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不発に終わったEUの財政規律見直し協議

~ドイツの財政危機の余波はここにも~

田中 理

要旨
  • 合意間近との観測も浮上していたEUの財政規律の見直し協議は、ドイツの態度硬化もあり、7・8日の財務相会合での合意が見送られた。ドイツは従来のように一律の基準を適用せず、各国が欧州委員会と合意した財政計画の履行状況に基づいて規律違反を判断する欧州委員会の見直し案では十分な規律が確保できないとし、毎年の債務比率の引き下げ幅や財政赤字のバッファーを設定することを求めている。他の加盟国の間では、ドイツ案をそのまま受け入れれば、そもそも規律見直しが必要となった改正の趣旨が損なわれるとの意見もある。憲法裁判所の違憲判決で財政引き締めが必要となったドイツの国内事情もあり、合意の行方に暗雲が立ち込めている。

7日の夕刻から8日未明まで続いたEUの財務相による財政規律の見直し協議は、財政赤字の削減ペースを巡る加盟国間の意見対立が解けず、合意できずに終わった。年内の合意実現に向けて20日前後に再び協議を予定している。EUの財政規律は、複数の参照指標が乱立し、複雑で透明性に欠け、景気変動を増幅するとして、コロナ危機以前から見直しの必要性が叫ばれてきた。協議はコロナで一時中断されたが、欧州委員会が2022年11月に規律の見直し案を公表し、それを叩き台に加盟国間の協議が続けられてきた。欧州委員会の見直し案では、財政赤字の対GDP比率を3%未満、公的債務残高の対GDP比率を60%未満とする規律の骨格を維持したうえで、①加盟国に一律の基準を適用することを改め、欧州委員会と各国が向こう4年間の財政計画で合意し、その進捗状況を毎年の予算案で確認する、②予てより批判が多かった推計値に基づく構造的財政収支を規律違反を判定する参照指標とすることを止め、利払いや失業給付を除く政府の純歳出に統一する、③公的債務残高の対GDP比率が60%を超えた場合、毎年、超過分の20分の1ずつの債務削減を当該国に課すルールを廃止することなどが盛り込まれた。

ドイツはこうした改正案が規律の緩みにつながることを警戒し、欧州委員会と加盟国が合意した財政赤字の削減計画を実現できない場合に発動する債務残高の対GDP比率の年間削減幅の最低基準を設けることや、債務比率の引き下げがある程度達成された後も安定成長協定が定めるGDP比3%を下回る財政赤字の更なる圧縮を求める予防措置(セーフガード)を要求してきた。当初、ドイツの要求に反発していたフランスも、欧州委員会の見直し案の大枠が維持され、十分に長い財政赤字削減の達成期間と投資拡大を可能にする財政的余地を確保することを条件に、ドイツのセーフガード案の受け入れに傾いている。7日の協議に先駆けて輪番制のEU議長国を務めるスペインが妥協案を提案したが、ドイツが譲らなかったとされる。フランスのルメール財務相は会合後に「95%の点で加盟国間の意見が一致している」と発言したのに対して、ドイツのリントナー財務相は「会合前に90%だった合意の割合が92%に達した」と表現し、最終的な合意までの距離について独仏間では微妙な温度差もある。

EUは過去数年、コロナ危機やエネルギー危機を理由に財政規律の加盟国への適用を停止してきたが、2024年からは規律を再適用することが決まっている。このまま規律の見直しで合意できない場合、従来の財政規律が適用されることになる。ただ、秋に開始された来年度予算案の事前評価(ヨーロピアン・セメスター)では、欧州委員会の規律見直し案を参考に、各国毎で設定した政府の純歳出の伸び率を基準に各国の予算案を評価した。そこでは、ベルギー、フィンランド、フランス、クロアチアの4ヵ国が財政勧告からの逸脱のリスクがあるとされ、オーストリア、ドイツ、イタリア、ルクセンブルク、ラトビア、マルタ、オランダ、ポルトガル、スロバキアの9か国が部分的に財政勧告から逸脱する可能性があるとされた。また、欧州委員会の財政見通しでは、ベルギー、スペイン、フランス、イタリア、ラトビア、マルタ、スロベニア、スロバキアの8ヵ国が2023年・2024年の両年ともに財政赤字の対GDP比率が基準値の3%を上回り、フィンランドは2024年が基準値を上回ると予想されている。2023年の財政関連の実績データが発表される2024年春に、財政規律違反の是正措置である「過剰赤字手続き(EDP)」入りするかどうかが判断されることになる。その際、今回の規律見直し協議が決着していれば、その合意内容が規律違反の是非を判断する際にも参照されることになろう。

なお、ドイツはコロナ危機対応の余剰資金を気候変動対策に充てる政府の予算措置が憲法裁判所によって11月に違憲と判断され、来年度の予算審議が滞っている。150億ユーロの財政の穴を埋めるためには何らかの歳出削減が必要で、自国で厳しい財政緊縮が必要となっているなかで、EUの財政規律を過度に緩和する形での見直し案に合意することは難しい。こうしたドイツの態度硬化を受け、EUの財政規律見直しでの合意の行方に暗雲が立ち込めている。他の加盟国の間では、ドイツのセーフガード案をそのまま受け入れれば、そもそも規律見直しが必要となった改正の趣旨が損なわれるとの意見も浮上している。来年6月にはEUの執行部や共同立法機関である欧州議会の構成が入れ替わる欧州議会選挙がある。それまでに合意できなければ、新執行部が正式稼働する来年冬以降まで、財政規律の見直し協議は棚上げされる可能性が出てくる。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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