2023年、日銀はどこまで行くのか

~市場とのコミュニケーションに課題を残しながら出口に向かうのか?~

佐久間 啓

日銀の政策変更-誰も予想していなかったYCC修正

日銀は12月12~13日の金融政策決定会合で「緩和的な金融環境を維持しつつ、市場機能の改善を図り、より円滑にイールドカーブ全体の形成を促していくため」金融政策の変更を決定。イールドカーブコントロール(YCC)の10年物国債の変動幅を±0.25%から±0.5%に拡大した。事前に政策変更を予想する声はなく久々のサプライズ発表となった。

会合後の記者会見で黒田総裁は今回のYCCの変更は利上げではなく、イールドカーブの歪みから起債環境等が悪化し金融環境に悪影響が出ることを避け、より一層の緩和効果の浸透を狙ったものと説明している。記者との質疑の中では「なぜこのタイミングなのか?」、「9月に総裁は変動幅拡大は事実上の利上げと発言していたがそのこととの整合性は?」、「この決定は出口に向けた一歩なのか」という質問がでていたがそれに対しては決定会合のリリースペーパーにある以上の説明はなく“なかなか本心は読めないな…”という感じだった。

今回の決定について市場では唐突感が大きいという声が多い。これまでのYCCにはデメリットもあるがメリットの方が断然大きい、変動幅拡大は利上げと同じと市場に理解させてきたにもかかわらずの手のひら返しなのでそうした声が出るのも当然だろう。ただ0.25%の固定金利オペを連発するような金融環境で事実上の利上げとなる変動幅拡大を事前に織り込ませることはできないのも事実。ある程度の唐突感が生じるのは仕方がないと理解もする。それでも今回は市場とのコミュニケーションに課題を残したと感じている。

古くて新しい「市場との対話」

筆者は今回の決定会合を受けた市場の反応を見ていて以前弊社の経済研レポート2013年7月号「時評」に書いた一節を思い出した。

図表1
図表1

この一節は2013年4月の「量的質的金融緩和」導入を受けて混乱した金融市場をみて、市場にショックを与えることは時には必要だと理解できるがそうした時にこそ市場の不安や疑心暗鬼に丁寧な情報発信で継続的に応えていくことが求められると思い書いたもの。市場との対話の重要性については今も変わらないと思っている。

この「市場との対話」の対極にあるのが「Shock & Awe(衝撃と畏怖)」。後者は2003年のイラク戦争での米軍の作戦名として知られる。今では最初に予想を上回る大きな衝撃を与えることで“世界が変わる”という見方を浸透させるような手を打つ場合に使われたりする。2013年4月の「量的質的金融緩和」導入はまさしくこの「Shock & Awe」だった。市場は日銀の本気度、変化を感じ、以降金融市場では株高、円安、金利低下が進み「少なくともデフレではない状況」が実現した。

ただこの時の成功体験が強烈なだけに日銀の「市場との対話」がやや物足りないものになっていたように感じる。いくら事前に織り込ませることが現実的に難しいと言っても「直前の情報発信と全く違う」と感じるような対応をしていては疑心暗鬼が先にたち、発言の裏を読むことが当たり前になる。「市場機能の改善を図り、より円滑にイールドカーブ全体の形成を促していくため」と言われても…更に歪みが生じたらまた変動幅拡大?その次はYCC終了?と日銀の次の行動を催促すような動きが出て市場機能の改善どころか最悪機能不全という状況になることも出てくかもしれない。

「市場との対話」というと政策当局サイドの情報発信のやり方に注目が集まるがコミュニケーションであるから当然双方向の話。つまり情報を受け取る金融市場にもこの「対話」を深めていく責任がある。市場参加者は多様であり情報の解釈にはいろいろあっていいが、中には思い込みやポジショントークでは?というものもある。情報の取捨選択には慎重さも必要だ。

普段の社会でも、受け取る側の解釈でどうとでもとれる文章を使ったり、受け取る側を試すような表現を使ってコミュニケーションしていると大切なことがストレートに伝わらなくなるもの。日銀には「市場との対話」のレベルを上げていってほしいと願う。当然、市場も真摯に、注意深く考える必要がある。

2023年、日銀はどこまで行くのか

今回の政策変更を受けて長らく封印してきた「長短金利操作付き量的質的金融緩和」の出口の議論が始まるだろう。ご存じの通り黒田総裁の任期は2023年4月8日、二人の副総裁は2023年3月19日。2月の始めまでには国会に新執行部の人事案が提出されると考えられているが新執行部が最初に迎える4月の金融政策決定会合で出口に向けた何らかのアクションがとられることを見込むむきが増えているようだ。既に政府日銀のアコード(政策協定)の見直し検討という報道も出ている。次の総裁副総裁人事も絡め4月以降新体制で現在の大規模金融緩措置を変更するという流れが作られようとしているかのようだ。

「長短金利操作付き量的質的金融緩和」には様々な意見がある。デフレではない状況の中で金融政策はどうあるのがより望ましいのか。1月下旬には通常国会が始まり様々な議論が政治的に行われるようになるが、日銀、金融政策についての議論があるのであれば是非冷静にやってほしいものだ。

一方で世界経済を見れば多くの国でインフレとの戦いが続いている。2022年は米FRBはじめ多くの中央銀行が異例のスピードで大幅な利上げを実施してきたこともあり、インフレのピークアウトは見えつつある。しかし終息を見通せるところまではいってない。そうした中でこれまでの利上げの累積効果もあり景気減速が明確になってきた。当然日本経済もその影響を受ける。そうした中で日本が大規模金融緩和の出口を探るという選択ができるのかという問題もある。

2023年の前半の金融政策決定会合は1月17~18日、3月9~10日、4月27~28日、6月15~16日に予定されている。後になればなるほど政策変更の難易度は上がる。12月の決定を受けて金融市場は浮足立っている。年明け1月のニュースフローには注意が必要だ。

以 上

佐久間 啓


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