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規律重視国ドイツの財政危機

~来年度予算成立に暗雲、経済、政治、EUの財政運営に波紋~

田中 理

要旨
  • 財政危機に見舞われているドイツでは、予算削減を巡る連立内の意見相違が続いており、年内の予算成立が危ぶまれている。債務ブレーキへの抵触回避には、来年度以降も継続的な歳出削減が必要な状況で、低迷する景気を一段と冷え込ませるほか、政治安定を脅かす恐れがある。EUの財政規律の見直し協議や財政運営の信頼にも波紋が広がりかねない。

ドイツでは政府の予算調整措置に対する憲法裁判所による11月15日の違憲判決を受け、来年度予算の年内成立に暗雲が立ち込めている。パンデミック危機対応で準備した財政資金枠の未利用分600億ユーロを気候変動基金(KTF)の財源に転用する2021年の予算調整措置が違憲と判断されたことを受け、政府は11月下旬に2023年度の補正予算を編成し、KTFを通じて実行する予定だった気候変動対策資金を本予算に組み込むとともに、2023年についてはエネルギー危機を理由に財政均衡を義務づける「債務ブレーキ」の適用を遡及的に停止することを決定した。だが、今回の違憲判決を受け、KTFを通じて2024年に執行予定であった170億ユーロ相当の気候変動対策予算をどう充当するかの問題が残っている。また、同様の予算調整措置を用いて本予算外に財源を捻出した類似の基金についても、財政上の穴埋め措置が必要となる恐れがある。

2024年に債務ブレーキへの抵触を回避するためには、①2024年についても債務ブレーキの適用を停止するか、②債務ブレーキそのものを改正するか、③歳出を削減するか、④増税などで新たな歳入を確保する以外にない。①が認められるのは、自然災害や政府が制御できない財政上の非常事態の場合に限られ、2024年が適用停止の条件を満たすのかを巡って、新たな法的問題を引き起こす恐れがある。資源価格の上昇が一服し、インフレ率が一段と鈍化に向かう2024年にエネルギー危機を理由に債務ブレーキを停止するのは難しい。②については、憲法に相当する基本法の改正が必要で、連立政権は基本法改正に必要な議会の3分の2以上の議席を確保していない。③はどの予算を削減するかを巡って、連立内の不協和音が高まりかねない。ドイツは主要先進国で唯一、2023年のマイナス成長が予想され、③や④は景気低迷と政権の支持低迷に拍車を掛けることになる。

ショルツ首相が率いる連立政権は、福祉予算の拡充を目指す中道左派の「社会民主党(SPD)」、気候変動対策の強化を求める環境政党「緑の党」、財政規律を重視するとともに、親ビジネスで、増税に反対するリベラル政党「自由民主党(FDP)」の3党で構成されている。問題解決を巡って3党間の調整は難航しており、クリスマス休暇前の議会の審議日程から逆算した閣内の合意期限とされた6日の閣議でも決定が持ち越された。政府の気候変動対策を司るハーベック副首相兼経済・気候保護相は、ドバイで開催中の第28回の国連気候変動枠組み条約締結国会議(COP28)への出席を取り止め、財政危機への対応に当たっている。来週の議会審議開始と年内の予算成立に向けて、ぎりぎりの折衝が続けられている。

このまま連立内で合意ができずに越年することも考えられるほか、閣議決定がずれ込んだ場合、議会での十分な審議日程が取れないとして、野党が法案審議に反対する可能性がある。年内に予算が成立しない場合、予算が成立するまでの間は、法的に義務づけられた歳出のみが執行される。低迷する景気を一段と下押しするうえ、連立政権の機能不全を印象づける恐れがある。どの予算を削減すべきかを巡って連立内の合意が得られない場合、ひとまず年間の予算削減規模だけを決定し、個別予算の削減を巡る決定を先送りする方法もある。この場合、予算未成立を回避できるが、個別予算の削減を決める段階で連立内の不協和音が度々繰り返されることになる。こうした問題は、今回の予算決定のみならず、来年秋に開始される2025年予算においても蒸し返されることになろう。

こうした財政上の混乱は、ドイツの経済・政治情勢の不安定化に加えて、欧州連合(EU)の財政運営にも影響を及ぼしかねない。歳出削減で景気に一段のブレーキが掛かれば、ドイツは2年連続のマイナス成長も視野に入ってくる。脱ロシアや脱化石燃料を急ピッチに進めた結果、ドイツは割高な液化天然ガス(LNG)輸入を拡大しており、事業コストの増加と産業空洞化が問題視されている。気候変動関連予算の削減や執行の遅れは、産業空洞化を加速させかねない。今回の財政問題が発覚する以前から、連立3党の支持率は急落していた。来年6月の欧州議会選挙、9月に旧東ドイツの3州で予定される州議会選挙での劣勢は避けられない。予算削減を巡って連立内の亀裂が決定的となり、連立崩壊や前倒しの連邦議会選挙に発展するとの観測も一部で浮上している。EU内で規律を重視すると見られていたドイツで発覚した事実上の財政赤字隠しは、EUの財政運営に対する信頼を損ねる恐れもある。EUは現在、財政規律の見直し協議を進めている。8日のユーロ圏財務相会合で合意し、12月中旬の欧州首脳会議での決着を目指していたが、財政運営を巡る自国の混乱を受け、ドイツが態度を硬化させている。こちらの年内合意にも暗雲が立ち込めている。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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