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エネルギー危機回避に向けて対応を急ぐEU

~ガス価格の上限設定は見送り~

田中 理

要旨
  • エネルギー危機に見舞われる欧州では、本格的な需要期が近づくなか、EUとしての一体的な危機対応策の検討が続けられている。欧州委員会の新たな提案には、①電力消費の削減義務付け、②エネルギー企業の超過利潤相当分を家計支援に充当、③評価損が拡大するエネルギー企業への流動性支援が盛り込まれた。ガス価格の上限設定は見送られたが、ガス貯蔵の積み増し、代替調達先の確保、省エネの取り組み加速などが奏功し、足許でガス価格の高騰が一服している。だが、寒波による暖房需要の増加やロシアによる欧州向けガス供給の更なる縮小などが重なれば、ガス需給の逼迫懸念が再浮上する恐れがある。欧州のエネルギー危機が回避された訳ではない。

欧州委員会のフォンデアライエン委員長による14日の施政方針演説は、ウクライナのゼレンスキー大統領夫人を欧州議会に招き、ウクライナへの支援とロシアへの制裁継続に多くの時間が割かれたが、同時にエネルギー危機に対するEUとしての一体的な対応が主要なテーマだった。9日のエネルギー閣僚理事会でロシアからのガス輸入に上限価格を設定することで合意できなかったEUは、施政方針演説に向けて新たな提案をまとめたが、ロシアによるガス供給の完全停止やLNG輸入の減少を招くとの懸念もあり、結局、ガス価格に上限を設けることは見送られた。

新たな提案では、①加盟国に対して電力消費を、ピークアワーに最低5%、全体でも最低10%削減することを義務付ける、②高騰するガス価格が主に反映されるエネルギー価格よりも低いコストで発電可能な生産者からの買い取り価格に1メガワット時当たり180ユーロの上限を設け、そこから得られる1400億ユーロの超過利潤相当分を物価高騰に苦しむ家計支援に充てる、③エネルギーの販売価格を固定するデリバティブ契約を結ぶ生産者の評価損拡大に伴い、デリバティブの清算基準額の引き上げや追加担保(マージンコール)の対象拡大などの流動性支援を拡充する、ことなどが盛り込まれた。今後、加盟国と協議し、月内の合意を目指す。

ガス価格の上限設定は見送られたが、ノルドストリームのガス供給停止を懸念し、8月下旬に1メガワット時当たり300ユーロを突破したガス先物価格(TTFオランダ)は、このところ200ユーロ前後で落ち着いている(図表1)。欧州各国によるガス貯蔵が計画を上回るペースで進んでいること(図表2)、オランダで浮体式のLNG陸揚げ施設(FSRU)の稼働が開始されたこと、ノルウェーとの間でEU向けのガス販売価格の引き上げ協議が開始されたこと、ガス価格の高騰や省エネの取り組み加速で需要が抑制されていること(図表3)、などがガス価格の沈静化につながっている。だが、これから本格的な需要期に入るなか、寒波による暖房需要の増加やロシアによる欧州向けガス供給の更なる縮小などが重なり、ガス需給の逼迫懸念が再燃する恐れがある。本格的なガス配給制の導入が回避されたとしても、ガス価格の高騰による需要抑制や欧州委員会が提案する電力消費の削減義務付け自体が、経済活動の抑制要因となる。欧州は景気後退を免れそうにない。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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