2024年全人代開幕、政策の司令塔はいよいよ政府から党中央へ

~様々な目標は昨年並みの水準を維持も、政策運営を巡る不透明感は世界経済の「不安の種」になる~

西濵 徹

要旨
  • 足下の中国経済は供給サイドをけん引役に底入れの動きをみせる一方、需要サイドは国内外双方で不安要因が山積するなかでデフレに陥る懸念が高まっている。ただし、昨年末の中央経済工作会議では「中国経済光明論」を高らかに謳う方針を示す一方、政策対応は対症療法的なものに留まるなど期待外れの状況が続いた。よって、全人代の行方に注目が集まるが、政策運営の舵取りは国務院から党中央に完全に移行するとともに、習近平氏に物申す人材が党・政府に皆無となるなかでその見通しが立ちにくくなっている。
  • 全人代は例年通り、李強首相による政府活動報告の読み上げで開幕した。経済成長率目標(5%前後)や雇用創出目標(1200万人以上)、物価目標(3%前後)などは前年の内容を踏襲する一方、財政赤字(GDP比▲3%)は一見昨年から縮小したようにみえる。ただし、特別債発行や地方政府による専攻債拡充、昨年からの特別債繰り越しなどを勘案すれば昨年並みと判断出来る。他方、需要サイドの対応として的を絞った不動産対策や消費拡大への包括的施策の方針を明らかにするも、具体的な内容は示されなかった。さらに、成長率維持に拘泥すればデフレの輸出や構造問題を一段と深刻化させる可能性に留意する必要があろう。
  • 一方、対内直接投資が下振れするなかで誘致拡大や規制撤廃の方針のほか、民間投資の活発化に取り組む考えをみせる。ただし、習政権3期目は多数の公安人材が登用されるなど国家安全保障を前面に押し出す姿勢がみられるなか、対外開放路線の優位性が低下している可能性は否めない。国務院が様々な政策運営の司令塔機能を失うなか、世界経済に多大なインパクトを有する中国経済の運営が適時適切に採られない懸念は世界経済にとって引き続き「不安の種」となることは避けられないと予想される。

このところの中国経済を巡っては、供給サイドをけん引役に足下の景気は底入れするとともに、昨年の経済成長率は+5.2%と政府目標(5%前後)を上回る伸びを実現するなど堅調な動きをみせていると捉えられる。他方、需要サイドについては内・外需双方に不透明要因が山積するなか、昨年は名目成長率の伸びが実質成長率を下回る『名実逆転』状態となるなど、デフレが意識されやすい状況にある。こうした背景には、コロナ禍に際して当局がゼロコロナに拘泥する対応を長期化させた結果、ゼロコロナ終了による経済活動の正常化にも拘らず、その『後遺症』が足かせとなる形で若年層を中心とする雇用回復の動きが遅れていることがある。さらに、近年の中国の経済成長は不動産投資に依存する形で実現したものの、コロナ禍による景気低迷の長期化や需要鈍化の動きも重なり市況は頭打ちしており、過剰債務を抱える不動産セクターを中心に債務問題が顕在化する動きがみられる。不動産市況の低迷は不動産を担保に抱える銀行セクターの貸出態度に悪影響を与えるなど、幅広い経済活動の足かせとなる状況に陥っている。こうした状況に加え、ここ数年の米中摩擦の激化、コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻を機に世界的な分断の動きが広がるなかでデリスキング(リスク低減)を目的とするサプライチェーン見直しの動きが広がり、対内直接投資が下振れする動きもみられる。対内直接投資を巡っては、昨年来の改正反スパイ法(反間諜法)や改正治安管理処罰法などを背景に中国に進出する外資系企業や中国に居住する外国人を取り巻く環境が厳しさを増していることも足かせになっているとみられる。そして、コロナ禍からの世界経済の回復の動きをけん引してきた欧米など主要国景気も頭打ちしている上、世界的な分断を反映して世界貿易も萎縮するなど世界経済の足かせとなる動きも顕在化しており、国内外双方で需給ギャップの拡大に繋がる動きがみられる。こうした状況ながら、昨年末に開催された中央工作会議では「中国経済光明論」という宣伝部門を総動員して経済に対する楽観論を高らかに喧伝する旨の方針が示される一方、その後に打ち出された政策は中銀(中国人民銀行)による預金準備率の引き下げや不動産需要の喚起に向けた住宅ローン金利に連動する5年物LPR引き下げのほか、地方政府レベルでの規制緩和策などに留まる。また、これら以外では新規国債の発行や地方政府による債券発行枠の一部前倒しによるインフラ投資などによる財政出動に舵が切られたものの、マクロ的なインパクトは限定的なことに加えインフラ投資よる乗数効果や景気押し上げ効果が低下していることを勘案すれば、過度な期待を抱くことは難しい状況にある。よって、足下の中国経済が直面する問題や課題は供給サイド以上に需要サイドに寄っていると捉えられるものの、需要サイドに基づく施策が採られない状況が続くなかで全人代(第14期全国人民代表大会第2回全体会議)の行方に注目が集まった。昨年の全人代を経て習近平指導部は本格的に3期目入りするとともに、政府(国務院)内に習近平氏に物申す人材は完全に居なくなったほか、前年の二十大(中国共産党第20回全国代表大会)において党中央人事は習近平氏の子飼いのみで占められるなど『習一強体制』が完全に築かれた。さらに、今年の全人代は党内序列2位の国務院総理である李強氏にとって初の『晴れ舞台』となるはずであったものの、直前に全人代後の李氏による記者会見が開かれないなど、政策運営の舵取りそのものも政府から党中央に完全に移行している様子が明らかになっている。

こうしたなか、全人代の開催に当たっては例年通り、李強首相が昨年の総括と今年の目標を示す「政府活動報告」を読み上げる形で開幕した。昨年の同国経済について二十大の精神を完全に遂行する初年度に当たるとした上で、国内外に山積する困難に直面するなかで習近平氏を中心とする党中央の団結により困難を克服し、経済社会発展に向けた目標と課題は達成されたとしつつ、足下の景気について総じて回復傾向にあるとの認識を示した。その上で、今年は建国75周年である上、十四五(14次5ヶ年計画)の実現に向けて重要な年に当たるとした上で、質の高い発展の推進や改革開放の全面的な深化、ハイレベルの科学技術の自立、マクロ経済の規制・管理強化を通じた内需拡大に取り組むとしつつ、供給側改革の深化、新たな都市化と地方の活性化、高水準の安全保障と経済の活力向上によりリスク抑制に取り組むとしている。今年の経済成長率目標については「5%前後」とする昨年と同じ目標が掲げられたものの、上述のように足下の景気が供給サイドをけん引役に底入れの動きを強める一方、需要との乖離が進んでいるなかで成長率目標を高らかに掲げることの意味は大きくないのが実情であろう。さらに、足下では需給ギャップとともにデフレ懸念が広がるなかで中国による『デフレの輸出』とも呼べる動きが顕在化する兆しもみられるなか、仮に高い経済成長率を実現すべく供給拡大にまい進すれば、結果的に中国経済が抱える過剰債務や過剰生産設備、過剰在庫を巡る問題が一段と深刻化する可能性も考えられる。他方、ここ数年は雇用政策を重視する姿勢をみせるなかで今年も都市部における新規雇用を「1200万人以上」創出するとした昨年の目標を維持した上で、都市部の調査失業率も「5.5%前後」と昨年の目標を維持するなど雇用拡大を目指す方針を強調している。そして、足下のインフレ率はマイナスで推移するとともに、川上の企業物価は大幅マイナスで推移するなどデフレ懸念がくすぶるものの、インフレ目標は「3%前後」と昨年の目標を維持するなど、明らかに現実と乖離した目標を掲げているものと捉えられる。そして、経済運営に当たっては昨年同様に安定を維持しつつ進歩を求めるとの考えを示すとともに、新たな成長モデルの構築の加速と構造調整を進める必要があるとしつつ、足下の中国経済について好ましい状況が好ましくない状況を上回ると評価した上で、すべてのリスクと課題に備えるとの考えを示している。なお、政策運営については例年通りの「積極的な財政運営」と「慎重な金融政策」を継続する方針を示しつつ、今年の財政赤字は「GDP比▲3.0%」と昨年(同▲3.8%)からマイナス幅を縮小させたものの、今年は通常予算に含まない形での特別債の発行(1兆元)を盛り込んでいる上、昨年末に発表された新発国債や特別債の発行の一部は今年にずれ込んだことを勘案すれば、全体的な姿は昨年並みと捉えられる。さらに、地方政府による特別債(専項債)の発行枠も「3.9兆元」と昨年(3.8兆元)からわずかに拡大されており、昨年並みの景気下支えが図られると考えられる。ただし、今年の目標設定について達成は容易でないとの認識を示すとともに、雇用や所得の拡大を図りつつリスクを予防・抑制する必要性が高いとして地方政府の債務リスクの抑制、不動産の新たな開発モデルを構築すべく的を絞った措置を講じる考えを明らかにしている。また、家計消費の拡大に向けた包括的な施策を実施する方針を明らかにしたものの、過去に実施された補助金政策では需要の先食いを招くとともに、その後に反動減が生じたことを勘案すれば持続可能なものとなるかは見通しが立ちにくい状況にある。

一方、上述したように様々なリスクが警戒されるなかで対内直接投資に大きく下押し圧力が掛かる動きがみられるなか、今年は海外からの投資誘致への取り組みを加速させるとしたほか、製造業を対象にすべての海外投資規制を撤廃するなどの姿勢を明らかにしている。また、このところは民間企業に対する規制強化の動きを反映して『国進民退』色が強まる動きがみられるものの、民間投資の安定と拡大を図るべく、支援を拡充しつつ様々な障壁を取り払うことにより民間投資の参入を呼び掛ける方針を示している。ただし、その一方で国家の安全と社会の安定を守ることを目的に治安対策を強化する方針を示すとともに、公安関連のガバナンス強化と様々な予防策の構築に向けたガバナンスモデルの転換を促す方針を示している。習近平政権3期目においては、党中央や政府内に公安出身者が多数登用される動きがみられる上、昨年は国務委員のうち筆頭格であった李尚福氏(人民解放軍出身、国防部長を兼務)が突如解任されるとともに、次席公安出身の王小洪氏(公安部長を兼務)が筆頭格に昇格したことも重なり、国家安全保障問題が政策運営の中心に上る傾向が強まっている。他方、対内直接投資を含む外交問題を担当する国務委員であった秦剛氏(外交部長を兼務)も昨年突如解任されるとともに、後任の外交部長には秦氏の前任であった王毅氏が就く異例の対応が採られたものの、結果的にここ数年の『戦狼外交』の影響が残るなかで対外開放路線が優先課題から大きく後退している可能性もある。こうしたなか、政府活動報告では上述のように対内直接投資の受け入れを積極化させる方針を示したものの、改正反スパイ法や改正治安管理処罰法によって中国に進出する外国企業や外国人を取り巻く環境が厳しさを増す現実とのギャップがこれまで以上に拡大することは避けられないであろう。そうした外交面での厳しい姿勢は今年の国防費を1.67兆元(前年比+7.2%)と昨年並みに拡大させる方針に示されているほか、台湾問題を巡って統一の理念を断固として推し進めるとして、例年盛り込まれていた『平和的統一』という表現を削除するとともに、台湾独立を目指す分離主義的な活動や外部からの干渉に断固として反対するとの表現を盛り込むなど、強硬姿勢に一段と傾いている様子がうかがわれることにも現れている。これを以っていわゆる『台湾有事』が喫緊の課題になったと判断するのは早計だが、上述した李氏の失脚をはじめ人民解放軍内の『緩み』が露呈する動きがみられるなかで引き締めを図りたいとの思惑も透けてみえる。その上で、報告では習近平氏を核心とする党中央と一段と緊密に団結しつつ、中国の特色ある社会主義の偉大なる御旗を高らかに掲げつつ、習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想に先導される形で自信を持ちつつ前進するといったいわゆる『スローガン』が掲げられた。国務院を巡っては、昨年公布された国務院工作規則に基づいて党中央の審議・決定を仰ぐ重要事項の討論を行う場と規定されるなど、政策運営のたたき台を作る組織に事実上『格下げ』されており、ありとあらゆる政策運営の決定権限を失っているとされる。足下の中国経済が直面する課題は多岐に亘るとともに複雑化しているにも拘らず、過去数年において適時適切な対応が採られなかった状況が今後は一段と深刻化していくことも懸念される。これまでも習政権3期目以降の中国の政策運営の行方は見通しにくくなると予想されたものの、世界経済に大きなインパクトを有する同国経済の舵取りがみえなくなることは世界にとっても『不安の種』となることは避けられないであろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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