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スイス大手行救済で露呈した2つの問題点

~AT1債の弁済順位と銀行規制の限界~

田中 理

要旨
  • スイス大手行の最近の救済を巡っては、AT1債の弁済順位が普通株式よりも下位に置かれたことで、AT1債を自己資本増強に多用してきた他の欧州の大手行にも不安が広がる恐れがある。欧州の政策当局はそうした取り扱いが問題となった銀行固有のケースであるとして、火消しに躍起になっているが、市場の疑心暗鬼は収まっていない。

  • 今回の米中堅銀行の破綻とスイス大手行の救済では、リーマンショック後に強化された金融規制の限界も露呈した。米国では中小・中堅銀行の金融規制がその後緩和され、大手行並みの厳しい規制がなかったことが危機の遠因になったとの見方もある。だが、システム上重要な国際的金融機関であったスイス大手行は、通常よりも厳しい資本規制や流動性規制の対象で、基準を満たしていたが、経営難に陥った。何れのケースも個別行のガバナンスやリスク管理に問題があった点は疑いの余地がないが、強化された金融規制でそれを防ぐことができなかったのか、再発防止に向けて必要な取り組みなど、幅広い議論を巻き起こすことになろう。

先週末にかけてのスイス大手銀行の救済劇は、米国に端を発した銀行問題が欧州に飛び火し、システム上重要な金融機関の破綻が他の大手行に波及、金融システムを揺るがす事態に発展することを回避するため、政策当局主導で迅速に進められた。だが、その過程では、①その他ティア1債(AT1債)の弁済順位を巡る混乱、②リーマンショック後に強化された金融規制の限界という2つの問題が浮き彫りとなった。

スイス金融市場監督機構(FINMA)は19日、問題となっているスイス大手行が発行したAT1債の価値をゼロにすると発表し、金融市場に動揺が広がっている。一般に債券の弁済順位は株式よりも上位に位置付けられるが、今回の救済では当該銀行の株式が大幅に減免された額面価格で買収先銀行の株式に交換されたのに対し、AT1債が無価値となった。こうした取り扱いは当該債券の目論見書で認められた内容だったとされるが、債券保有者が株主よりも冷遇される事態を受け、投資家の間でAT1債を手放す動きが広がり、AT1債の利回りが上昇している。バーゼルIIIが導入されて以降、欧州の多くの銀行は、中核的な自己資本への組み込みが可能で、普通株式よりも発行コストが低いAT1債を好んで利用してきた。ブルーム―バーグの集計によれば、欧州の大手銀行の多くで、普通株式等ティア1(CET1)の10~30%程度をAT1債が占めている。今回のスイスの金融当局の決定を受け、今後AT1債にはより高いプレミアムが要求されるとみられ、欧州の銀行の資金調達コストが増加し、銀行の貸出態度が厳格化する恐れがある。他の銀行のAT1債に不安が広がることを恐れ、EUの単一破綻処理委員会(SRB)、欧州銀行監督機構(EBA)、欧州中央銀行(ECB)の銀行監督委員会は20日、AT1債の保有者が損失を負担するのは、普通株式で損失を穴埋めした後である趣旨の共同声明を発表した。不安増幅に歯止めを掛けようとしているが、市場には疑心暗鬼が燻っている。

米国の中堅銀行の破綻事例では、①預金保護対象外の大口預金の割合が高かった、②逆風下にあるテック企業や暗号資産が融資先の中心だった、③資産と負債のデュレーションのミスマッチが大きく、金利上昇で含み損が拡大したなど、当該銀行に固有の問題を抱えていた。加えて、リーマンショック後に強化された金融規制が、米トランプ政権誕生後に中小・中堅銀行を対象に緩和されたことも、危機の遠因になったとの見方もある。バイデン政権は銀行規制の強化を目指す方針を表明している。ただ、欧州で問題となったスイスの大手行は「システム上重要な国際的金融機関(G-SIBs)」の一角を占め、通常よりも厳しい資本規制や流動性規制の達成を課せられていた。危機発生以前の同行のティア1自己資本比率や流動性カバレッジ比率は何れも基準を満たし、預金引き出し後も十分な自己資本と流動資産を有していたとされる。グローバルに事業を展開する大規模銀行が引き起こすシステミックリスクをなくすことが、リーマンショック後の金融規制強化の目的だった筈だが、なぜ今回の経営難を未然に防ぐことができなかったのか。個別行のガバナンスやリスク管理に問題があったのは間違いないが、今後、リーマンショック後に強化された金融規制で銀行の経営難を防ぐことができなかったのか、再発防止に向けて必要な取り組みなど、幅広い議論を巻き起こすことになる。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 欧州・米国経済

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