2023年のフィリピンの経済成長率は+5.6%、政府目標達成ならず

~政府は拡張型予算で今年も目標実現を目指すが、供給要因によるインフレ再燃リスクはくすぶる~

西濵 徹

要旨
  • フィリピンでは一昨年来の商品高や米ドル高によるインフレ昂進を受け、中銀は断続利上げを余儀なくされて景気の足かせとなる懸念が高まった。しかし、昨年はインフレが鈍化しており、中銀も様子見に転じるなど景気下支えに舵を切る。結果、昨年10-12月の実質GDP成長率は前期比年率+8.75%と家計消費など内需をけん引役に底入れの動きが確認されるも、外需の低迷や異常気象が供給懸念を招く懸念はくすぶる。
  • 昨年通年の経済成長率は+5.6%と政府目標(6~7%)を下回ったが、足下の景気は底入れしており過度な悲観は不要である。足下のインフレは鈍化するも、食料インフレの懸念に加え、ペソ安が再燃するなかで政治的対立が顕在化するなどペソ安圧力が強まる懸念もくすぶる。政府は今年の成長率目標を6.5~7.5%と昨年を上回る水準としており、拡張型予算によりこの実現を目指しているとみられるが、目標に拘泥すれば想定以上に財政悪化を招くなど、供給懸念も重なりインフレリスクを高める可能性に注意する必要がある。

フィリピン経済を巡っては、一昨年以降の商品高や国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ペソ安も重なりインフレが大きく上振れしたほか、中銀は物価と為替の安定を目的とする断続利上げを余儀なくされ、物価高と金利高の共存が景気の足かせとなる懸念に直面してきた。しかし、昨年は商品高や米ドル高の一巡を受けてインフレは頭打ちに転じるとともに、中銀は昨年5月に約1年に及んだ利上げ局面の休止に舵を切るなど景気下支えに注力する対応をみせた。その後もエルニーニョ現象など異常気象によるコメなど穀物を中心とする食料インフレ懸念が高まっていることに加え、米ドル高の動きが再燃したことも重なり、中銀は10月末に緊急利上げに動いたものの、その後は金融市場の落ち着きも追い風に様子見姿勢に転じるなど難しい対応を迫られている。他方、最大の輸出相手である中国経済に不透明感が強まっている上、コロナ禍からの世界経済の回復をけん引した欧米など主要国の景気も頭打ちの様相をみせるなど外需を取り巻く環境は厳しさを増している。このように内・外需双方に不透明要因が山積する状況ながら、昨年10-12月の実質GDP成長率は前期比年率+8.75%と前期(同+16.21%)からペースこそ鈍化するも2四半期連続のプラス成長で推移するなど底入れの動きを強めている。国境再開や世界的に人の移動が活発化していることを反映して外国人来訪者数の底入れが続いてサービス輸出は拡大傾向が続く一方、中国経済をはじめとする世界経済の減速の動きが重石となる形で財輸出に大幅に下押し圧力が掛かっており、結果的に輸出は下振れしている。他方、インフレ鈍化を受けた実質購買力の押し上げに加え、GDPの1割に相当する海外移民送金の堅調な流入が続いている上、ペソ安の進展を反映してペソ建換算ベースで押し上げられていることも重なり、家計消費は活発な推移をみせている。また、家計消費をはじめとする内需の堅調さも追い風に対内直接投資も底堅く流入する展開が続くなかで企業部門による設備投資を下支えする動きがみられる一方、中銀による断続利上げの動きは不動産需要の重石となるなど固定資本投資については好悪双方の材料が混在する動きがみられる。その一方、マルコス政権はドゥテルテ前政権の方針を継ぐ形でインフラ投資の拡充による景気下支えを図る動きをみせているものの、前期はこうした動きを反映して大きく拡大する動きがみられた反動も重なり政府消費は減少に転じている。なお、家計消費をはじめとする内需の堅調さにも拘らず財輸入は下振れする展開が続いている上、堅調に底入れする展開が続いたサービス輸入も下振れしており、輸入は減少に転じるなど奇妙な動きをみせている。こうしたことから、純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度は前期比年率ベースで▲1.55ptと3四半期ぶりのマイナスに転じたと試算されるなど、外需は景気の足を引っ張っている。なお、在庫投資の成長率寄与度は+1.36ptと3四半期ぶりのプラスに転じたと試算されるなど、在庫の積み上がりの動きが純輸出によるマイナス寄与をほぼ相殺する格好になったと捉えられる。その一方、分野別の生産動向を巡っては、家計消費の堅調さを反映してサービス業の生産は旺盛な推移が続いているものの、財輸出の低迷が足を引っ張る形で製造業や鉱業の生産は下振れしている上、異常気象の影響で農林漁業の生産が低迷する動きも確認されるなど、供給不足が懸念される状況にあると判断出来る。

図 1 実質 GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移
図 1 実質 GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移

図 2 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移
図 2 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移

昨年通年の経済成長率は+5.6%と46年ぶりの高水準となった前年(+7.6%)から鈍化するとともに、政府が掲げる目標(6~7%)を下回るなど、年前半の景気が力強さを欠く推移をみせたことが足かせになったと捉えられる。しかし、上述のように年末にかけての景気は一転して底入れの動きを強めている様子が確認されていることを勘案すれば、政府目標を下回る伸びに留まったものの過度に悲観する必要性は低いと捉えられる。なお、昨年のインフレ率は原油をはじめとするエネルギー資源の国際価格が調整の動きを強めたことを反映して頭打ちの動きを強めており、足下では中銀目標の上限をわずかに下回るなど一見すれば落ち着きを取り戻している。しかし、アジア新興国においてはエルニーニョ現象をはじめとする異常気象を理由に農作物の生育不良の動きが広がりをみせるなか、同国は世界2位のコメ輸入国であるなかで国際価格の上昇がインフレ圧力を招くなど食料インフレへの懸念がくすぶる状況が続いている。さらに、上述のように足下においては異常気象の頻発を受けて同国においても農業生産が下振れするなど供給不足が意識されやすい動きがみられることから、先行きについては供給懸念を理由とするインフレ圧力が強まる可能性もくすぶる。中銀は昨年末にかけて米ドル高の動きが後退してペソ安の動きに一服感が出たことを受け、政策金利を維持するなど様子見姿勢を図る動きをみせているものの、足下においては米ドル高の動きが再燃するなかで緩やかにペソ安の動きが進展しており、昨年来の安値をうかがう兆候もみられるなど輸入インフレが意識される懸念もくすぶる。足下のインフレは前年に加速した反動が影響する形で鈍化する展開が続いているものの、先行きについては頭打ちの動きの反動に転じることも予想される状況を勘案すれば、このところのインフレ鈍化の動きを以って落ち着きを取り戻していると判断するのは些か早計と捉えられる。また、足下の同国においてはマルコス大統領が目指す憲法改正をきっかけに国論を二分するなど分断の動きがみられ、政治的な火種が顕在化するなど新たなリスク要因となる可能性も高まっている(注1)。さらに、外需を巡っても世界経済が『けん引役不在』となるなかで国内・外双方で不透明要因が山積していることを勘案すれば、景気を押し上げる展開は見通しにくい。昨年の経済成長率のゲタは+3.1ptと前年(同+3.8pt)からわずかな縮小に留まるも成長率が大きく下振れしたことに加え、今年については+3.2ptと前年並みの水準に留まると試算されるなか、政府は今年の成長率目標を「6.5~7.5%」と昨年を上回る水準としているが、そのハードルは高いと捉えられる。先月成立した今年度予算は歳出規模が過去最大を更新する拡張型予算となり、教育・人材開発・社会保障・福祉・雇用(社会サービス)、公共インフラ(経済サービス)、治安維持(公共サービス)を重点分野に歳出規模を大幅に拡充させる内容となっているが、マルコス政権が成長率目標の実現に拘泥して財政出動への依存を強めれば財政状況が想定以上に悪化する事態も懸念される。その意味では『背伸びした』目標ではなく『身の丈に合った』目標を掲げるとともに、着実に課題をクリアすることが求められる。

図 3 インフレ率の推移
図 3 インフレ率の推移

図 4 ペソ相場(対ドル)の推移
図 4 ペソ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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