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2026.02.27
アジア経済
財政・税制
タイ経済
高市政権
衆議院選挙
付加価値税は一度引き下げると再引き上げは難しい?-タイの場合
~タイ独自の事情を勘案する必要はあるが、「時限措置」が30年以上続く異常事態が続いている~
西濵 徹
- 要旨
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日本では、衆院選を機に主要な与野党ともに消費税減税を掲げ、政府も関連制度の検討を開始した。しかし、時限措置による減税は「再引き上げが困難」との懸念があり、その事例としてタイのVATを取り上げる。
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タイは、1992年に二重課税解消などを目的にVAT(法定税率10%)を導入した。しかし、1997~98年のアジア通貨危機による景気悪化を受けて、1999年に「1年間の時限措置」として実効税率を7%に引き下げた。しかし、その後も延長が繰り返され、現在も実効税率の7%が維持されている。
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過去には、少子高齢化の進展やそれに伴う財政悪化への懸念から、法定税率への回帰が度々議論されてきた。しかし、不安定な政局、コロナ禍からの景気回復の遅れ、増税時に必要となる総合的な政策パッケージのコストといった複合的な要因などを理由に、実現のハードルが高い状況が続いてきた。
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上院では、段階的な税率引き上げを求める動きもみられる。しかし、政府は当面7%を維持する方針を明言している。その一方、少額輸入貨物へのVAT課税開始のほか、2030年までに法定税率10%への段階的な引き上げ計画を示している。とはいえ、「時限措置」が30年以上続く状況は、再引き上げのハードルの高さを改めて示しており、日本で行われる議論にも示唆を与えるものと捉えられる。
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2月8日に実施された衆議院総選挙では、与野党問わずほぼすべての政党が消費税減税を経済政策の柱に掲げた。総選挙を経て、政府は、消費税減税や給付付き税額控除の実現に向けた「社会保障国民会議」を設置し、今夏までに中間取りまとめを行ったうえで、早期の法案提出を目指す考えを示している。与党・自民党は、2年間の時限措置として食料品を対象とする消費税をゼロとすることを公約に掲げているが、その実現に向けては様々な検討課題が存在する。また、時限措置としての消費税減税については、「一度引き下げると再び引き上げるハードルが高い」という議論もある。その事例として、タイで導入されている付加価値税(VAT)を紹介したい。
タイでは、長らく取引の各段階で売上高全体に対する営業税が課されてきたものの、経済の国際化が進展するなかで、二重課税が生じることが課題とされてきた。こうしたなか、産業構造の転換と近代化を目的に、1992年に営業税に代わる形で付加価値部分にのみ課税する付加価値税(VAT)を導入し、当初は法定税率を10%(国税9%、地方税1%)と定めた。タイのVATは、負担者は最終消費者であるものの、登録事業者に納税義務があり、インボイス方式が採用されている点で日本の消費税と類似している。しかし、タイは1997~98年に発生したアジア通貨危機の「発端」となり、深刻な景気悪化に見舞われた。これを受けて、政府は1999年に「1年間の時限措置」として実効税率を7%(国税6.3%、地方税0.7%)に引き下げる決定を行った。しかし、その後も勅令布告などを通じて時限措置は延長されており、2026年9月まで実効税率は7%に据え置かれることが決まっている。
過去には、実効税率を廃止して法定税率に戻す議論が度々行われてきたものの、結果的に四半世紀以上にわたって時限措置が繰り返される「異常事態」が続いている。タイでは、急速な少子高齢化にコロナ禍が重なる形で2020年を境に人口減少局面に突入、社会保障費の増大による財政負担が増しており、中長期的な財政の持続可能性の観点から税財政改革が急務となっている。一方、タイの政局は長らく不安定な状況が続いており、歴代政権が政治的なハードルの高い増税に消極的な姿勢をとってきたことは否定できない。さらに、タイはASEAN(東南アジア諸国連合)主要国のなかでコロナ禍からの景気回復が最も遅れており、早期の景気回復を目指す歴代政権にとっては、家計負担の増大に加え、観光関連産業への悪影響も懸念される増税の判断を下しにくい状況にある。仮に実効税率を廃止する場合、給付金や補助金、低所得者対策、物価対策など総合的な政策パッケージを準備する必要があり、結果的に追加的な政策コストが低い実効税率が用いられている事情もある。
前述したように財政の持続可能性向上が喫緊の課題となるなか、上院(元老院)においてはVATを段階的に法定税率に戻す案などを提案する動きがみられた。なお、今月実施された下院(人民代表院)総選挙では、アヌティン政権を支える最大与党・タイの誇り党が議席を大幅に積み増し、連立政党を合わせると安定多数を確保するなど政権基盤が強化され、政局の安定が期待される状況にある(注1)。しかし、政府は、元老院内での議論に懸念を呈するとともに、向こう2~3年は実効税率を7%に維持することを明言するなど、当面は現状維持の状況が続く見通しである。なお、実効税率の廃止は見送られたものの、税収確保の観点から、2026年1月からはこれまで免除とされてきた1,500バーツ以下の少額輸入貨物に対してVAT(7%)が課税された。中国などからの安価な輸入品への対抗に加え、国内企業の保護を含めた目的もある。さらに、政府は、2028年末までに実効税率を8.5%まで引き上げるとともに、2030年までに実効税率の廃止を目指す考えを2025年末に示している。とはいえ、「時限措置」が30年以上にわたって維持される状況は変わらず、そのハードルの高さがあらためて浮き彫りとなった格好である。日本国内における議論も、こうした事情を十分に勘案する必要があると言える。
注1 2月9日付レポート「タイ総選挙、ナショナリズムを追い風に与党・誇り党が大勝」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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阿原 健一郎

