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フランスに新たな内政危機

~警官による少年射殺事件を受け、各地で暴動が続く~

田中 理

要旨
  • 年金改革を巡るデモが一服したフランスで、警官による少年への発砲事件が発生し、各地で放火や襲撃行為が相次いでいる。事件はフランス内外で政治的な波紋を広げており、マクロン大統領は予定されたドイツへの公式訪問を延期。停滞する独仏関係の打開は先送りされ、EUの政策運営にも影を落としている。フランス国内では、年金改革を巡る混乱収束を受け、政府は移民制度改革や気候変動対策などに取り組む方針だった。混乱が続けば、極右政党の支持拡大につながるほか、年金改革後の政府の改革アジェンダが停滞する恐れがある。

政府の年金改革を巡る数ヶ月に及んだデモや衝突が一服したフランスで、新たな暴力と混乱が広がっている。6月27日にパリ郊外のナンテールで、北アフリカにルーツを持つ17歳の少年が無免許で車を運転中にスピード違反の疑いで警察に追跡され、逃走を計ろうとして車両を再発進した際、警官に射殺される事件が発生した。その様子を撮影した動画がソーシャルメディアで拡散され、警察官の対応に批判が殺到している。人種差別、厳しい境遇、社会の不公平さに不満を持ち、国家に見捨てられていると感じる移民二世や三世の低所得家庭の若者が中心となり、フランス各地で警官隊と衝突し、警察署、学校、市庁舎、バス、車、商店などへの放火、略奪、襲撃が相次いでいる。

7月2日までに6日間連続で暴動が発生し、連日数百人単位の逮捕者が出ている。政府は治安維持のために、大量の警察官や特殊部隊を動員し、各地に重車両やヘリコプターなどを配備している。ソーシャルメディアに対しては、暴力を扇動する投稿を削除するように協力を求めた。幾つかの地域では夜間の外出禁止令が出され、コンサートや学期末の学校行事が中止され、公共交通機関の一部が夜間の運航を停止している。発砲した警官は殺人予備罪の容疑で勾留中で、発砲の必要性があったと主張している一方、検察側は銃の使用が認められる法的条件が揃っていなかったとしている。フランスでは2017年に法律が改正され、運転手が警察の命令に従わず、警官の命が危険に晒されている場合、警官に発砲する権限が与えられた。少年が運転していた車から武器はみつかっていない。マクロン大統領は警官による少年への発砲を「不可解で許しがたい」と、司法捜査中としては異例の断定的な発言で非難したうえで、少年の死が暴力行為の正当化に利用されていると指摘し、国民に冷静な対応を呼び掛けている。今のところ暴力を取り締まるための広範な権限を地域圏(レジオン)知事に与える非常事態宣言は出ていない。2005年に北アフリカ出身の10代の少年2人が警察から逃走中にパリ郊外の変電所で感電死した事件の後に発生した暴動では、2ヶ月間近くにわたって非常事態宣言が出された。

事件はフランスの内外で政治的な波紋を広げている。マクロン大統領は6月30日、ブリュッセルで開かれていたEU首脳会議を途中で切り上げて帰国、7月2日から予定された3日間のドイツへの公式訪問を取り止め、国内でこの問題への対処を続ける。EUの二大国であるフランスとドイツはエネルギー、国防、財政、貿易、ウクライナ問題、外交など様々な政策分野で足並みの乱れを露呈してきた。フランスのマクロン大統領とドイツのショルツ首相は、かつてのミッテラン=コールやサルコジ=メルケル時代のような親密な個人的な関係を構築できずにいると噂される。フランスは脆弱な議会基盤と内政の混乱で、ドイツは連立政権内の不協和音に追われ、何れも内向きとなっている。独仏枢軸の弱体化は、今後のEUの政策運営や統合強化にも影を落としかねない。来年央には欧州議会選挙が予定され、現体制の下でEU関連の政策実現に残された時間は少ない。

フランス国内では、今回の事件発生を受け、年金改革や生活困窮に対する政府の批判票を集め、世論調査で支持率を高めている極右政党・国民連合のルペン氏が(図)、政府が暴徒や犯罪に甘いと批判し、移民対策の強化や司法制度改革を求めている。議会の最大野党勢力を率いる極左政党・不服従のフランスのメランション氏は、警察による暴力行為を非難し、低所得者への支援強化を求めている。政府は2021年に貧困地区の問題に対処する「クオティエ2030計画」を発表したが、今回の事件は貧困地区における社会的・経済的な問題が引き続き放置されてきたことを改めて浮き彫りにした。マクロン大統領の就任以来、若者の失業率が低下するなど一定の成果も出ているが、人種差別、貧困、犯罪などに取り組む必要がある。政府は年金改革を巡る混乱が収束したことを受け、移民制度改革や気候変動対策などに取り組む方針だった。混乱が続けば、治安や法の支配を訴える極右勢力の支持拡大につながるほか、年金改革後の政府の改革アジェンダが停滞する恐れがある。

図表1
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以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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