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八方塞がりのフランス財政

~財政規律違反、格下げ、政治リスク~

田中 理

要旨
  • フランスの財政赤字が政府計画対比で上振れ。財政規律違反の是正措置発動や格下げを回避するには、財政再建策を発表する必要がある。6月に欧州議会選挙を控え、選挙前の緊縮発表は極右政党の更なる追い風となりかねない。大統領支持会派は議会の過半数を持たず、議会審議は難航が予想される。議会採決を迂回する特別な立法手続きに頼れば、政権の存続が脅かされかねない。

3月26日に発表された2023年のフランスの財政赤字の対GDP比率は5.5%、公的債務残高の対GDP比率が110.6%と、政府見通しの同4.9%、同109.7%を上回った(図表1・2)。財政支援の縮小・打ち切りにより、歳出の対GDP比率が前年と比べて低下したが、エネルギー危機対応の家計・企業支援の一部が継続していることから、コロナ危機以前と比べて高止まりしている(図表3)。同年の成長率は実質で+0.9%、名目で+6.2%と比較的底堅かったが、危機時対応で導入した減税措置が継続していることから、税収が伸び悩み、歳入の対GDP比率が2011年以来の低水準にとどまったことも響いた(前掲図表3)。こうした要因は2024年以降も継続するとみられるうえ、政府の成長率見通しの想定が楽観的過ぎる可能性もあり(2024年の政府見通しは財政計画作成時に+1.4%、現在は+1.0%に下方修正、コンセンサス予想は+0.7%)、政府見通し対比で財政赤字の膨張が続く公算が大きい。

(図表1)フランスの財政収支の対GDP比率
(図表1)フランスの財政収支の対GDP比率

(図表2)フランスの公的債務残高の対GDP比率
(図表2)フランスの公的債務残高の対GDP比率

(図表3)フランス一般政府の歳出入の対GDP比率
(図表3)フランス一般政府の歳出入の対GDP比率

欧州委員会は過去数年、コロナやエネルギー危機に対する非常時対応として、加盟国に対する財政規律の適用を全面的に停止していた。2024年からは財政規律の適用を再開する。昨年12月に加盟国間で合意した財政規律の見直し案が適用されるのは、最終的な立法手続きが終了する2025年以降の予算サイクルからとみられる。フランス政府はこれまで2027年までに財政赤字の対GDP比率を3%未満に低下させる方針を示唆してきたが、このままでは財政再建が計画通りに進まない可能性が高まる(前掲図表1)。2023年の財政赤字の実績値は2022年の同4.8%から拡大し、2024年も同4%台での高止まりが予想される。欧州委員会はフランスの財政再建の取り組みが不十分として、是正手続き(過剰赤字手続き)の開始を勧告する可能性がある。

格下げも現実味を帯びてきた。フランスの公的債務残高の対GDP比率は、ユーロ圏内でギリシャとイタリアの二大債務国に次いで高い。フィッチは昨年4月にフランスの国債格付けをAAからAA-に格下げした(図表4)。主要格付け会社は向こう数ヶ月の間にフランス国債の格付けレビューを予定している。なかでもS&Pは同国の格付けアウトルックをネガティブ(格下げ方向)としており、5月末に予定される次回の格付けレビュー時に現在のAAから格下げする恐れがある。2012~13年にフランス国債がAAAを失った際は、非居住者の国債保有割合がむしろ増えた。当時は欧州債務危機の最中と利下げ余地が枯渇しつつある状況下で、域内の安全資産であるドイツ国債の利回り低下が進んだことで、フランス国債にも利回りを求める海外資金の一部が流入した(図表5)。債務危機の沈静化でコア国・周辺国間のスプレッドが縮小し、インフレ抑制を目指した利上げで各国の利回りが揃って上昇した現在、格下げ時に同様の資金フローは期待できない。

(図表4)フランスの国債格付け
(図表4)フランスの国債格付け

(図表5)ユーロ圏主要国の10年物国債利回りの推移
(図表5)ユーロ圏主要国の10年物国債利回りの推移

マクロン大統領は家計負担の軽減や、教育費や国防費の拡大を公約としてきたため、増税や大規模な歳出削減に取り組むことに及び腰とされる。また、6月初旬に欧州議会選挙を控え、大統領の支持会派(アンサンブル)は、ルペン氏の極右政党・国民連合や左派連合会派(NUPES)に大幅なリードを許している(図表6)。ルペン氏は2022年の大統領選敗北後、党のイメージ刷新と若い有権者の支持獲得を目指し、28歳のバルデラ氏を新たな党首に任命した。バルデラ氏への対抗と政権基盤の立て直しを期待され、今年1月に将来の大統領候補とされる34歳のアッタル氏が首相に就任した後も、政権の支持率は低空飛行を続けている。

選挙前の緊縮措置の発表は極右政党に更なる追い風となりかねないが、財政規律違反の是正措置発動や格下げを回避するには、何らかの財政再検策を発表する必要があり、厳しい選択を迫られている。大統領の支持会派は2022年の国民議会(下院)選挙で過半数を失い、法案可決にはかつての二大政党の一角で中道右派の共和党(ドゴール派)などの協力を取り付ける必要がある。議会採決を迂回する特別な立法手続き(憲法49条3項)を使って緊縮措置を導入しようとすれば、国民の反発を招く恐れがあるうえ、内閣信任投票を兼ねることになる。2023年春の年金改革の法案審議では、改革の中身だけでなく、議会を迂回する立法手続きを巡って大規模なストライキや抗議運動が発生した。緊縮関連法案の議会審議は政権の存続を脅かしかねない。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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