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ガス供給停止でドイツは景気後退へ

~冬場のガス不足に現実味~

田中 理

要旨
  • 3日間の点検終了後もノルドストリームは再開されず、ロシアからドイツ向けのガス供給が無期限で停止された。ドイツ政府はこうした事態に備え、ガス備蓄の積み増し、代替エネルギー源の確保、LNG陸揚げ港の建設、省エネの取り組みなどを進めてきた。備蓄放出、停止中の火力発電所の再稼働、原子力発電の稼働延長などで、ガス不足分はある程度穴埋め可能とみられるが、寒波による暖房需要の増加や、設備故障などで代替エネルギー供給に支障が出ると、冬場の需要期のガス不足が避けられない。その場合、一般家庭や病院など向けのガス供給を優先する結果、産業向けのガス供給が細り、経済活動に大幅なブレーキが掛かる公算が大きい。配給制が回避されたとしても、更なる物価高騰が景気後退の引き金を引くことになる。景気後退の深度は、配給制が必要になるかどうかに加えて、政策対応で物価高騰による負担増をどれだけ軽減できるかに左右される。ドイツ政府は4日に総額650億ユーロの家計支援策を発表し、景気の下支えが期待できるが、10月からはガス価格上昇による賦課金の導入が予定され、家計負担の増加をどれだけ相殺できるかなど、細かい中身を精査する必要がある。

ロシアの国有ガス会社ガスプロムは2日、8月31日から9月2日までの3日間の予定で開始したロシアとドイツを結ぶガスパイプライン「ノルドストリーム」の点検終了後も、タービンのオイル漏れが見つかったとして、予め期限を定めずにパイプラインの稼働を停止し続けることを発表した。タービンの製造元であるドイツの重電機メーカーは、オイル漏れがガス供給を停止する理由にはならないと説明している。

ロシアは6月中旬に欧米の経済制裁で修理したタービンの納入ができなくなったことを理由に、ノルドストリームのガス供給量を通常の約4割に縮小し、7月中旬の定期点検終了後に点検開始前の供給量に戻したが、直ぐに別のタービンの不具合を理由に通常の約2割に供給量を絞り込み、今回の点検終了後は供給を完全に停止した(図表1)。これにより、ロシアと欧州を結ぶ4本のガスパイプラインのうち2本が完全に停止し、残り2本も、トルコ経由が通常通りの供給が継続されている一方、ウクライナ経由が通常時よりも大幅に削減されている。

ロシアのガス供給停止の理由を額面通りに受け止める向きは少ない。EUの対ロシア制裁やウクライナ支援に対する報復措置と考えるのが自然だろう。最大の輸出先である欧州向けのガス供給停止は、ロシアにとっても痛手となる筈だが、ガス価格の高騰がこれを相殺している。逆に欧州各国は資源価格の上昇による生活費の高騰に苦しんでおり、景気後退の瀬戸際にある。ロシアは更なるガス価格の高騰や景気悪化で国民の不満が高まり、対ロシア制裁やウクライナ支援に対するEU市民の支持が低下する状況を作ろうとしている。G7が2日に合意したロシア産原油輸入に価格上限を設定することへの対抗措置との見方もある。

図表1
図表1

ロシア産化石燃料依存からの早期脱却を目指すEUは、①省エネ、②エネルギー調達の多角化、③再生可能エネルギーへの移行加速を柱とする脱ロシア計画「リパワーEU」をまとめ、冬場のガス需要期に備えてガス貯蔵施設を持つ加盟国に毎年11月1日までに90%の貯蔵率(今年は経過措置として80%)達成を義務付けたほか、例外を認めながらも来年春までに全加盟国がガス消費量を過去5年平均対比で15%削減することで合意した。

欧州の天然ガスの先物価格(オランダTTF)は、8月下旬に1メガワット時当たり300ユーロ台で史上最高値を更新した後、8月末に欧州委員会が電力価格の抑制に向けた対応策の検討を進めると発表したことを受け、200ユーロ台前半に低下している(図表2)。だが、ノルドストリームの点検終了後も欧州向けのガス供給が再開されないことを受け、週明けの商品市場ではガス価格の再高騰が避けられない。欧州委員会が提案する電力市場への介入策も具体策が不明なうえ、加盟国間の合意形成に時間が掛かる可能性がある。9日にEUの関係閣僚による臨時会合が開催される予定で、注目を集める。

図表2
図表2

ロシア産ガスへの依存度が高いドイツでは、代替調達先の確保を急ぐが、国内にLNGを再ガス化するための陸揚げ港を持たない。ノルドストリーム経由のロシアからのガス供給が停止されると、ノルウェーからのパイプライン経由と、オランダとベルギーで陸揚げされたLNGが、ドイツの主要なガス調達源となる。そのため、早期のロシア依存脱却を目指し、ドイツ国内でLNGの陸揚げ港の建設が進められている。工期が短い浮体式の陸揚げ施設(FSRU)の一部は、年内に稼働するとみられている。この他にも、脱炭素化の取り組みを一時的に棚上げし、石炭火力の発電容量を増やしているほか、停止中の火力発電所の再稼働や、年末に廃炉を予定している3基の原子力発電の稼働延長の是非が議論されている。

ドイツは冬場のガス需要期に備え、ガス貯蔵の積み増しを急いでいる。政府系金融機関を通じて、ガス貯蔵に必要な資金を関係団体や企業に提供している。10月1日までに85%、11月1日までに95%とEUの計画を上回るガス貯蔵率の目標を掲げ(当初の80%と90%から引き上げ)、その計画達成が視野に入っている(図表3)。十分な貯蔵率を達成したうえで冬場の需要期を迎えた場合、ガス供給が完全に停止した場合でも、数ヶ月は国内で必要なガスを供給することができる。だが、ノルドストリームのガス供給停止が長引けば、貯蔵目標の達成が危ぶまれる。

ガス不足の回避に向けて、ドイツ政府は国民や企業に様々な省エネの取り組みを求めている。公共施設やオフィスビルの推奨室温を下げ、人のいない場所での暖房利用や建物のライトアップを禁止した。小売店舗では出入口のドアを開け放すことや、夜間の広告照明が禁止された。また、賃貸住宅に義務付けられる最低室温の設定を一時的に免除する。この他にも、天然ガスの入札制度を開始し、企業に節約を促している。

図表3
図表3

ガス価格の高騰による需要減少と省エネの取り組み加速により、ドイツのガス消費量は例年に比べて2割程度少ない水準で推移している(図表4)。今後もガス消費は抑制されるとみられ、FSRUの稼働開始や高いガス貯蔵率が冬場のガス不足の回避に向けたバッファーとなろう。だが、寒冬によるガス需要の増加時や、設備故障などを理由にノルウェーからのパイプライン輸送や米国などからのLNG輸入が減少する場合、ガス不足に陥る恐れがある。

ドイツ政府は2019年にガス不足時の緊急計画をまとめ、3月末に第一段階である「早期警戒」を初めて発令し、6月に第二段階の「警報」に引き上げた。今後、第三段階の「緊急事態」が発令される場合、一般家庭、地域電力網、病院、消防、警察、学校、生活必需品を売る店舗など向けのガス供給を優先し、ガス消費量、経済的損害の大きさ、サプライチェーンへの影響、社会全体における重要度などに応じて、企業や娯楽施設向けのガス供給を抑制する「配給制」を開始する方針を示唆している。配給制を開始すれば、ドイツの産業活動に大幅なブレーキが掛かる。その解消には十分なガス貯蔵が可能になる来年半ば頃を待たなければならない。その間、産業活動が全面的に停止し、その余波で企業倒産や失業も増加する。コロナの都市封鎖時のような、深刻な景気後退に陥る可能性がある。

図表4
図表4

省エネや代替調達先の確保などの取り組みが奏功し、配給制を回避できたとしても、更なる物価高騰は避けられない。ロシアのガス供給縮小によるガス先物価格の一段高に加えて、ドイツではガス価格上昇の影響で経営難に陥ったエネルギー企業の救済のため、10月からガス調達費用の増加分が利用者に転嫁され、1キロワット時当たり2.419ユーロセントの賦課金がガス代金に上乗せされる。7~9月期のドイツ景気は、経済活動再開とバカンスシーズンの旅行需要の回復、9ユーロで国内の交通機関が乗り放題となる政策支援もあり、プラス成長を維持するとみられる。ガスの本格需要期に入る10~12月期には、物価高騰が引き金となり、景気後退に陥るとみられる。ガス不足が解消し、インフレ率が沈静化するまでの間、数四半期はマイナス成長が続く可能性がある。

政府は物価高騰による家計負担を軽減するため、ガス代金に係るVATを19%の標準税率から7%の軽減税率に引き下げることを既に約束しているが、4日に総額650億ユーロ規模の新たな家計支援策を発表し、エネルギー関連企業の超過利益を財源に光熱費を軽減するほか、年金受給者や学生などに対する一時金の支給、子供手当の増額、金額を引き上げたうえで交通機関が乗り放題となる特別定期券の継続などを決めた。こうした措置が景気後退を食い止めることができるかは、どれだけ迅速に家計に支援が行き渡るかに依存する。10月のガス賦課金導入による負担増をどの程度相殺できるかなど、政策の中身については不透明な部分も多い。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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