繋がらない展開が続いた。この背景には、過去数年の国際金融市場では米ドル高が意識されてきたなか、仮に中銀が金融緩和に舵を切れば資本流出を後押しして人民元相場の調整が加速するなど、その弊害を警戒していた可能性がある。しかし、このところの国際金融市場では、トランプ関税を巡る不透明感をきっかけに米国株、米ドル、米国債のすべてに売り圧力が掛かる『米国売り』が顕在化しており、人民元安への警戒感が薄れている。こうした状況が中銀による金融緩和を後押ししたと考えられる。

なお、上述のように米中貿易摩擦は激化の一途を辿る一方、米国政府は関税賦課による価格上昇を懸念して、中国から輸入するスマートフォンなどへの相互関税の適用を除外するなど、対中政策は揺れ動いた。さらに、その後もトランプ氏は中国への関税引き下げを仄めかすとともに、米中間で協議が進んでいると述べるなど対中姿勢の軟化を示唆する動きをみせた。米トランプ政権内からも、ベッセント財務長官が米中の緊張緩和が必要との認識を示すなど、米国の対中政策の変化がうかがえる動きもみられた。他方、中国政府は表面上こそ強硬姿勢を維持するも、米国から輸入する一部の財を対象に報復関税の対象から除外するなど、態度が変化しつつある兆しがみられた。こうしたなか、米国政府はベッセント氏とグリアUSTR(米通商代表部)代表がスイスに訪問して中国政府高官と会談することを明らかにし、中国政府も何立峰副首相がスイスを訪問してベッセント氏と会談することを明らかにするなど、初めての貿易協議が行われる見通しとなっている。こうしたタイミングでの中銀による全面的な金融緩和の発表は、今後行われる貿易協議での安易な妥協に動くことなく、実体経済の下支えに注力する可能性を示唆したと捉えられる。他方、昨年末以降の金融政策の緩和シフトにもかかわらず、金融市場におけるマネーの流通量は一時的に底入れするも力強さを欠くなど資金需給はタイトな状況が続いており、景気下支えの観点から一段の金融緩和が必要であったことは間違いない。

ただし、足元の中国経済の問題は需要不足にあることを勘案すれば、金融緩和を通じて事態打開に繋がるかは見通しが立ちにくい。足元の企業マインドは米中摩擦の激化を受けて雇用調整の動きを強めており、コロナ禍以降における若年層を中心とする雇用回復の遅れが個人消費の足かせとなるなか、需要サイドを取り巻く状況は一段と厳しさを増すことも予想される。さらに、不動産市況の調整による資産デフレがディスインフレ圧力の元凶となるなか、雇用回復の遅れも重なる形での需要低迷が市況の重石となることも見込まれるとともに、幅広い経済活動の足かせとなる懸念もくすぶる。今回の中銀による全面的な金融緩和の決定は、米中協議の長期化を念頭にした『時間稼ぎ』に繋がると捉えられるものの、中国経済の本格的な回復に繋がるものでないことに留意する必要がある。その意味では、中国経済に対する過度な期待を抱くことは難しいのが実情であろう。
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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