インドネシア中銀の政策運営は「外部環境頼み」の状況が続く

~総裁は将来的な利下げ余地に言及も、外部環境と次期政権の政策運営を睨んだ対応が続くであろう~

西濵 徹

要旨
  • インドネシアで今月実施された大統領選ではプラボウォ国防相が「ジョコ人気」も追い風に勝利した模様である。他方、同時に実施された総選挙ではプラボウォ氏が率いるグリンドラ党は第3党、政党連合に加わるゴルカル党は第2党に留まる。ガンジャル陣営を推す闘争民主党は第1党、アニス陣営を推す政党も勢力を維持したとみられる。ジョコ政権2期目に際しては大連立が構築されたが、闘争民主党などが次期政権に当たって与党連立入りするかは見通しが立たず、政権運営は困難な状況に陥る可能性も考えられる。
  • 足下では商品高や米ドル高の一巡を受けてインフレは鈍化して中銀目標域内で推移するなど、物価は一見落ち着きを取り戻している。しかし、足下では食料インフレがくすぶる上、米ドル高が再燃するなかでルピア安圧力もくすぶるなか、昨年末以降の中銀は引き締め姿勢の維持による様子見を続けている。中銀は21日の定例会合でも4会合連続で政策金利を据え置き、同行のペリー総裁は先行きもしばらく政策金利を据え置く見通しを示した。また、米FRBの利下げやインフレ安定、ルピア相場の安定を前提に先行きの利下げ余地に言及したが、外部環境頼みである上、次期政権の政策運営を睨みながらの様子見が続くであろう。

インドネシアでは今月14日に大統領選挙が実施され、現地報道や選挙管理委員会が公表した暫定集計結果などによれば、2014年と2019年の過去2度の大統領選において現職のジョコ・ウィドド氏に敗れたプラボウォ国防相が『三度目の正直』となる形で勝利した模様である(注1)。なお、大統領選挙と同時に実施された議会下院(国民議会)総選挙では、プラボウォ氏が率いるグリンドラ党は第3党に留まるとともに、プラボウォ陣営を推す政党連合に参画しているゴルカル党は第2党となっている。他方、ジョコ政権を支える最大与党である闘争民主党(PDI-P)は総選挙の後も第1党を維持しているとみられ、主要3党の勢力図は総選挙の前後でも変わらない状況となっている模様である。ジョコ政権の2期目入りに際しては闘争民主党に加え、今回の大統領選でプラボウォ氏を推したグリンドラ党やゴルカル党を含む多数の政党が大連立の形成で合意するなど、強力な政権基盤の下で政権運営を行うことに成功した。しかし、闘争民主党内においては大統領選が近付くなかでジョコ大統領と党首であるメガワティ元大統領の関係がぎくしゃくする動きが強まり、結果的に同党は大統領の後任候補にメガワティ氏と近いガンジャル元中ジャワ州知事を擁立した。こうしたなか、ジョコ氏の長男であるギブラン氏(スラカルタ市長)が闘争民主党所属ながらプラボウォ陣営の副大統領候補に出馬するなど、プラボウォ氏は依然として高いジョコ氏の人気を引き入れる作戦に動くとともに、ジョコ氏もプラボウォ陣営を実質的に支援したことで闘争民主党は党内を二分する選挙戦を強いられた。さらに、大統領選に出馬したアニス前ジャカルタ州知事は『ジョコ路線』の見直しを謳うとともに、同陣営にはジョコ政権下の与党大連立に加わり総選挙前に第4党であったナスデム(国民民主)党、第5党であったPKB(国民覚醒党)のほか、野党のPKS(福祉正義党)などが参画するなど激烈な選挙戦が展開された。こうした事情も影響して、大統領選において敗北したとみられるアニス陣営とガンジャル陣営はともに大統領選における有権者への脅迫、国家機関による不正操作、福祉基金をはじめとする資金の不正利用による選挙結果の操作を主張して議会に対して選挙の不正を調査するよう求める動きをみせている。こうした状況を勘案すれば、仮に暫定集計結果通りにプラボウォ氏が次期大統領に就任した場合においても、与党は議会において少数派に留まることで政策遂行を巡って障壁となる可能性に注意する必要がある。

他方、一昨年以降の同国においては商品高と国際金融市場における米ドル高が重なり、インフレ率は昂進して一時7年ぶりの水準となり、中銀は一昨年後半以降に累計250bpの断続利上げを迫られるなど、物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念が高まった。なお、昨年末以降は商品高と米ドル高の動きが一巡したことでインフレは一転して頭打ちの動きを強めており、昨年後半以降のインフレ率は中銀目標の範囲内で推移しているほか、コアインフレ率は目標を下回る水準に鈍化するなど一見すれば物価は落ち着きを取り戻している様子がうかがえる。しかし、このところのアジアではエルニーニョ現象など異常気象を理由とする農作物の生育不良をきっかけとする食料インフレの動きが顕在化しており、同国においても同様の動きがみられるほか、国際金融市場における米ドル高の再燃を受けてルピア相場が調整の動きを強めるなど輸入インフレが意識される状況が続いている。なお、足下の景気は数字の上では堅調な推移をみせているものの、その内容は内・外需双方に勢いを欠く動きがみられるなど芳しさは乏しく(注2)、上述のようにプラボウォ次期政権による政権運営が困難な展開に陥れば景気に悪影響が出る可能性はくすぶる。こうしたなか、昨年末以降の中銀は引き締め姿勢を維持する様子見姿勢をみせており、21日の定例会合においても政策金利である7日物リバースレポ金利を4会合連続で6.00%に据え置く決定を行っている。会合後に公表した声明文では、世界経済について「国際金融市場を巡る不透明感はくすぶるがこれまでの見通しに比べて改善が見込まれる」とした上で、その理由に「米国とインド経済の堅調さ」を挙げる。一方、同国経済についても「見通しに比べて改善が続いている」とした上で、「今年の経済成長率は+4.7~5.5%になる」との見通しを据え置くとともに、対外収支についても「今年の経常赤字はGDP比▲0.9~▲0.1%と小幅に留まる」との見方を示す。ルピア相場については「中銀の安定化措置を背景に管理可能な状況が続いている」とした上で、「昨年末以降は弱含んだが周辺国に比べて底堅い」「先行きは安定が見込まれる」として為替介入などを強化する考えに含みを持たせている。そして、物価動向について「中銀目標の範囲で低位安定が続くと見込まれる」とする一方、「食料インフレの動きが続いており抑制に向けた取り組が強化される」との見通しを示している。なお、会合後に記者会見に臨んだ同行のペリー総裁は先行きの米国の金融政策について「足下の米国の経済指標は我々の見通しに沿っており、年後半にFRBは累計75bpの利下げに動く」との見方を示しつつ、「中銀はしばらく政策金利を据え置くであろう」との見通しを示している。その上で「年後半のインフレが目標域に留まり、ルピア相場が安定して強含みする状況となれば利下げ余地が生じる」、「FRBの金融政策に対する確度が高まれば外国人投資家は確実に資金流入を拡大させる」との見方を示すとともに、「世界的なサプライチェーンの混乱が懸念されるなかで輸入インフレの抑制が重要になる」との考えを示した。そして、「食料インフレの再燃が懸念されるなかで対応する必要はあるが、一時的で季節的なものに留まる」とした上で、「食料インフレの動きが政策運営に影響を与えることはない」としている。また、選挙について尋ねられると「首尾よく終わったことはありがたい」としつつ「中銀は政府から独立しており、現政権とも次期政権とも協働していく」との考えを示している。ルピア相場が周辺国に比べて比較的安定する背後では、中銀が積極的な為替介入に動いている可能性が考えられる上、当面は米ドル高圧力がくすぶるなかで利下げ余地が生じにくい状況にあることを勘案すれば、先行きも中銀は現行の引き締め姿勢を維持せざるを得ないのが実情であろう。よって、政策運営は外部環境頼みの展開が続くことは避けられず、次期政権による政権運営の行方も含めて様子見が続くであろう。

図表1
図表1

図表2
図表2

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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