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EUが財政規律の見直しで合意

~相変わらず複雑、改善か改悪か、悪魔は細部に宿る~

田中 理

要旨
  • EUの財政規律の見直し協議は、ドイツとフランスの双方の主張を盛り込む妥協案で決着した。来年央に欧州議会選挙を控え、このタイミングで合意できなければ、EUの新執行部が本格稼働する2025年以降に合意がずれ込む恐れがあった。意見相違を乗り越えて合意に至った点は評価できる。今回の改正案は、国毎の実情に照らした財政再建計画の設定、現実に即していない債務削減ルールの廃止、政府の純歳出のベンチマーク採用など、規律見直しの趣旨に沿った変更が加えられた一方、意見相違を乗り越える過程でドイツとフランスの主張を盛り込んだ結果、加盟国に一律に適用されるセーフガードが導入されたほか、当面の規律違反回避を意図した新たな抜け道が設けられ、従来以上に複雑な制度設計となった感も否めない。欧州諸国が直面する投資不足をどう解消し、経済成長や気候変動対策と財政規律をどう両立するかは不透明なままだ。新たに導入されるセーフガードが厳格に適用された場合、これまで以上に引き締め的な財政ルールとなる可能性もある。規律が余りに厳格に運営されれば、経済成長や気候変動の取り組みが阻害され、抜け道を使った恣意的な運営がされれば、EUの財政運営に対する信頼が損なわれかねない。現実の運営において、絶妙なバランス感覚が求められる。

12月7・8日の財務相会合での決着が見送られたEUの財政規律の見直し協議は、その後、主にドイツとフランス政府間で妥協案が模索され、20日に決着した。財政赤字のGDP比で3%未満、公的債務残高のGDP比で60%未満とする安定成長協定の骨格を維持したうえで、①加盟国に一律の基準の適用することを改め、債務の持続可能性分析などに基づき、欧州委員会と各国が向こう4年間の財政再建計画で合意し(投資拡大や構造改革に着手する国はより長い7年間の調整期間を認める)、その進捗状況を毎年の予算案を通じて確認する、②これまで規律違反や是正措置発動を判断する複数の参照指標が乱立していたが、利払いや失業給付を除く政府の純歳出の伸び率を主な参照指標とする、③公的債務残高の対GDP比率が60%を超えた場合、毎年、超過分の20分の1ずつの債務削減を加盟国に義務づけるルール(20分の1ルール)を廃止するなどの欧州委員会の原案を叩き台に、各国に毎年最低限の財政赤字削減や公的債務比率の引き下げを義務づけるドイツの主張と、当面の規律違反を回避するために足許で膨れ上がる利払い費の増加などを規律違反認定時に除外するフランスの主張が盛り込まれた。

新たな財政規律はこれまで同様に予防措置(Preventive Arm)と是正措置(Corrective Arm)の2本立てとなる。予防措置では従来、構造的財政収支をベンチマークに中期的な財政目標を設定していたが、ベンチマークを政府の純歳出に変更する。そのうえで、公的債務に関する新たなセーフガードを導入し、公的債務比率が90%を超える国については、4年ないし7年の財政調整期間にGDP比で毎年1%ずつの債務削減を義務づける。債務比率が60~90%の国については、GDP比で毎年0.5%ずつの債務削減を義務づける。また、財政赤字に関する新たなセーフガードとして、調整期間終了後に構造的財政収支(景気変動の影響を除いた財政収支)がGDP比で1.5%未満に収斂することを目標に、財政調整期間が4年間の国は毎年0.4%ずつの構造的プライマリー収支(景気変動の影響と利払いを除いた財政収支)の削減を、財政調整期間が7年間の国は毎年0.25%ずつの削減が求められる。財政赤字のGDP比が3%以上、公的債務残高のGDP比が60%以上の国が対象の是正措置では、構造的財政収支のGDP比で毎年0.5%ずつの削減が求められる。但し、足許の金利上昇に伴う利払い費の増加に鑑み、2025~27年の期間については利払い費の増加分を計算から除外する。また、EDPを開始するかを判断するうえでは、ウクライナ情勢などに鑑みた国防支出の増加などを考慮し、政府の純歳出の計画からのある程度の逸脱を許容する。

新たな規律は今後、欧州首脳会議や欧州議会などで検討されたうえで、最終的に法制化される。規律は2025年以降に法的効力を持つことが予想され、2024年の財政評価には用いられないが、秋に開始された来年度予算案の事前評価(ヨーロピアン・セメスター)では、欧州委員会の規律見直し案を参考に、各国毎で設定した政府の純歳出の伸び率を基準に各国の予算案を評価した。来年6月にEUの新執行部が入れ替わる欧州議会選挙を控え、このタイミングでの規律見直しで合意できなければ、新執行部が本格始動する2025年以降に見直し協議がずれ込む恐れがあった。意見相違を乗り越えて合意に至った点は評価できる。

ただ、そもそも規律の見直しが必要になった背景には、コロナ危機やエネルギー危機時の各国政府の債務膨張で規律が現実に即しなくなっていることや、複数の参照指標が乱立し、複雑で透明性に欠け、景気変動を増幅することがあった。今回合意した改正案は、国毎の実情に照らした財政再建計画の設定、20分の1ルールの廃止、政府の純歳出のベンチマーク採用など、規律見直しの趣旨に沿った変更が加えられた一方で、意見相違を乗り越える過程でドイツとフランスの主張を盛り込んだ結果、加盟国に一律に適用されるセーフガードが導入され、当面のEDP入り回避を意図した新たな抜け道が設けられ、相変わらず(従来以上に?)複雑な制度設計となった感は否めない。

また、当初検討されていた成長促進につながる投資拡大や構造改革に取り組む場合、債務削減の計算から除外されるゴールデン・ルールの採用が見送られ、より長い調整期間が認められる形で決着した。欧州諸国が直面する投資不足をどう解消し、気候変動対策の強化に必要な財政拡大と規律遵守をどう両立するかは不透明なままだ。20分の1ルールの下でGDP比で毎年3~5%の債務削減が求められる筈のギリシャやイタリアなどの高債務国は、新たな規律ではGDP比で毎年1%の債務削減で済むが、そもそも20分の1ルールはこれまで現実に発動されたことがなかった。新たに導入されるセーフガードが厳格に適用された場合、これまで以上に引き締め的な財政ルールとなる可能性もある。

規律の見直しが改善となるか、それとも改悪となるかは、結局、新たな財政規律がどの位のさじ加減で運営されるかに掛かっている。余りに厳格に運営されれば、経済成長や気候変動対策が阻害され、抜け道を使った恣意的な運営がされれば、財政運営に対する信頼が損なわれかねない。従来の一律で一方的な規律の適用から、加盟国と欧州委員会との間で持続可能な財政運営と経済成長の両立に向けたオープンで建設的な議論が交わされることに期待を寄せたい。

以上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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