日銀を揺さぶる円安 政府・日銀は臨戦態勢か

藤代 宏一

要旨
  • 日経平均は先行き 12 ヶ月 31,500 程度で推移するだろう。
  • USD/JPY は先行き 12 ヶ月 130 程度で推移するだろう。
  • 日銀は現在の YCC を 10‐12 月期に修正するだろう。
  • FED は FF 金利を 5.25%(幅上限)で据え置くだろう。利下げは 24 年 1-3 月を見込む。
目次

金融市場

  • 前日の米国市場は下落。S&P500は▲0.4%、NASDAQは▲1.2%で引け。VIXは14.3へと上昇。
  • 米金利は中期ゾーンを中心に金利低下。予想インフレ率(10年BEI)は2.201%(▲1.4bp)へと低下。実質金利は1.528%(+0.3bp)へと上昇。長短金利差(2年10年)は▲102.7bpへとマイナス幅拡大。
  • 為替(G10通貨)はUSDが中位程度。USD/JPYは143半ばへと低下。コモディティはWTI原油が69.4㌦(+0.2㌦)へと上昇。銅は8391.0㌦(+0.5㌦)へと上昇。金は1923.7㌦(+4.6㌦)へと上昇。

図表1
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図表2
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図表3
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図表4
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注目点

  • 6月27日現在、USD/JPYは143前半で推移している。この水準は政府・日銀にとって警戒水域であろう。2022年に政府が最初に為替介入を実施したのはUSD/JPYが145後半に到達した9月22日であり、その水準にかなり接近している。なお政府はUSD/JPYが152近辺まで上昇した10月21日に続き10月24日にも介入を実施し合計9.2兆円を投じた。

図表6
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  • 2022年と同様に政府は臨戦態勢に入ったとみられ、実際、神田財務官は「円安は急速で一方的」と語気を強め始めた。一方、当時と異なるのは輸入物価が下落に転じていること。2022年は年央までの国際商品市況における原油高、穀物高に円安が加わり、輸入物価が前年比4割強上昇したことで身近なモノの値上げが目立ち始め、マスコミ報道を中心に円安が槍玉にあげられていた局面であった。それに対して2023年は円安がインバウンドの呼び込みに繋がるといった恩恵を受けられることもあり、それらの点において政府の警戒感はさほど高くないかもしれない。

  • 他方、2023年のUSD/JPY上昇は「円安」の色彩が強いという特性を踏まえる必要があり、これは日銀の政策態度に一定の影響を与え得ると考えられる。2022年はFedが強力な金融引き締めに踏み切る下で、ドルがユーロやポンドなど大半の主要通貨に対して全面高となる中で円が売られる構図、つまりドル高主導であったのに対して2023年は円が独歩安の様相を呈し、クロス円の円安が目立っている。これはUSD/JPY上昇の発生源が「ドル高」から「円安」に変化していると換言でき、それはUSD/JPYとドルインデックスの乖離で可視的に確認できる。このことはUSD/JPY上昇の理由として日銀の金融緩和の存在感が高まっていることを同時に意味する。

図表7
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図表8
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  • 2022年はドルが全面高となる、お手上げ状態とも言うべき環境にある中、政府と日銀の協議において日銀の政策修正によって円安に歯止めをかける選択肢は採用されなかった。それは黒田総裁(当時)が為替介入の約2ヶ月前にあたる7月21日の金融政策決定会合後の記者会見で以下のように発言していたことから推察できる(下線は筆者)。

質:「国民の生活とか経済を守るために、緊急避難的にとか一時的にでもちょっと政策の修正を考えるとか、そういう考えは一切お持ちではないということでしょうか」

答:「今の円安というのは、実はドルの独歩高です。ユーロやポンドも大きくドルに対して下落しています。ご承知のように英国は 5 回金利を既に上げています。それからユーロも今月から金利を上げるということで、そういった通貨も同じぐらい下落しています。確かに円の対ドル下落のきっかけというか、マーケットの考え方には、日米金利格差があったと思いますが、実際のところ、世界的にドルの独歩高で、皆、為替が安くなっています。例えば、隣の韓国は相当金利を引き上げていますが、ものすごい勢いでウォン安になっていますので、金利をちょっと上げたらそれだけで円安が止まるとか、そういったことは到底考えられません。本当に金利だけで円安を止めようという話であれば、大幅な金利引き上げになって、経済に大きなダメージになると思います。そもそも今の為替の動きは――マーケットの人はそのように思い込んでいるのですけれども――、金利格差と言っていますが、金利格差が拡大していない英国とか韓国ですら大きく下落しており、おっしゃったような政策が合理的にあり得るとは考えていません」

  • 今後USD/JPYが145を超えて150に向かうような事態になれば、次の為替対応は政府による為替介入ではなく日銀の政策修正(YCCの変動幅拡大)になる可能性が高いと筆者は判断している。日銀の政策修正に関する筆者の予想時期は、来年度の賃金動向(春闘)がある程度見通せるようになり、Fedの利上げ終了に確信を持てるようになる10-12月頃が最も妥当であると考えているが、それ以前に円安が進行すれば7月の金融政策決定会合における政策修正の可能性が高まると判断している。もちろん日銀が政策修正の理由に「円安」を挙げることはないだろうが、政府と日銀の為替認識を巡る協議において日銀に政策修正を迫る一因にはなるだろう。また黒田総裁体制時における日銀の「準」公式見解とも言うべき「円安は全体としてプラス」という評価に対して、植田総裁がどういった為替認識を示すかも注目したい。

藤代 宏一


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