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2024.06.05
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インド総選挙、与党連合過半維持もBJP議席減、モディ政権とインド経済は
~モディ政権は3期目入りも求心力低下必至、内向き姿勢が強まり同国への見方の修正も必要か~
西濵 徹
- 要旨
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- インドでは4日に議会下院総選挙の一斉開票が行われた。事前の世論調査では与党BJPの勝利が見込まれたが、BJPの獲得議席数は240と大幅に減少して単独過半数を下回るも、与党連合全体では半数を維持した。モディ首相は勝利宣言を行い政権3期目へ意欲をみせるが、求心力の低下は避けられず、内向き姿勢を強めるとみられる。今回の総選挙では与党の大票田であった農村部で議席を失うなど、来月公表する今年度本予算案ではバラ撒き姿勢が強まると予想される。金融市場では政権3期目は構造改革を期待する向きがみられたが、見通しは立ちにくくなっている。中長期的に人口増が期待されるなど経済成長へのストーリーは描きやすいが、その行方はモディ政権の舵取りに掛かっている。他方、内向き姿勢が強まるなかで外交政策の重心がずれることで国際場裏での同国の在り様が変化する可能性もある。金融市場は些か同国に対する過大な期待を抱いていた可能性があり、「身の丈」への修正が求められると言えよう。
インドでは4月19日から計7回に分けて連邦議会下院(ローク・サバー)総選挙が実施され、6月1日に最終回が終了するとともに4日に一斉開票が行われた。今回の総選挙は10年に亘るモディ政権による政権運営、および最大与党BJP(インド人民党)を中心とする与党連合(NDA(国民民主同盟))に対する審判の意味合いがある。その上、前回総選挙では野党共闘に失敗したことで与党が地滑り的な勝利を収めるなど実質的に利する結果を招いたため、今回は最大野党の国民会議派をはじめとする政党がINDIA(インド全国発展包摂連合)を形成して与野党が正面から激突する形で選挙戦が展開された。これは、総選挙において議会下院の定数545議席のうち543議席を単純小選挙区に基づく直接投票によって選出する選挙制度が影響している。事実、2019年の前回総選挙でBJPは303議席と単体で半数を上回る議席数を獲得したものの、得票率は37.36%と2014年時点(31.00%)から+6.36pt上昇するも50%には遠く及ばない水準にあり、地滑り的な勝利は選挙制度によってもたらされたと捉えられる。このことは、国民会議派の2019年総選挙における得票率は19.49%とBJPの半分近くに達しているにも拘らず獲得議席数は52議席とBJPの6分の1程度に留まったことでも明らかである。その意味では、今回の総選挙では野党共闘が実現したことで与党BJPやモディ政権は危機感を強め、直前にはBJPの支持母体であるRSS(民族義勇団)に配慮する形でナショナリズムの高揚に訴える動きのほか(注1)、野党連合の有力指導者のひとりであるデリー首都圏首相のケジリワル氏が汚職容疑を理由とする突然の逮捕により締め付けの動きを強めるなど(注2)、総選挙での勝利に向けて『なんでもあり』の動きがみられた。モディ首相は今回の総選挙においてBJP単独で370議席、NDA全体では400議席を確保するなど一段と議席を積み増す姿勢をみせており、一連のなりふり構わぬ姿勢も奏功する形で事前の世論調査ではBJPの支持率が最終盤に掛けて上昇する動きが確認されたほか、前回総選挙から議席を一定程度積み増すとの見方が示されてきた。他方、今年の暑季は例年を上回る熱波が発生しており、選挙期間中も死者が発生するほどの酷暑に見舞われており、投票行動に少なからず悪影響を与えることが懸念されたものの、投票率は66.33%と前回総選挙(67.40%)からわずかな低下に留まるなど影響は微々たるものに留まったとみられる。よって、出口調査段階ではBJPを中心とする与党連合のNDAが前回総選挙同様に地滑り的な勝利を実現するとの見方が強まる一方、同国の出口調査を巡ってはその精度に度々疑義が示されることが少なくなかったなか、蓋を開けるとまったく異なる結果がもたらされている。
選挙管理委員会の集計ではBJPの得票率は36.56%と前回総選挙から▲0.80ptとわずかな低下に留まるも、獲得議席数は240(改選前比▲63)と大幅に議席を減らすとともに、単独過半数(273議席)をも下回るなど選挙としては『惨敗』と捉えられる結果に終わった。NDA全体では294議席と半数を上回る議席数を確保しており、モディ首相はこれを以って勝利宣言を行ったものの、上述のようにNDA全体で400議席獲得を目標に掲げてきたことを勘案すれば、『選挙の強さ』を拠りどころにしたモディ氏の求心力低下は避けられない。他方、国民会議派の得票率は21.19%と前回総選挙(19.49%)から+1.70pt上昇したが、獲得議席数は99(改選前比+47)とほぼ倍増するとともに、INDIA全体でも235議席を獲得して改選前から大幅に議席数が増加するなど善戦した。与党が想定外の苦戦を強いられた背景には、与党が大票田としてきたいわゆる『ヒンディー・ベルト』と称される同国北部ウッタルプラデシュ州や西部マハラシュトラ州など農村地帯で相次いで議席を減らしたことが影響している。政権や与党はモディ政権下でのインフラ投資の拡充や製造業振興などを通じた経済成長の実現という実績のほか、多数派であるヒンドゥー教徒の票の取り込みなどナショナリズムの高揚による選挙戦を展開してきた。ただし、ここ数年は高い経済成長を実現するも、モディ政権下でGDPに占める製造業比率は低下が続いて若年層を中心とする雇用機会は乏しいほか、異常気象の頻発による農業生産の低迷が続く一方、ウクライナ戦争をきっかけに肥料価格が急騰するなど農業従事者は極めて厳しい状況に直面しており、社会経済格差の拡大が社会問題化している。さらに、インフレはモディ政権が農作物の実質禁輸により国内供給を優先する姿勢をみせたことで一見落ち着いた動きをみせているが、足下では食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とする物価上昇が続いており、低所得者層や貧困層を取り巻く環境は厳しい状況に置かれている。こうしたなかで『モディ人気』だけを頼りにした政権運営は曲がり角を迎えていると捉えられる。今後の政権運営ではNDA内の地域政党に対する配慮の度合いが増すことは避けられない上、農村部や低所得者層、貧困層を強く意識した内向き姿勢の強い動きに傾く可能性に留意する必要がある。2月にモディ政権が公表した今年度(2024-25年度)の暫定予算はバラ撒き志向を抑えるなど総選挙に対する自信を示したものとみられたが(注3)、来月公表予定の本予算案では一転してバラ撒き志向が強まることが予想されるとともに、財政面でのリスクが高まる可能性がある。とりわけ今回の総選挙で議席を減らした西部マハラシュトラ州では10月に州議会選挙が予定されており、政権与党の座を維持すべく注力することが予想される。また、金融市場においては政権2期目に停滞した構造改革が再び勢いを取り戻すとともに、世界的なサプライチェーン見直しの動きが同国への注目を高めるなかで対内直接投資の受け入れ拡大や雇用機会の拡大を通じて経済成長が押し上げられるとの期待は高い。インドの人口は昨年中国を上回り世界最大となり、人口に占める若年層比率が高く2040年台半ばまで人口ボーナスを享受できるなかで家計消費を中心とする内需が経済成長のけん引役になるとの『ストーリー』は描きやすいものの、その実現に向けたハードルは依然山積している。対内直接投資の受け入れ拡大へは依然として不足が指摘されるインフラの拡充のみならず、朝令暮改が相次ぐ法制度の運用、硬直的な労働法制や土地法制などの問題も指摘されているが、求心力の低下が懸念されるなかでモディ政権がこうした課題の解消に動くことができるかは極めて不透明である。さらに、モディ政権による強権的な政治手法を巡っては国内外で批判が高まる一方、コロナ禍やウクライナ戦争を機に世界では欧米などと中ロとの分断の動きが広がるなか、インドはいわゆる『グローバルサウス』の盟主を自任するとともに中間派として欧米などと中ロと等距離外交を展開して実利優先を目指す姿勢を隠さず、国際場裏ではそうした動きへの批判もみられた。しかし、求心力低下により内政重視姿勢が強まれば、外交政策の重心がずれるとともに、同国に対する見方にも少なからず影響を与える可能性もある。金融市場においては通貨ルピー、株式、債券の動きが大きく動揺しているものの、中長期的にみれば経済成長に向けた潜在力や材料が揃っていることは違いがない一方、金融市場が描いたストーリーに疑念が生じる余地が生まれていることは、とりわけこれまで株価が上昇基調を強めてきたなかで方向感に影響を与える可能性に留意する必要がある。GDP統計を巡る不透明さを含め、インドに対して抱いてきた過大な期待を『身の丈』に修正する必要性が高まっていることは間違いないであろう。




注1 3月12日付レポート「インド・モディ政権、総選挙を前に再び「ナショナリズムの高揚」に訴える」
注2 3月25日付レポート「インド、総選挙を前に野党指導者が逮捕、「締め付け」の動きが一段と強まる」
注3 2月2日付レポート「インド・モディ政権、総選挙に自信か、2024-25年度予算はバラ撒き姿勢を抑制」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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