良い「悪い雇用統計」 日銀の利上げよりも強力な円高要因

藤代 宏一

要旨
  • 日経平均は先行き12ヶ月41,000程度で推移するだろう。
  • USD/JPYは先行き12ヶ月145程度で推移するだろう。
  • 日銀は、10月に追加利上げを実施するだろう。
  • FEDは9月に利下げを開始、FF金利は年末に5.25%(幅上限)への低下を見込む。
目次

金融市場

  • 前日の米国株は上昇。S&P500は+1.0%、NASDAQは+1.2%で引け。VIXは13.5で不変。
  • 米金利はツイスト・フラット化。予想インフレ率(10年BEI)は2.347%(▲1.1bp)へと低下。 実質金利は2.138%(▲1.0bp)へと低下。長短金利差(2年10年)は▲34.7bpへとマイナス幅拡大。
  • 為替(G10通貨)はJPYが最強。USD/JPYは154へと低下。コモディティはWTI原油が78.5㌦(+0.4㌦)へと上昇。金は2331.2㌦(+22.6㌦)へと上昇。

米国 イールドカーブ、名目金利・予想インフレ率・実質金利(10年)、長短金利差(2年10年)
米国 イールドカーブ、名目金利・予想インフレ率・実質金利(10年)、長短金利差(2年10年)

(%) 米国 イールドカーブ
(%) 米国 イールドカーブ

(bp) 米国 イールドカーブ(前日差)
(bp) 米国 イールドカーブ(前日差)

米国 名目金利・予想インフレ率・実質金利(10年)
米国 名目金利・予想インフレ率・実質金利(10年)

米国 長短金利差(2年10年)
米国 長短金利差(2年10年)

経済指標

  • 5月3日に発表された4月ISMサービス業景況指数は49.4へと2.0pt低下し、2022年12月以来で初めて50を割れた。ヘッドラインを構成する4項目ではサプライヤ納期以外の3項目が低下し、景気が冷え込みつつあることが示唆された。なかでも目立ったのは雇用の弱さ。類似指標のサービス業PMIも同様の動きになっていることを踏まえると、足もとで労働市場が急速に軟化している可能性が示唆される。下記の雇用統計の結果とも概ね整合的であった。

米国 サービス業景況感、雇用項目
米国 サービス業景況感、雇用項目

米国 サービス業景況感
米国 サービス業景況感

雇用項目
雇用項目

注目点

  • 4月米雇用統計は雇用者数と平均時給の増勢が鈍化。一部で燻っていたインフレ再加速および利上げ再開の懸念を大いに和らげる結果であった。雇用者数は前月比+17.5万人と市場予想(+24.0万人)を下回り、なおかつ過去2ヶ月の数値も2.2万人分が下方修正された。同時に平均時給は前月比+0.2%、前年比+3.9%へと減速。インフレ沈静化の「ラスト・ワンマイル」はなお遠いものの、労働需給度合いが和らぐ下で賃金上昇圧力は減衰しており、着実な前進がみられている。筆者は9月FOMCにおける利下げ開始予想を維持する。雇用統計発表後に利下げ開始時期の予想は前傾し、5月7日時点でFF金利先物は9月までの利下げを9割弱の確率で織り込んでいる。

  • 上述のとおり雇用者数は+17.5万人と直近6ヶ月で最も弱い数値となった。2023年央以降の傾向として、フルタイム労働者が頭打ちとなる中でパートタイムの増加が顕著になっていたが、4月はフルタイムが増加する一方でパートタイムが減少するという、これまでとは異なる構図となった。業種別にみると(景気にさほど敏感ではない)教育・ヘルスケア(+9.5万人)が大幅に増加した反面、レジャー・ホスピタリティ(+0.5万人)が微増に留まり、製造業(+0.8万人)、建設(+0.9万人)など広範な業種で弱さがみられた。運輸(+2.2万人)、小売(+2.0万人)、卸売(+1.0万人)は堅調だったが、全体として減速感が認められた。なお、この17.5万人という雇用者数増は、2023年以降に(不法)移民増加が年間330万人程度(0.95%の人口増に相当)まで急増していることを踏まえると、「弱い」と評価するのが妥当だろう。

米国 雇用者数、米国 フルタイム労働者比率
米国 雇用者数、米国 フルタイム労働者比率

米国 雇用者数
米国 雇用者数

米国 フルタイム労働者比率
米国 フルタイム労働者比率

Net Immigration
Net Immigration

  • 失業率は3.9%へと0.1%pt上昇(小数点2桁では3.83%→3.86%)。同時に失業者を広義の尺度で捉えて算出するU6失業率(フルタイムの職が見つからず止む無くパートタイム勤務に従事している人を失業者と見なす)も7.4%へと小幅ながら上昇した。何れも景気後退を象徴するような水準には程遠いものの、じわりと上昇している。この間、週平均労働時間は低位で安定し、4月は34.3時間であった。

米国 失業率、米国 週平均労働時間
米国 失業率、米国 週平均労働時間

米国 失業率
米国 失業率

米国 週平均労働時間
米国 週平均労働時間

  • 労働市場の厚みを示す労働参加率は62.66%とほぼ不変であった(3月:62.67%)。高齢化等の影響からパンデミック発生前よりも低い水準にあるが、人口動態を加味した潜在的に達成可能な水準(CBOによる推計値)は凌駕している。4月は働き盛り世代の25-54歳(83.4%→83.5%)が小幅に上昇した反面、55歳以上(38.6%→38.4)が低下した。

  • 賃金インフレの帰趨を読む上で重要な平均時給は前年比+3.9%(3月:+4.1%)へと鈍化。前月比では+0.20%(3月+0.35%)へと減速し、瞬間風速を示す3ヶ月前比年率は+2.81%(3月+4.02%)、同3ヶ月平均は+3.58%(3月+4.27%)と下方屈折。単月の数値に基づく基調判断は禁物であるが、求人件数の減少、自発的離職率(数値上昇は待遇改善を求めて労働者の転職活動が活発化していることを示す)の低下、CB消費者サーベイにおける雇用判断DIの低下、ISMやPMIの雇用項目の低下といった賃金インフレの沈静化を示すデータと整合的な動きになってきた。

米国 平均時給
米国 平均時給

  • 上述のとおり4月雇用統計はインフレ再加速の懸念を和らげた。パウエル議長が先のFOMCで「次の政策変更が利上げになる可能性は低い」と歯切れよく回答したその見解を支持する結果であった。向こう2ヶ月の雇用統計が今回と同様の結果となれば、7月の利下げ観測が復活しても何ら不識ではない。

  • なお、こうした雇用統計は日銀の僅かな追加利上げによる円高圧力よりも強力なドル安圧力を生みだす。引き続き、日銀は自らの金融政策で為替を円高方向に誘導する策には距離を置き、ドル安の風が強まるのを粘り強く待つのではないか。

藤代 宏一


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