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ECBは利上げを見送り

~PEPP再投資停止は議論せず、イタリア不安を警戒か?~

田中 理

要旨
  • 9月まで10回連続で利上げを行ってきたECBは、前回理事会で示唆した通り、10月の理事会で利上げを見送った。先行きの利上げ再開の可能性を排除していないが、足許の景気減速、インフレ率の鈍化、金融引き締めの効果浸透を考えると、利上げは打ち止めの可能性が高い。金融市場では来年6月までの利下げ開始が織り込まれているが、物価の粘着性の高さ、ソフトデータとハードデータの乖離、ECBの慎重姿勢を考えると、利下げ開始は来年後半にずれ込むと考える。

  • 利上げが最終局面を迎えるなか、パンデミック緊急資産買い入れプログラム(PEPP)の再投資を前倒しで停止するとの観測も浮上しているが、イタリアの財政不安が再燃しており、今回の理事会では再投資停止を議論していないと火消しに走った。近く予定される欧州委員会によるイタリアの財政評価や格付け機関による国債の格付け判断で、イタリアの財政不安が後退すれば、12月の理事会で再投資停止の議論を開始する可能性が高まる。他方、イタリア不安や金融市場のリスクオフが継続する場合、柔軟な市場介入ツールを維持するため、再投資停止が後ずれしよう。

昨年7月から今年9月まで10回連続で利上げを実施してきたECBは、前回の理事会で利上げを決定するとともに、次回以降の利上げ打ち止めの可能性を示唆したが、10月の理事会ではこうした方針通りに政策金利を据え置いた。なお、現状維持は全会一致に基づく決定だった。

声明文では、「我々はインフレ率がタイムリーに2%の中期的な目標に戻ることを確実にする決意である。現時点での評価によれば、政策金利の水準は、十分に長い期間維持された場合、この目標に向かって大きく貢献すると考える。将来の我々の決定は、政策金利が必要な限り、十分に抑制的な水準に設定されることを保証する(We are determined to ensure that inflation returns to our two per cewnt medium-term target in a timely manner. Based on our current assessment, we consider that the key ECB interest rates are at levels that, maintained for a sufficiently long duration, will make a substantial contribution to this goal. Our future decisions will ensure that our policy rates will be set at sufficiently restrictive levels for as long as necessary.)」と前回9月に追加された文言とほぼ内容を踏襲。

今後の金融政策運営に関しても、「金融引き締めの適切な度合いと期間を決定するうえで、我々は引き続きデータに基づいたアプローチに従う。特に我々の政策金利の決定は、新たに発表される経済・金融データ、基調的なインフレ率の推移、金融政策の伝達の強さに照らしたインフレ見通しの評価に基づいて行われる(We will continue to follow a data-dependent approach to determining the appropriate level and duration of restriction. In particular, our interest rate decisions will be based on our assessment of the inflation outlook in lighjt of the incoming economic and financial data, the dynamics of underlying inflation and the strengt of monetary policy transmission)」と前回の文言を踏襲し、先行きの利上げ再開の可能性を完全に排除した訳ではない。

ロシアとウクライナ間の紛争継続に加えて、イスラエルとガザ地区を巡る地政学的な不確実性が高まっており、原油や天然ガス価格などが足許でやや上昇しているものの、今のところ先行きのインフレ率の鈍化シナリオを覆すほどの大幅な反転上昇は見られない。一部でソフトデータとハードデータの乖離もみられるが、足許の景気指標はPMIを中心に、製造業の不振がサービス業にも波及しつつあり、一段の減速を示唆するものが多い。インフレ率はピークアウト後も中期的な物価安定目標を上回っているものの、基調的なインフレ率や賃上げ率も含めて鈍化傾向にある。これまでの金融引き締めの効果が需要抑制や物価の押し下げにつながっている。貸出態度の一段の厳格化に加えて、米国債利回りの上昇が欧州市場にも波及しており、金融環境は全般に引き締まっている。このように、インフレ見通しの評価の元となる3要素は、利上げ打ち止めの可能性を示唆する。

債券先物市場は来年6月までの利下げ開始を織り込んでいる。物価や賃金の粘着性(=物価が高止まりするリスク)、ハードデータとソフトデータの乖離(景気がPMIが示唆するほど減速しない可能性)、ECBの政策転換が一般に遅れがちな点を考えると、筆者は来年後半に利下げ開始がずれ込むと考える。

利上げが最終局面を迎えるなか、一部のECB高官からコロナ危機時に開始したパンデミック緊急資産買い入れプログラム(PEPP)の再投資を前倒しで停止すべきとの声も浮上していた。ラガルド総裁は理事会後の記者会見で、今回の理事会でPEPPの再投資停止については議論していないと述べ、早期の再投資停止を否定した。

PEPPについては、「理事会は少なくとも2024年末まで、PEPPを通じて購入した債券のうち、満期を迎えたものについて、元本と同額を再投資する意向である。何れにせよ、PEPPポートフォリオの将来の縮小は、適切な金融政策スタンスに支障をきたさないように管理される。理事会は、パンデミックに関連した金融政策の伝達メカニズムへのリスクに対抗する観点から、PEPPポートフォリオの償還時の再投資に引き続き柔軟性を適用する(As concerns the PEPP, the Governing Council intends to reinvest the principal payments from maturing securities purchased under tht programmme until at least the end of 2024. In any case, the future roll-off of the PEPP portfolio will be managed to avoid interferance with the appopriate monetary policy stance. The Governing Council will continue applying flexibility in reinvesting redemptions coming due in the PEPP portfolio, with a view to countering risk to the monetary policy tranmission mechanism related to the pandemic.)と、従来のガイダンスを維持した。

イタリアの財政状況を巡る不安再燃から、同国の国債利回りが4%台後半に上昇している。11月中下旬に予定される欧州委員会による同国の来年度予算案に対する勧告で財政規律違反を問われる恐れがあるほか、主要格付け機関が近くイタリア国債の格付け評価を予定しているが(S&Pは先週、BBBに維持)、同国の長期債格付けは投資不適格転落まで1~3ノッチの水準にある。PEPPの再投資停止観測が高まれば、イタリアの金利上昇が加速し、利払い負担の増加も加わって、債務の持続可能性が危ぶまれかねない。イタリア不安が沈静化するまでは、PEPPの再投資を停止することは難しい。イタリアの金利上昇を抑制する政策ツールとしては、EUの金融安全網であるESMの利用やECBによる国債購入(OMT)があるが、イタリア国民の間にESMの利用に強い拒否反応があり、ESMの利用を前提としたOMTも利用できない。そこでECBは、昨年7月の利上げ開始に先駆けてイタリア金利が上昇した際、イタリア金利の上昇抑制を念頭に、新たな市場分断化への対抗策(TPI)を創設した。

今回の声明文でも「理事会はインフレ率が中期的に2%の目標に戻ることを確実にし、金融政策の円滑な伝達経路を確保するため、その権限の範囲内であらゆる政策手段を調整する用意がある。さらに、全てのユーロ圏諸国において、金融政策の伝達に対する深刻な脅威となる不当で無秩序な市場のダイナミクスに対抗するため、TPIが利用可能である(The Governing Council stands ready to adjust all of its instruments within its mandate to ensure that inflation returns to its 2% target over the medium term and to preserve the smooth functioning of monetary policy transmission. Moreover, the Transmission Protection Instrument is available to counter unwarranted, disorderly market dynamics that pose a serious threat to the transmission of monetary policy across all euro area countries, thus allowing the Governing Council to more effectively deliver on its price stability mandate.)」と述べ、イタリアの金利上昇を牽制した。

TPIを通じたECBの国債購入は、OMTと異なり、ESMの利用を条件としないが、財政規律違反の監視・是正措置である過剰赤字手続き(EDP)下の国は、十分な是正措置が取られない限り、TPIの対象とならない。イタリアが財政規律違反を問われる恐れが高まったり、世界的なリスクオフで金利に上昇圧力が及ぶ場合、PEPPの再投資停止の議論は来年に先送りされよう。イタリアのEDP入りや格下げが回避され、金融市場のセンチメントが改善に向かう場合、早ければ12月の理事会でPEPPの再投資停止の議論が開始されることが予想される。その場合も実際の再投資停止は来年になるとみる。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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