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年金改革とマクロン施政の未来

~強行突破で国民との溝が一段と深まる~

田中 理

要旨
  • フランスでは年金改革阻止と政権打倒を目指した内閣不信任案が否決。野党は違憲審査や国民投票を検討しているが、こうした試みが成功する可能性は低い。労働組合は抗議行動を再開する意向を示唆している。強行突破で野党や国民との溝が一段と深まり、政権の求心力低下とレームダック化が避けられない。早期の解散・総選挙は政権に逆風となり、内閣改造や首相交代で政権を一新することが考えられる。内閣不信任を巡って党内が割れた共和党が議会運営安定の鍵を握る。

フランスでは政府が議会を通さない憲法49条3項の例外規定を用いて年金改革の関連法案を成立させたことを巡って、野党や国民の反発が続いている。49条3項の成立阻止と政権打倒を目指した2つの内閣不信任案は20日に否決され、大統領が10日以内に署名することで法案は成立する。極右政党が提出した内閣不信任投票は主要野党が揃って投票を棄権し、大差で否決されたが、超党派グループが提出した不信任投票は僅か9票差で否決、投票棄権を示唆していた伝統的な中道右派政党・共和党の一部議員が賛成に回った可能性がある。野党勢は憲法裁判所への訴えや国民投票の実施を通じて法案の一部修正や廃案に持ち込むことを検討しているが、こうした試みが成功する可能性は低い。労働組合は23日にも大規模な抗議行動を再開する意向を表明しており、大統領に方針転換を促していく。エネルギー供給やごみ収集などにも影響が出る可能性がある。

フランスでは大統領の三選が禁止されている。本来、二期目の最重要内政課題である年金改革を早々に決着させたことで、マクロン大統領にとって残り4年の任期は、自身が掲げてきた強いフランスの復活やEUの統合強化や戦略的自立を実現する絶好の機会となる筈だった。だが、昨年6月の国民議会(下院)選挙で議会の過半数を失い、今回の年金改革では国民の理解が得られないまま、強硬突破で法案を成立させることを余儀なくされた。大統領は危機的な状況にある年金財政を建て直すには、今回の改革が必要と主張する。野党勢や国民の間では、改革のあり方や財政再建の手法を巡って、政府の方針と距離がある。今後も国民の反発と抵抗が続くことが予想され、マクロン大統領の求心力低下と政策停滞(レームダック化)が避けられない。ロシアのウクライナ侵攻への対応、英国や米国などとの外交課題、コロナやウクライナで停滞するEU改革、来年のパリ五輪など、政治的な遺産(レガシー)作りにも影響が出る恐れがある。

議会の膠着打開を目指して、マクロン大統領が議会の解散・総選挙の前倒しを検討することが考えられる。だが、年金改革への国民の批判が高まるなか、総選挙で過半数を奪還できる目処は今のところ立たない。ひとまずは内閣改造や首相交代で政権を一新することが考えられる。議会運営の鍵を握るのは共和党だ。内閣不信任投票では党の方針に背いた議員が少なからずいた。共和党が分裂し、一部がマクロン大統領支持に回れば、議会運営の安定につながる。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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