デジタル国家ウクライナ デジタル国家ウクライナ

クロアチアがユーロ導入

~単一通貨圏は20ヵ国体制に~

田中 理

要旨
  • クロアチアは2023年1月1日から、EUの単一通貨ユーロを正式に導入するとともに、域外国境管理を共通化し、域内国境管理を撤廃するシェンゲン圏に加わった。これによりユーロ圏は20ヵ国に、シェンゲン圏はEFTAの4ヵ国を合わせて27ヶ国体制となる。

  • クロアチアは既にEU加盟国のため、ユーロ導入がEUの政策決定に及ぼす影響はない。ユーロ圏独自の政策決定の場では、20分の1の投票権を持つことになる。ユーロ圏の経済規模や人口に占めるクロアチアの割合は1%前後にとどまり、クロアチアの加盟がユーロ圏全体の姿を大きく変えることはない。ECBの投票権の輪番制やECBの資本金構成比などが変化する。

バルカン半島に位置する旧ユーゴスラビアのクロアチアは2023年1月1日、欧州連合(EU)の単一通貨ユーロを正式に導入するとともに、域外国境管理を共通化し、域内国境管理を撤廃するシェンゲン圏に加わった。クロアチアは2013年7月1日にEUに加盟し、約10年を経てユーロの導入に踏み切る。ユーロ圏が拡大するのは2015年にリトアニアが加入して以来8年振りで、1999年に11ヵ国で始まったユーロ圏はこれで20ヵ国となった。EUに加盟する27ヵ国のうち、ユーロを導入していない国は、EU条約第122条に基づく適用除外(オプトアウト)が認められているデンマークと、それ以外のブルガリア、チェコ、ハンガリー、ポーランド、ルーマニア、スウェーデンの計7ヶ国となる(図表1)。クロアチアの旧通貨とユーロの交換レートは、1ユーロ=7.53450クーナで不可逆的に固定される。

ユーロ導入に必要な収斂基準(物価安定、財政の持続可能性、為替相場の変動幅、長期金利の安定に基づいて判断される)を満たし、昨年7月のEUの閣僚理事会でクロアチアのユーロ導入が正式に決定された。既に過去数年、不動産価格やホテル宿泊費などはユーロ建てでの取引が一般的となっていたほか、昨年9月からは全ての商品の価格表示をクーナ建てとユーロ建てで併記することが義務付けられてきた。ユーロの正式導入から2週間はクーナの利用も可能だが、お釣りはユーロで支払われる。クロアチア国民の間では、世界的に物価が高騰するタイミングでの通貨切り替えと重なったこともあり、ユーロ導入に伴う便乗値上げを不安視する声も多い。政府は取引頻度の高い商品の価格をモニターするとともに、適切な価格表示をしている商工業者に認定ステッカーを発行する。クロアチアはユーロ導入で為替変動を通じた調整メカニズムを失う一方、為替の両替コストやヘッジコストを節約でき、他のユーロ圏との間の価格の透明性が高まり、産業誘致や観光客の増加が期待できるほか、投機的取引からの防衛といったメリットを享受できる。クロアチアのユーロ導入が承認されたことを受け、大手格付け会社は同国の長期国債格付けを引き上げた。この点も資金調達コストの低下につながろう。

クロアチアのユーロ導入により、EUやユーロ圏の政策決定にどのような影響が出る可能性があるのだろうか。クロアチアは既にEU加盟国のため、EUの政策決定に及ぼす影響はない。ユーロ圏独自の政策決定の場、例えばユーロ圏の経済財務相で構成されるユーログループなどでは、1国1票の多数決で政策が決まることが多い。クロアチアが20分の1の投票権を持つことになり、他のユーロ導入国の投票権が19分の1から20分の1に低下する。クロアチアのユーロ導入により、ユーロ圏の経済規模(2021年の名目GDP)は約580億ユーロ、人口(2021年1月1日時点)が約400万人増加するが、同国がユーロ圏全体に占める割合は各々0.5%と1.2%に過ぎず、ユーロ圏全体の姿を大きく変えるものではない。

金融市場参加者にとっては、欧州中央銀行(ECB)の政策決定に参加するメンバーが1人増えることになる。総裁、副総裁、4名の理事で構成されるECB役員会のメンバーは毎回の理事会で投票権を持つ。ユーロ導入国の拡大(18ヶ国以上)に伴い、2015年以降はECB傘下の各国中銀総裁の投票権の輪番制が開始された。経済と金融部門の規模の大きさに応じて、上位5ヵ国が第一グループに、残りの国が第二グループに分類される。第一グループ内の5ヵ国のうち1ヵ国が、第二グループ内のユーロ導入国(現在は15ヵ国)のうち2ヵ国が月毎に交代で投票権を持たない。投票権を持たない中銀総裁も、理事会に出席し、討議に参加する。中銀総裁の投票権は月毎に替わるが、金融政策を決定する理事会は6週間毎に開催される。2023年の金融政策を決定する理事会の日程と重ね合わせると、例えば2月の理事会では第一グループ内でイタリア、第二グループ内でエストニア、アイルランド、ギリシャ、クロアチアが投票権を持たない(図表2)。新たに加わるクロアチア中銀のブイチッチ総裁のタカ派・ハト派度合いは現時点で明らかでないが、ECBウォッチャーにとっては、総勢26名の発言をフォローする必要がある。

ECBによる新規の資産買い入れが終了したことに伴い、各国別の国債購入比の基準となるECBの資本金構成比が意識される機会は減ったが、クロアチアのユーロ圏への加盟に伴い、それ以外のユーロ導入国の構成比が僅かに低下する(図表3)。また、欧州債務危機時の2014年にユーロ圏内の単一銀行監督メカニズム(SSM)が開始され、域内の重要な金融機関についてはECBが直接監督下に置くことになった。今回のクロアチアのユーロ導入に伴い、同国の5銀行が新たにECBの直接監督下に入る。

クロアチアの加盟により、シェンゲン圏の構成国は、EU27ヶ国のうちブルガリア、アイルランド、キプロス、ルーマニアを除く23ヶ国に、アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー、スイスの欧州自由貿易連合(EFTA)に加盟する4ヵ国を加えた合計27ヶ国となった(前掲図表1)。新たなシェンゲン加盟国は2011年末のリヒテンシュタイン以来、約11年振りとなる。これにより、クロアチアと他のシェンゲン加盟国間を行き来する渡航者は、入国審査やパスポートの提示が不要になる。ユーロ導入で為替コストがなくなることと相俟って、クロアチアの観光需要を喚起する可能性がある。シェンゲン加盟国は域外国境管理を共通で行うため、クロアチアはボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロの非EU・非シェンゲン国との国境管理、監視、入域検査などを担うことになる。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

以上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ